MIU404

□待ち合わせデート
1ページ/2ページ


仕事の日に私より少しだけ早く起きて、仕事の準備を始める藍の姿を見るのが好き。
休みの日に隣で眠る寝顔を見るのも好きだけど。
本人は気づいていないかもしれないけれど少しずつ仕事モードに切り替わっていく彼の表情が、正直に言えばカッコいい。
……そんなこと本人には言わないけど。



「桜月、おはよ」
「……おはよ」



視線に気づいたのか着替えの手を止めた藍が、こちらを向いて柔らかく笑う。
朝の充電タイム終了。



「朝飯、何にする?」
「んー……当番勤務の時はお米がいいんでしょ?」
「昼食べらんない時あるから朝はちゃんと食いたい」



そんな他愛もない会話をしながら、支度を再開する彼。
その背後に忍び寄り、そっと手を伸ばした。



「ん?」
「ここ、寝癖ついてる」
「マジか」



さっきから気になっていた、後頭部のぴょんと跳ねた寝癖。
ちょんと触れば、慌てて頭を押さえる藍。
ふと目が合った、と思ったら急に抱き寄せられて、



「ちょっと、」
「ん?熱い視線送られてたからさ〜?」
「っ、」



こちらに背を向けていたのにどうして分かるのか。
彼の野生的勘がそうさせているのだろうか。
そんなことは今、どうでもいい。



「ほら、ご飯準備しないと」
「んー……あと1分?」
「ちょっと、藍」



すりすり、と私の頭に擦り寄っている藍から無理やり離れようとするが、びくともしない。
軽口を叩いている割には腕の力が強い。
諦めにも似た溜め息を吐いてから、そっと彼の広い背中に腕を回した。
そうしたら、頭上から変な笑い声が聞こえてきた。



「……何?」
「んー?桜月が素直だなーと思って?」
「私はいつでも素直だもん」
「え?」
「何よ」



うーん、と歯切れの悪い返事。
何も間違ったことは言っていない。
自分の感情に素直に行動しているだけ。



「そうだ。桜月さ、明日出社じゃん?」
「え、そうだけど……」
「じゃあさ、仕事終わったらデートしよ?」



また唐突な。
顔を上げれば今度はいとも容易く身体を離すことができた。
軽く見上げる程度で済むくらいに離れたけれど、彼の腕はまだ私の腰を押さえたまま。
色々な意味を込めて首を傾げれば、同じ方向に緩く首を傾げる藍。



「だってさ〜、俺らって待ち合わせとかしたことないじゃん?」
「その必要がないからね」
「『待った?』『全然、今来たとこ』とかやりたいじゃーん?」



別に?と喉から出かかったけれど、きっと彼の中では私の仕事終わりにどこかで待ち合わせをしてデートに行くことが確定している。
これはそういう流れ。
……特に断る理由もないし、断るつもりもないのだけれども。



「はいはい、じゃあ明日ね」
「ん、仕事終わったら駅前集合な〜」
「会社出る前に連絡するから」
「んふふ、待ってる」



私の返事に満足したのか、ようやく腕が解かれた。
どこ行くかは考えとくから、と言う藍の言葉に期待半分、不安半分でお願いね、と返事をしておいた。







































『今から会社出る』
端的なLIMEを送ってから急いでオフィスを飛び出す。
定時ぴったりに上がるつもりだったのに、退社5分前に電話を取ってしまったのが運の尽き。
相手は話が長いことで有名な取引先の部長で、3分で済むような内容の仕事の話を15分にも引き延ばして告げて『急がないから明日にでもよろしくね』となかなか面倒なことを捨て台詞のように吐いて電話を切られた。
いや、もうそれなら電話も明日にしてくれ。

メモを取る為に開いていた手帳を鞄に押し込んで外に出れば、想像よりも気温が低い。
忠犬ハチ公よろしく、駅前で寒さに耐えながら待っている彼の姿が容易に想像できた。
昨日の会話からどこかのカフェに入って待っていることもないはず。
駅前なら走れば5分もかからない。
とにかく急がなければ。






























「っ、藍っ……!」
「桜月〜」
「ごめ、お待たせ……っ、」
「ぜーんぜん?今来たとこ」



人通りの多い駅前の銅像の前で、人波より少しだけ背の高い彼は容易く見つかった。
駆け寄って謝罪を口にすれば、彼がやりたいと言っていたやり取りが返ってくる。

弾む息を整えて見上げれば、鼻の頭を赤くした彼がやけに嬉しそうに笑っている。



「嘘ばっか、鼻赤いよ」
「んー、思ってたより待つの長かった……」
「ごめん、定時間際に取引先から電話かかって来ちゃって」



一体どのくらいここにいたのだろう。
あんな電話、付き合うことなく切ってしまえば良かった。
少しでも暖が取れるようにと巻いていたストールを彼の首にかけた際、不意に触れた頬がかなり冷たい。
喉元でクロスさせて後ろに流せば、肩を震わせながらストールに顔を埋める藍。



「ごめんね?」
「大丈夫だって、仕事なんだから。
で、この後だけどさ?」
「え?」



急に話を切り替えられて付いていけない。
彼の視線の先を辿っていけば、駅前の通りの先には人だかりと光の海のように見える……あれは、イルミネーションだろうか。
そういえばハムちゃんから駅前通りを奥に進んだところでイルミネーションが行われていると聞いた覚えがある。
その時は半分以上聞き流していたけれど、こうなってみると聞き流していいレベルの話ではなかったことに気づく。



「イルミネーション見に行くつもりだったんだけど、ちょー寒いから先に飯行っていい?」
「いいよ、大丈夫。イルミネーションは後にしよ」
「……んふふ、」
「何?笑い方が怖い……」
「ん?何かデートって感じでいいなって」
「何それ」



ほい、と差し出された手に何も考えることなく手を重ねれば、いつもよりも温度の低い彼の指先。
風邪引かなければいいけど。
そんなことを考えていたら彼の手共々、彼の上着のポケットにしまわれてしまった。



「桜月の手、あったけ〜」
「藍の手が冷たいのよ」
「そうかも〜」



走ったことで上がった体温が少しでも彼に移ればいいのに。
そう思って指先を絡めれば、首を傾げながらも嬉しそうに指先に力を籠められた。


_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