MIU404

□愛情込めて作ります
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「ねぇねぇ、桜月?桜月ちゃーん?」
「……今日は何?」
「次の当番勤務の時にお弁当作って、お弁当」



何を言い出すかと思えばまた突然どうしたというのか。
詳しく話を聞いてみれば、陣馬さんが家族にお弁当を作ってもらったようでそれを見ていたら自分もお弁当が食べたくなった、と。
子どもか、とツッコミを入れたくなる。
というか思わず口から零れてしまっていたけれど、彼の耳には届くことはなく。
愛妻弁当憧れるじゃーん?なんてウキウキしながら話す彼。



「藍、愛妻弁当って漢字でどう書くか知ってる?」
「ん?知らな〜い」
「……ですよね」



耳から入ってきた単語を使ってみただけ、というのがぴったりである。
分かってはいたけれど、実際に予想通りの返事が返ってくると何とも言えなくなる。
そう、分かっている。
彼はただ自分の気持ちに正直に生きているだけ。
それが決して打算的でないことは私が一番よく知っている。
そのはずなのに、彼の言葉一つ一つに翻弄されてしまう自分がどうにも情けない。

現に何も考えていない……否、思ったことをそのまま口にしている彼は卵焼きとー、唐揚げとー、ウィンナーはタコでー、と冷蔵庫の扉を開けながら既に弁当の中身を思案し始めている。
待って、次の当番勤務って三日後でしょ。
今から冷蔵庫と相談してどうするの。
そもそも私、お弁当作るとは一言も言ってない。



「ちょっと、藍」
「ん〜?」



冷蔵庫の前でこちらを振り返った彼には尻尾が見えた、気がした。
あぁ、ダメだ。
これは私の負け。
そんな姿が可愛いと思ってしまうなんて、そう思った時点でお弁当作り確定。
これは決して藍に強請られたからではなくて、惚れた弱みというやつだ。



「まずね、お弁当箱買いに行かないと」
「ん、オッケー!」



彼も大概だけれど、私も結局彼には甘い。
今日の午後の予定はお弁当箱買いに行くことに決定。










食事と、藍の仮眠の後で近くのホームセンターへ。
個人的には雑貨屋で可愛いお弁当を見たかったけれど、彼のお弁当ならば見た目よりも容量重視。
細身の身体だけれども、やはり成人男性。
食べる量は私よりも断然多い。
可愛さよりもしっかり量の入る物の方がいいだろう。



「へぇ〜、今って色んなのあるんだな〜」
「車で食べるなら二段のやつより一段の方がいいよね」
「桜月が作ってくれるなら何でもいい〜」



それは丸投げすぎやしないか。
こちらは色々と考えているというのに。
それでも憎めないのは彼がお弁当を楽しみにしているのが分かるからか、それとも惚れた弱みか。

結局、900mlと成人男性のお弁当の量としてはちょうどいいはずのお弁当箱を購入。
足りなかったらコンビニでパンでも買ってください。
それにしてもこの大きさ……何を詰めればこの量が埋まるのだろう。
お弁当を作ったことがないとは言わない。
これまで自分のお弁当を作ったことはあるけれど、それとは訳が違う。
自分で食べるのならば適当でいいし、夕飯の残りを詰めたって何ら問題ない。
自分の為のお弁当はどうにも楽しみがなくて、回数を重ねる毎に内容が質素になっていったのを覚えている。

けれど今回は、そういう訳にもいかない。
お弁当作りが続くかどうかは分からないけれど、せっかくお弁当箱まで用意したのだから美味しく楽しく食べてもらいたいものだ。



「桜月?」
「え、あ……ごめん、こんなに大きいお弁当何入れようかなって」
「大変だったらいいよ?無理してほしくないし」
「ん、大丈夫。せっかく買ったんだから使わないと勿体ない」



そう、買ったからには使わないと。
しかも使うにしても私のものとしては入る量が多すぎて使えないので、彼のものになる。
……大変だったら一回で終わるかもしれないな、と思いながら。







































さて、今日は藍の当番勤務日。
つまるところお弁当の日。
昨日のうちに食べたいものは聞いておいたし、ある程度の下準備も済ませた。
あとは作るだけ。
分駐所に戻ることもあるけれど、分駐所から遠い場合は車の中で食べることがあるという。
それならば一口で食べやすいものの方がいいかな、なんて勝手に思って。
彼からリクエストされたものと合わせて、卵焼きとタコさんウインナー、唐揚げにブロッコリー、ミニトマト、あとは昨日の夜に作ったきんぴらごぼう、ほうれん草のナムル。
そういえばこんなお弁当、おばあちゃんが作ってくれたなぁ、なんて少ししんみりしてしまう。

