MIU404

□とんだ災難
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密行中にちょっとそこのコンビニ寄って〜、と助手席に座る相棒の突然のお願い。
何だトイレか、と思ってメロンパン号から下りずに待っていれば、見知った女性が自転車に乗ってコンビニの駐車場に入って来た。
この光景、前に見たことがある。
ただあの時と違うのは彼女がこちらにまっすぐに向かって来ること。

運転席から下りて頭を下げれば、彼女は自転車から下りてふわりと笑った。



「こんにちは、志摩さん」
「どうも……もしかして、伊吹に?」
「えぇ、また宅配便です」



前に桔梗さんの家で皆で飲んだ時に在宅ワークがメインだと言っていた覚えがある。
とは言え、合間を縫って出てくるのも大変だろう。
苦笑気味に自転車のハンドルに下げていたシューズを持ち上げて見せた。
助手席に視線を移した彼女が『あれ?』と言わんばかりの表情を見せる。
無理はない、呼び出されたにも関わらず当の本人が不在なのだ。



「すいません、今トイレに……」
「志摩さん」
「はい?」
「トイレ、ですか?」



トーンが低くなった声に釣られて店内を見れば、全開の笑顔で店員と楽しそうに話をしている馬鹿……基、相棒……いや、馬鹿の姿。
本当に空気が読めないし、間も読めない。
自分で呼び出しておいてこれはないだろう。



「……馬鹿、藍」
「あの、高宮さん?この店、以前強盗が入って……」
「…………志摩さん」
「はい、」
「聞いてください」



一応お願いの体には聞こえるが、言外に『聞け』としか聞こえない。
自分もあの馬鹿には手を焼いているが、彼女は更に気を揉むことが多いのだろう。
店内の和やかな雰囲気から目を背けた彼女から矢継ぎ早に紡ぎ出される言葉。

どうやら少し前にも似たようなことで……伊吹の誰彼構わずにする『きゅるきゅる』発言が原因でぶつかったらしい。
その時はお互いに悪かった、と謝ったようだが舌の根も乾かぬうちにこれでは流石にイラッとする、というより腹が立つ。
あの時の私の涙を返せ、と珍しく伊吹の前以外で感情を顕にしている。

俺の知る限り、伊吹も彼女もお互いしか見えていないように見えるけれど、当人はそう思えないようで。
きっとこの状態では何を言っても耳には入らないだろう。
どうしたものか、と彼女の言葉を右から左に流しながら内心首を傾げる。



「あ、桜月じゃ〜ん。お待たせ〜」
「………………」
「ん?ん?どした?」
「……お前、最悪のタイミングだ」



本当に空気が読めない。
普段は尋常ではないくらいに鼻が利く癖に自分の彼女が纏う焦げ臭い空気が嗅ぎとれないのは何故なのか。
見るからに機嫌が急降下している彼女を横目で見ながら、どうしようもなくて頭を掻き回す。



「志摩さん」
「、はい」



年下に名前を呼ばれただけなのにやけに背筋が伸びる思いだ。
彼女の纏う空気が何となく自分の上司の纏うそれと似ていると感じるのは気のせいではない、はず。



「さっきの話は『内緒』でお願いしますね」
「……あぁ、はい。分かりました」



馬鹿でも分かるくらいに『内緒』を強調した彼女が持っていたシューズを叩きつけるように伊吹の胸に押し付けて、自転車に跨り颯爽と来た道を戻って行った。
……ちょっと待て、これでいなくなるのは反則だろう。
隣に立つ男がぽかんとした後で明らかに不穏な空気を醸し出している。



「……密行戻るぞ」
「待ーてーよー。何だよ、今の内緒って。
桜月と何の話してたんだよ?!」
「だからそれは…………内緒だって言われただろ」
「何で?!」



何で俺に内緒なんだよ!と喚き立てる馬鹿を無視して運転席に乗り込む。
この二人の痴話喧嘩に巻き込まれるのはこれで2回目。
あの時は自分にも若干の責任があったけれど、今回はまさにとばっちりだ。
寧ろ、伊吹の自業自得。

……それでも、面倒な絡み方をされるのは間違いない訳で。
これからを想像しただけで深い溜め息が漏れるのを止められなかった。
















































「おい、志摩。伊吹の奴、何だってんだ」
「……触れないでください。単なる男の嫉妬です」
「何だ、またか」



陣馬さんに『また』と言われるほどに些細なことで嫉妬する伊吹もどうなんだ、と思うが陣馬さんがそう言いたくなる気持ちも分かる。
分駐所に戻ってからもずっとカウンター席に座って、恨めしそうに俺を睨んでくる。

そう、些細なことで嫉妬ばかり。
桔梗さんの家で4機捜の隊員が集まって飲んだ時にハムちゃんと仲の良い彼女も付いてきたことがあった。
その時は九ちゃんに酌をしようとしただけで彼女の手から瓶を引ったくって、彼女が陣馬さんの話を楽しそうに聞いていただけで二人の間に割り込んで。

陣馬さんにまでヤキモチ妬いてどうすんだ、と言った覚えがある。



「伊吹」
「なんだよ」
「今回の原因はお前だから」
「だから何で!」



休憩の後、また車という密室に入るのにこれ以上この状態の伊吹と一緒なのは御免被る。
端的に、馬鹿でも分かりやすく昼間の状況を伝えてやれば、あからさまにデレデレし始めた。
あぁ、面倒臭い。



「休憩時間のうちに連絡して謝っておけよ」
「志〜摩〜、大好き!」
「俺に言うな」



電話して来る〜、と尻尾を振りながら屋上へ向かって行く伊吹の背中を見送りながら、また溜め息。
『お疲れさん』と陣馬さんに肩を叩かれた。
まったく世話が焼ける。

結局、休憩時間が終わるギリギリまで電話していた伊吹は伸び切ったうどんを1分で腹に収め、スキップしながらメロンパン号へと向かって行った。


*とんだ災難*
(で、『私もごめんね』ってちょーきゅるきゅるした声で桜月が言ってさ〜)
(…………)
(『俺がごめん』って言ったら何て言ったと思う?)
(………さぁ)
(んだよ、ノリ悪いな〜。『明日は早く帰って来て?ぎゅーってして?』って……もうきゅるきゅる魔人じゃん?!)
((俺がこの話聞いたって知ったら高宮さんまた怒りそうだな……))


fin...


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