MIU404

□完全看護
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「ねぇ、本当に大丈夫だよ?」
「ダメ」
「藍ちゃん」
「絶っっっ対ダメ」



彼はいつからこんなに過保護になってしまったんだろう。

不運にも通り魔事件に巻き込まれてしまってから一日。
非番の彼が『今日と明日は看病する!』と意気込んでいるのはいいのだけれども。



「怪我してるのは左腕なんだから、ご飯は普通に食べられるってば」
「だからダメだってば」



先程からずっとこの調子で引く気配がない。
食事を作ってくれたのは有り難い。
確かにこの腕ではフライパンを持つどころか、包丁を扱うことすら難しい。
だがしかし料理することはできなくても、食べることに関して言えば食器を持てないので行儀は悪いのは目を瞑ってもらうとして、箸やスプーンを使って食べ物を口に運ぶことはできる。

けれど彼はそれすらも駄目だと言う。
怪我の心配をしてくれるのは確かに有り難いけれど、これは過保護にも程がある。



「今日は桜月は何もしなくていいから!」
「それにしてもご飯は自分で食べられるって……」
「ダメ、傷痛くなったらどうすんの」



……取り付く島もない。
昨夜はどうにも傷が痛んで何か食べる気にもなれなかったけれど。
今朝は痛みも少し落ち着いたというか、どう動かせば痛みが酷くならないか少し分かったので気持ちもだいぶ落ち着いてきて。
そうなると人間の身体は正直なもので空腹を訴えるようになった。

時計の針は頂点を指そうとしていて、考えてみれば24時間近く何も食べていない。
お腹もすくし、それに加えて美味しそうな料理が目の前に並べばお腹の虫が元気に活動を開始している。



「ほら、あーんして」
「………夕ご飯は自分で食べるからね」
「合点承知の助〜」



ちょっと楽しそうなのが癪に触る。
スプーンですくって口の前に差し出された炒飯をゆっくり口に含めば、丁度良い塩加減で美味しい。
米粒はパラパラで、悔しいけれど私が作るより美味しいのではないかと思うくらい。



「美味しい」
「良かった〜、次は?何食べる?」
「……スープ飲みたい」
「オッケー」



先程から繰り返された問答のお陰で適温に冷めたはずのスープをわざわざ息を吹きかけて冷ましている藍の姿を見ながら、そういえばと思い出した。
昔からこういう人だった。
私が体調を崩すと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
祖父母が亡くなってからは特に。
前にお兄ちゃんみたいだ、と言ったことがあったけれど、それもあながち間違いではなさそうだ。



「後でさ、頭洗ってあげる」
「えぇー……自分でできるって」
「腕上げんのキツくない?」
「……………」



指摘されて気づく。
左右の動きはまだマシだけれど、上下は正直に言えば辛いものがある。
血で汚れた服から着替えるのでさえも確かに若干の痛みを覚えた。
頭を洗うとなると腕はどうしても上げなければいけない、そう考えると彼に素直に甘えるところなのだけれども………。



「洗面台で美容院みたいに洗ってあげる〜」
「それなら……お願いします」



てっきり一緒にお風呂に入る、と言いそうなものだと思っていたけれど、それならば彼の好意に甘えさせてもらおう。



「ん?」
「藍のことだから一緒にお風呂入って洗うとか言いそうだな、と思っただけ」
「いくら俺でもそんな怪我してんのに言わないって〜」



良くなったら言うけど〜、と軽口を叩く彼目掛けてクッションを投げつけておいた。
冗談は大概にしてほしい。






































食後、少し落ち着いたところで洗面所に椅子を持って行った藍に『お客様どうぞ〜』と呼ばれて。
有り難く椅子に座って洗面台に頭を下ろす。



「かゆいところはありませんか〜?」
「大丈夫でーす……」
「お湯加減はいかがですか〜?」
「大丈夫ですー…………ねぇ、藍ちゃん」
「んー?」
「タオル欲しいんだけど」



美容院のように、とは言うけれどおうち美容院だからか顔にタオルはかけてもらえないようで。
やけに楽しそうな彼の顔や形のいい喉仏、捲くり上げた袖から伸びる意外と筋肉質な腕………正直目のやり場に困る。

そんな私の疚しい考えなんて知る由もない彼が不思議そうに首を傾げながら見下ろしてきた。



「ん?」
「タオル、顔にかけて」
「別にいらなくない?」
「…………顔濡れちゃう」
「大丈夫だって〜、濡らさないから〜」



確かに今のところ濡れることはなさそうだけれども、それ以上に私の心臓がもたなさそう。
仕方ない、目を閉じておけばいいか。
溜め息の後で瞼を下ろせば、楽しそうに笑う声が聞こえた。

その後で、



「っ………!!」
「お客さーん、動くと濡れますよ〜」
「ちょっと、藍!今……!」



油断した。
タオルをかけてくれないのは、これを狙っていたのか。
目を閉じた瞬間、唇に柔らかい感触。
慌てて目を開ければニヤニヤしながらこちらを見下ろしている藍。



「だって桜月ってば、ちゅーして欲しそうな顔してたから」
「そんな顔、してないっ」
「えー?俺のこと、ちょー見てたじゃーん?」



図星を突かれて返答に困る。
確かに凝視していたのは事実。
ちょっと疚しいことも考えていた。
それにしても、キスされるなんて思ってなかった。
プチパニックを起こしている私のことなんて気にも留めず、シャワーを出して髪の毛を濯ぎ始めた藍。
本当に、敵わない。












「よーし、オッケー」
「……ありがとうございました」



丁寧にドライヤーをかけてブローまでしてくれた。
至れり尽くせりとは正にこのことだろう。
ソファに戻されて気分さっぱりしたところに温かいお茶を出されれば、睡魔に襲われるのはもはや必然的で。

そういえば昨日の夜はあまり眠れなかったんだった。
瞼が落ちて来るのを止められない。



「眠い?」
「ん………昨日、あんまり寝れなくて……」
「やっぱりな〜……」



朝電話した時そんな気がしたのに強がるんだもんな、とぼやいているけれど、隣に座って肩を貸してくれる辺り、実際そこまで怒ってはいないのが分かる。
いつもよりも優しく抱き寄せられて頭を撫でられれば、これ以上会話も続けられなくて。
『おやすみ』という優しい声に返事をする前に夢の世界へと意識を飛ばしていた。




その後、結局夕飯どころか医者から怪我が完治したとお墨付きをもらうまで、この至れり尽くせりな生活が続いたのは言うまでもない。


*完全看護*
(もう本当に大丈夫だってお医者さんにも言われたでしょ?!)
(いいからいいから。俺が飯作るから座ってな〜)
(…………ねぇ、藍)
(ん?)
(私の作ったご飯、美味しくない?)
(えっ、何で?)
(美味しくないから作らせてくれないんでしょ?)
(そんなことないって!めちゃめちゃ美味いよ?!)
(じゃあ、ご飯作らせて?藍に私の作ったご飯食べて欲しい、な?)
(〜〜〜〜っ、きゅるきゅる魔人……)
((よし、勝った))


fin...


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