祖父母に育てられたから、と言い訳するつもりはないけれど、所謂映えるお弁当なんて作れない。
藍はそれでいいと言ってくれているけれど、志摩に自慢するんだ〜、と昨夜ウキウキしながら話していたことを思えば志摩さんどころか下手したら陣馬さんや九重さん、桔梗さんにまで見せびらかしそうな勢いだ。
正直人に自慢できるようなお弁当でないことは自分が一番分かっている。



「……何か、変なプレッシャー」



今度の料理教室、お弁当作りについてやってくれないかな、なんて本気で思ってしまう。
案ずるより産むが易し、というくらいだ。
あれこれ考えるよりも手を動かそう。

まずは卵焼きとウインナー。
その後で昨夜からタレに漬け込んである鶏肉を揚げよう。
その前にご飯を詰めて冷ましておかないと……意外とやることあるんだよなぁ。
今日休みで良かった。
仕事の日だったらこんなに手間暇かけていられないかも。











「おっはよ〜」
「おはよ」
「めちゃめちゃ良い匂いする〜」



ご機嫌なお目覚めの藍はいつもよりも早い時間にベッドから起き出してきた。
こちらはちょうどお弁当が完成したところ。
あとは冷まして蓋を閉めるだけ、時間ギリギリまで冷蔵庫で冷やしておこう。
そう思ってお弁当を持ち上げれば、私の手からお弁当箱を奪っていく藍。



「ちょっと?」
「うわ、ちょー美味そ〜!藍ちゃん幸せモン〜!」
「……お昼の楽しみにする、という選択肢はないのね」



そういえば好きなおかずは先に食べるし、ショートケーキの苺を一番に食べる人だった。
せっかちなんだから、と思ったけれどこうして喜んでいる顔が見られるのは悪くない。
一頻り喜んだ顔を見たところでお弁当没収。
不満そうだけれど、傷まないようにしっかり冷ましておきたい。
どうせ食べる時にはもう一度見られるのだからそれまで我慢してもらいたいものだ。



「んふふ、ちょー楽しみ〜」
「藍ちゃん」
「ん?」
「見て分かる通り、大したものは入ってないからね」
「えー?めちゃめちゃ美味そうだったじゃーん」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、人に自慢できるようなお弁当じゃないから」



自虐的だな、とは自分でも思う。
それでも自慢できるようなお弁当でないことは自分が一番分かっている。
軽く息を吐いてから朝ご飯にしよう、と冷蔵庫から離れて振り返れば、いつの間にか真後ろに立っていた藍に行く手を阻まれた。
何事かと思って見上げれば、何を考えているか分からない表情で見下ろされる。



「………何、?」
「桜月は分かってないな〜」
「何が?」
「大事な彼女が作ってくれたお弁当だよ?」
「だから大したものは入ってないって」
「それでもさ?俺の為に桜月が早起きして作ってくれたってだけで嬉しいじゃん?」



そういうものなのかな。
いまいちピンと来ないけれど、まぁ……喜んでくれているなら私の努力も報われるというもので。
そんなことを思っていたら、視界が藍でいっぱいになる。



「っ?!」
「マジで、さんきゅーな?」
「普通にお礼言えばいいじゃないっ」
「ん?それじゃ気持ち伝わんないかなーと思って」



感情表現が過剰で時々困る。
私がこんな性格故に彼がその分も惜しみなく曝け出してくれるのかもしれないけれど、たまに恥ずかしくなるのはどうすればいいのか。
寧ろそれを知っていてわざとやっている節があるのではないか。
何も考えていないようで実は計算されていたら………。



「いや、ないか」
「ん?」
「まぁ……美味しく召し上がってください」
「んふふー、ちょー楽しみ〜」



その日の昼休み、空のお弁当箱の写真と共に長文の感想とまた作って欲しいというLIMEが届いて。
たまになら作ってあげてもいいか、なんて思う辺り私も彼には甘いらしい。


*愛情込めて作ります*
(志摩に見せたらちょー羨ましがられた〜)
(……社交辞令でしょ。志摩さんも迷惑だったでしょうに……)
(そんなことないって〜!ちょー弁当見てたし!)
(志摩さんの分も作ろうか?)
(ダメ!桜月の作ったのは全部俺が食べる!)
(またそういうことを言う……)


fin...


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