MIU404

□偶然か必然か
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今日は藍の週休日。
天気がいいので奥多摩の実家の風通しと片付けに来ている。
祖父母が終の棲家として建てたこの家。
その割に荷物が多くて、なかなか片付けが進んでいないのが現状。
というか私自身がまだ全てを処分する気持ちになれていないことも理由の一つ。
人生の三分の二近くをここで過ごしてきた。
それを自分の手で終わりにするのは何とも切ない気持ちになる。

一度の片付けでスペース一つ分片付ける、ということを目標にして、今日は祖父母の部屋の押し入れの整理。
奥から出て来たのは古いアルバム。
ここにもアルバムがあったのか、一箇所に纏めたと思ったんだけど……これはおじいちゃんおばあちゃんのかな、なんて思いながらパラパラとページを捲っていたら、ひらりと一枚写真が落ちた。



「あ、」
「ん?」



飲み物を買いに行っていた藍が戻って来ていて、落ちた写真を拾ってくれた。
ありがと、と受け取ろうと思えば何故か写真を凝視している藍。
何か面白いものでも写っていたのか、と彼の手元を覗き込めば少し古い写真だった。

これはきっと私がこの家に来たばかりの頃のもの。
小学生の私と幾分若い祖父母、それと親戚が写っている。



「これ、茨城じゃね?」



写真を見つめていた藍がぽつりと呟く。
記憶は定かではないけれど、言われてみれば写真に写っている親戚には見覚えがある。



「ん?あぁ、おじいちゃんの弟だったはず……確か茨城にいるからそこに行った時、かな?」
「やっぱそうか。見たことあるな〜って思ったんだよな〜。
つーか、これ桜月?ちょーきゅるきゅるじゃーん」
「はいはい、きゅるきゅるですねー」
「冷たい!」



藍の手から写真を取り戻して、どこのページから落ちたかなとアルバムを捲る。
不自然に抜け落ちた箇所を見つけて、写真を戻せば同じ日に撮ったと思われる写真が何枚が入っていて、あの日の情景が急に鮮明に蘇ってきた。



「あ、思い出した。この時、迷子になったんだよね」
「へぇ〜?」












































あの時は茨城に住む祖父の弟一家のところへ出かけて、帰り際にお土産を買うと言って祖父母が駅構内のお土産屋さんに立ち寄った時。
途中で二人について行くことに飽きてしまった私はフラフラと駅を出て探検に行こう!と思いついてしまった。
今思えばどうしてそんな真似を、と思うけれどそこはやはり小学生。
変なところで大人びた真似をするけれど、きっと何も考えていない。

見るものすべてが目新しくて、楽しくて、来た道を振り返ることもせずに歩いていたけれど。
駅から離れた商店街まで来て、歩き疲れたところで我に返った。
ここはどこだ、と。



「………?」



駅はどっち?
おじいちゃんおばあちゃんはどこ?

困った時は交番のお巡りさんを頼れ、という現役お巡りさんのおじいちゃんの言葉を思い出した。
けれど肝心の交番が見つからない。

これは、困った。
元々困った状況なのに更に困った。
もう歩き疲れて動く気力もない。
何であの時、ちゃんと二人について行かなかったんだろう、そんな後悔ばかりが頭を過っていた。
疲れて近くのベンチに座っていたら、急に目の前が暗くなった。



「さっきからフラフラしてっけど、迷子か?」
「……お兄さん、だれ?」



顔を上げれば、太陽光を遮ったのは大きな男の人。
でも、その時は何故か怖いと思わなくて。
見下ろしてくる高校生みたいなお兄さんを見上げながら首を傾げた。



「俺が聞いてんの、迷子かーって」
「迷子じゃない。探検してたら駅分かんなくなっただけ」
「……それを迷子って言うんだよ」



大きな溜め息の後で『どーすっかなぁ』と頭を掻くお兄さん。
困ってるのは私のはずなのに、何でお兄さんが困ったような顔をしているんだろう。
さっきまで不安だったのに、このお兄さんの顔を見ていたらどうしてかそんな不安もなくなってしまって。



「お前、この辺に住んでんの?」
「うぅん、東京」
「親は?」
「……お父さんとお母さんいない。事故で死んじゃった」
「マジか。誰とここ来たんだよ」
「おじいちゃん達」



『えー……ガマさんに連絡すっか?』と明らかに困ってるお兄さん。
そんな顔されてもガマさんって誰。
おじいちゃん迎えに来てくれないかなぁ。
無理か。だってどこに行くって言ってこなかったし。



