MIU404

□初めて
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今日の重点密行は芝浦署の分駐所からは離れているため、車内で夕飯。
伊吹さんオススメのお店に入ろうと言われたけれど、残念ながら臨時休業でそれも叶わず。
じゃあ何か温かいものを、と出前太郎でカレーうどんを注文。
これ、もし途中で出動命令出たらどうするんだろう、なんて現実的なことを考えてしまった。
けれどカレーうどんと言い出した伊吹さん本人は、特に気にした様子もなく『いただきまーす』と食事を始めた。
車内に充満するカレーの匂い。
これが警察車両だなんて誰が信じるのだろう。



「そういやさ、桜月ちゃん寒くない?」
「寒いか寒くないかで言ったら若干寒いですけど、エアコン壊れてるって聞いてたので寒さ対策はバッチリです」



そう、桔梗隊長から言われていた。
修理に出すつもりでいたんだけどまだ直せていない、と。
警察車両には見えない、404号車。
修理や点検に出すのも一苦労なのは分かる。
肩甲骨の間にカイロを貼ると温かいと聞いていたので、まずそこに一枚。腰にも一枚。
靴用のカイロをそれぞれの足と、貼らないタイプのカイロをジャケットのポケットに一つずつ。



「そんな感じなのでそこまで寒くないです。寧ろうどん食べたら暑いくらい」
「完全防備じゃーん」



どこか楽しそうな伊吹さんにつられて笑えば、カレーうどんの汁まで飲み干した彼がふぅ、と溜め息を吐いた。
使い捨ての器を袋に入れて、大きな手を握ったり閉じたり。



「伊吹さん、運転代わりますよ。私、ちゃんと免許持ってますし」
「ん?大丈夫大丈夫。今日寒かったから指先鈍いだけ。
うどん食べて温かくなったし、すぐ戻るよ」



今日の重点密行が始まる前に『今日は俺が全部運転するから桜月ちゃんは助手席にいて?』と大きな犬のように元気よく話していた伊吹さん。
彼の申し出は有り難いことだけれども、流石に疲れの見える彼にこのまま運転をお願いし続けるのも申し訳がない。



「あ、そうだ」
「ん?」
「良かったら、これ使ってください」



ポケットからカイロを取り出して、伊吹さんに差し出す。
彼の掌よりも少し大きいカイロを彼の手に乗せれば、一瞬目を見開いて次いで表情を和らげた伊吹さん。
両手で包んでぎゅっと握ってから、今日何度目かの笑顔を向けてくれた。



「いいの?もらっちゃって」
「はい、まだたくさん持って来ているので……良かったら」
「ん、ありがと」



二人でカイロを擦りながら暫しの休憩。
うまく表現できないけれど、何となくこの空気感が好きかも。
そんなことを考えていたら運転席に座る伊吹さんがふっと笑った。
首を傾げながら彼に視線を移せば、同じようにこちらを向く伊吹さん。



「……?」
「ごめんごめん、何かこの感じ好きだなーって思ったんだよね。
何つーのかな、分かる?
仕事中なのは分かってるけど、こうやって二人でぼーっとするのいいな、って」
「わ、私もっ」
「ん?」



まさか同じことを考えていたなんて。
思わず運転席側に身を乗り出せば、不思議そうに首を傾げる伊吹さん。
少なからず好意を抱いている人にそんなことを言われて喜ばないはずもなく。
自分でも一気にテンションが上がった感じが分かる。



「私も、同じこと考えてました!」
「マージで?俺ら気が合うじゃーん」



どことなく楽しげな伊吹さんがひょいとこちらに身を乗り出す。
急に縮まった彼との物理的な距離。
その整った顔の近さに先程以上に心臓が跳ねるのが分かった。

どうしよう、どうしたらいい?

言葉に詰まっていたら、ふっと笑った伊吹さんの顔が少しずつ近づいてくる。



「っ……」
「桜月ちゃん、顔真っ赤」
「だ、って……」



待って、この雰囲気……何かやけに伊吹さんは色っぽいし、いつの間にかサングラス外してるし。
どんどん近くなる彼の顔に、期待してしまう自分がいる。
このまま流されていいの?


































『警視庁から各局……』
「っ、あ……」
「あーぁ、ざんねーん」



静寂を切り裂くように流れた無線で我に返った。
呼吸が触れ合う寸前まで近づいていた距離。
思わず身を引けば、笑いながら彼も元の場所へと戻っていく。
あ、と声を上げた彼がもう一度身を乗り出し、無線マイクを手に取って『機捜404向かいます』と短く話す。
本来ならば助手席に座る私の仕事なのに、うまく言葉が出せない。

あのまま無線が入らなかったら、?
どうしていた?



『1機捜本部から機捜404。高宮?どうした?大丈夫?』
「き、機捜404、高宮ですっ。大丈夫です……!」



何て勘のいい上司だろう。
私が無線に出ないことを気にかけて、わざわざ個別で無線を飛ばしてくるなんて。
既に動き始めたメロンパン号の運転手はくっくっと楽しそうに笑っているし。
あぁ、もう明日の朝までこんな状態で心臓がもつのだろうか。



「さ、ちゃんと仕事しよっか」
「……はい」



そうだ、からかわれたんだと思うことにしよう。
前から言われている、無防備だと。
自分自身そんなつもりはないけれど、きっとそれを心配してくれたんだ。



「志摩に報告しよーっと」
「……何をですか?」



何故か楽しげな彼が今日不在の相棒の名前を口にする。
ちらりと横目で見れば、ふふふーとわざとらしく笑う伊吹さん。
その笑顔にすら心臓が飛び出しそうになる辺り、私はもう彼に好意を寄せているどころではなく気持ちを持っていかれているのだと思う。



「んー、志摩が休んだおかげで桜月ちゃんといいふいんきになったー、って」
「伊吹さんっ!?」
「また志摩が休んだ時はよろしくね〜?」



本気か冗談か分からない言い方。
志摩さん、ごめんなさい。
やっぱり私は伊吹さんの言葉を話半分で聞くことは無理そうです。


*初めての重点密行*
(そうだ、桜月ちゃん)
(はい?)
(当番勤務終わったら飯行こ)
(え?あ、はい……)
(今度こそ俺オススメの店でご飯な〜)
(ふふ、楽しみです)
(そしたら……さっきの続き、しとく?)
(えっ?!)


fin...


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