MIU404

□待ち合わせデート
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「……ここ?」
「ん、前に鍋したいって言ってな〜と思って?」



連れて来られたのはしゃぶしゃぶ専門店。
確かに少し前に鍋が食べたい、なんて話をしたけれど。
自分のスマホの番号はいつになっても覚えないのに、そういうことは絶対に覚えている。
嬉しいやら、擽ったいやら。



「予約してた伊吹でーす」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」



予約なんてしてたのか。
平日とは言え店内は人が多くて、既に順番待ちをしている人もいるところを見ると予約しておいたのは正解なのかもしれない。
そういうところ、意外と気が利く。

全て半個室になっていて、賑わいはあるもののゆっくりと食事をするには良い店なのかも。



「鍋のスープ、何にする?」
「んー……豆乳?」
「オッケー」



店員を呼んでスープと、肉類をどんどん注文をしている。
……そんなに食べられる?というくらいに。
いや、頼んだからにはきっと食べられるのだとは思うけど、ちょっと心配。



「ん?」
「いや……そんなに食べられる?」
「大丈夫大丈夫〜」



その笑顔が怖い。
一緒に注文したアルコールが先に運ばれてきて、生ビールとカシスオレンジが手元に。
グラスを軽く合わせて口に運べば、アルコールが胃に届く感覚。



「美味しい〜……」
「仕事お疲れ〜」
「藍もね」



志摩さんがどうだったとか、昨日のうどんはこうだったとか他愛もない会話をしていれば、スープの入った鍋と頼みまくった肉類がテーブルに運ばれてくる。

さて、やるか。
取り箸に手を伸ばせば、彼の大きな手で制される。



「……?」
「俺がやるから、桜月はたまにはゆっくり食べな」
「え、でも」
「いいからいいから〜」



野菜はセルフサービスのシステムを取っているようで、ちょっと取ってくる、と席を立った藍。
まぁ……やりたいと言うなら今日はお任せしようかな。


































「ほい、肉〜」
「……ありがと」



次から次へと、という言葉がピッタリなくらいに切れ目なく、とんすいに肉やら野菜やら投げ込まれる。
そして目の前の鍋はしゃぶしゃぶというか、もはや普通の鍋状態。
予想はできたはずなのに、何故あの時鍋の主導権を彼に渡してしまったのか。
しゃぶしゃぶはしゃぶしゃぶとして食べたかったな、とちょっと遠い目になってしまうのは致し方のないこと。



「ん?」
「……何でもない」



それでもどこか楽しげな彼を見ているとそれもまた良いか、と思ってしまう。
今日何杯目かのチューハイに手を伸ばしたところでグラスが空なことに気づいた。
次は何にしようかな、とアルコールの載っているメニューに手を伸ばせば、ひょいと遠ざけられて代わりにソフトドリンクのメニューが手渡される。



「ちょっと、」
「明日休みなのは知ってるけど、そろそろ飲みすぎ〜」
「明日休みだから飲むんでしょ」
「イルミネーション見に行くって言ったじゃん?」
「…………」



だから歩ける程度にしといて、と珍しく真剣に言われてしまえば、それ以上は何も言えなくて。
仕方なく烏龍茶を頼めば満足そうな彼に『良い子』と頭を一撫でされた。




































「お腹いっぱい……」
「んー、しばらく鍋はいいかも〜」



あの後も次々に注文されて、最終的には完食したけれどお腹がはち切れそう。
後で胃薬飲んでおこうかな。

店を出れば、自然と絡められる指先。
いつもと同じ、温かい手。
先にご飯で正解だったな、と思っていたらゆっくりと先程通って来た道を戻って行く。



「……?」
「イルミネーション見に行くって言ったじゃん?」
「あ、そっか」
「だから飲みすぎ〜」
「そんなに飲んでないもん」



足元は若干ふわふわしている気はするけれど、記憶も正体もなくしていない。
きっと今日のことは明日の朝も覚えているはず。
それくらいにはお酒の量は抑えたというか、抑えられたというか。
自分はあの後も飲んでたのに狡い。



「ん?」
「藍ちゃんは飲んでたのに私だけダメなんて狡い」
「俺と桜月じゃ飲める量が違うでしょ」
「せっかくのデートなのに」
「んんー…………もうちょい飲ませておけば良かったかな〜……」



でもあれ以上は絶対正体なくすし……と、ぶつぶつ何か言っている。
よく分かんないけど、どうでもいいこと考えてそうだから気にしないでおく。
駅前通りを進んでいけば、目映い光が目に入った。
街路樹も、垣根も、イルミネーションで装飾されて。
そこにいる人達の表情もキラキラと輝いている。



「すごい……」
「隊長が教えてくれたんだ、イルミネーションちょーキレイだったって」
「あ、ハムちゃんも言ってた」
「だから一回は連れて来たいなって思ってさ〜」



酔っ払い連れて歩くワケにいかないじゃん?と笑って言う彼。
だから飲みすぎだと止められたのか。
納得。

ふわふわした頭でイルミネーションを見上げていたら、隣の彼がそれにさ……と言葉を続ける。



「たまにはこうしてカップルっぽいことしとかないとじゃん」
「…………何が?」
「志摩にも陣馬さんにも九ちゃんにも言われたんだよ。
どこにも行かないって思って胡座かいてると急にどっか行っちまうぞ、って」
「何それ」



有り得ない話。
私の居場所は藍の隣しかないのに。

でも、それを真に受けてちゃんとしたデートを発案して、プランを考え、店の予約までして……と思うと何とも健気。
その姿を想像したら、申し訳ないけれどちょっと笑える。



「笑うとこじゃねーって!」
「ごめんごめん。今日楽しかったよ?
でも毎回じゃなくていいや」
「…………ホントに?」



ちゃんとしたデートも楽しいけれど、それは隣に彼がいるから。
藍がいなかったら意味がない。

酔いに任せてそう伝えれば、人目も気にせずにぎゅうぎゅうに抱き締められた。



「ちょっと、藍ちゃんっ」
「もー……ホント誰にもあげらんない」



あぁ、もう恥ずかしい。
けれどこの腕の温もりが心地良くて。

出来れば知り合いがいませんように、そう願うしかなかった。


*待ち合わせデート*
(帰って飲み直す?)
(さっき飲みすぎって言ったくせに)
(家でなら酔っ払ってもいいよ、俺しか見てないし)
(うん……?)
(はい、じゃあ帰ろ〜)


fin...


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