「あー……交番行くか?」
「……知らない人に声かけられてもついて行っちゃダメって、おばあちゃんに言われた」
「しっかりしたガキだな〜」



おじいちゃんにも変なのにはついて行くな、って奥多摩の家に来てからずっと言われてる。
あの辺に変な人なんていないけど、ここは奥多摩じゃないし、優しそうなお兄さんだけど知らない人だし。



「…………ねぇ、ヤンキーのお兄さん」
「ヤンキーなんて言葉知ってんの?」
「交番、どこ?」
「だから連れて行ってやるって言ってんじゃん」
「だから知らない人について行っちゃダメって」
「あーもーめんどくせ」



勘違いすんなよ、誘拐じゃねーから、と言ってから私の腕を掴んでベンチから立ち上がらせるお兄さん。
びっくりしていたらそのままぐんぐん歩き出した。
おじいちゃんともお父さんとも違う歩く速さについて行けなくて、何回も転びそうになった。



「お、お兄さん待って……早いよ!」
「あ?あー……悪り」



ガキと歩いたことなんてねーんだ、と言ったお兄さんの歩くスピードが少しゆっくりになった。
引きずられるように歩いていたのが、ようやく地に足をつけて歩けるようになった。
どこに連れて行かれるんだろう。
そんなことを思いながらも、怖いとか嫌だとかマイナスな感情は全くなくて。



「ほら、あそこに交番見えるだろ」



5分くらい歩いたところで少し前を歩いていたお兄さんが振り返って声をかけてきた。
お兄さんの指差した先には見たことのあるような建物。
家のすぐ近くの、おじいちゃんが勤務している交番とそっくりな造り。
交番って日本中どこでも同じなのかな、なんてどうでもいいことを考えた。



「どうした?」
「あ……ありがとう、ございました」
「どーいたしまして……俺が交番まで連れて行くと面倒そうだから、ここからは一人で行けよ」
「うん、分かった」
「あ、ちょっと待ってろ」
「…………?」



ポケットに手を入れて近くの自販機に小銭を押し込んでボタンを押すお兄さん。
出て来た缶ジュースを取り出すとそのまま私の手に無理やり持たせてきた。
びっくりして顔を上げれば、逆光で表情がよく見えない。



「知らない人から物もらっちゃダメって」
「分かった分かった。泣かないでいたガキンチョにご褒美な」
「……ありがと」



お兄さんの手が頭に乗せられて、わしわしと撫でられる。
お父さんともおじいちゃんとも違う、その感覚。
それでも決して嫌だとは思わなくて。
じゃあな、もう迷子なるなよ〜、と手を振って来た道を戻って行くお兄さん。
その背中が人混みに消えたところで教えてもらった交番に行けば、ちょうどおじいちゃん達がお巡りさんと話をしているところだった。
私の顔を見たおじいちゃんは烈火の如く怒り、おばあちゃんは無事で良かったと半泣きだった。









































「なーんてことがあってね」
「へぇ〜?」
「名前教えたら知らない人じゃないだろ、って名前教えてもらったはずなんだけど……忘れちゃった」
「俺も昔、迷子の女の子を交番まで連れてったことあったわ〜」
「へぇ……」



ペラペラとページを捲るけれど、どうにも思い出せない。
助けてくれたお兄さんの顔も声もぼんやりとしか覚えていないけれど、あの時頭を撫でられたことだけは鮮明に覚えていて。



「桜月?」
「ん……いや、もしかしてあれが初恋だったのかなぁ、って」
「え、」
「ヤンキーに恋するとか私も若かったなぁ」
「若いとかのレベルじゃなくね?小学生だよ?」



何故か変に焦っている藍を尻目に、出て来たアルバムを抱えてこれまでのアルバムが置いてある部屋へ足を向ける。
慌てて後を追いかけてくる藍の気配を背中で感じながら、すっかり止めてしまった片付けの手を再開させるべく緩んでいたエプロンの紐をしっかりと結び直した。


*偶然か必然か*
(なぁ、桜月)
(ん?)
(もしその茨城で会ったヤンキーが俺だったらどうする?)
(そんな偶然ある訳ないじゃない)
(そうだけどさ、もしそうだったら、って話)
(うーん……偶然ってあるもんだね、って驚く)
(それだけ?!運命の人とか赤い糸で結ばれてるとか、ないの?!)
(少女漫画見すぎじゃない?)
(俺読むの少年漫画だし!)


fin...


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