MIU404

□注意報
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寒くて出かけたくないけれど、食材の買い物と郵便局に行かなければならないことを思い出して、仕方なく炬燵から抜け出して身支度を整える。
コートを身に着けながら玄関に向かえば、ちょうど帰宅した彼と鉢合わせた。



「あ、おかえり」
「ん?ただいま〜。どっか行く?
それともおかえりのちゅーしに来てくれた?」
「……何言ってんの?」
「ん、とりあえずちゅー」



聞く耳を持たない藍が靴を脱ぐ前にゆっくりと顔を近づけてきて。
玄関の段差があっても、彼の方が背が高いのは何だか悔しい。
そんなことを考えながら瞼を下ろせば、どこか嬉しそうな笑い声の後で唇が触れ合った。



「?!」
「痛ったぁ……」



その瞬間、パチッと音が鳴り軽い痛みが走る。
それは彼も同じだったようで、目を開けると驚いた表情の彼が目に入る。
今の感覚はおそらく、静電気?
まさかキスでも起こるなんて……油断していた。



「もう、この季節やだ……」
「ごめんな?」



電気を溜めやすい体質なのか、この乾燥している時期は至る所で静電気の被害に遭っている。
いつもならば静電気除去グッズを使って放電するようにしているけれど、まさかキスでまで静電気が起きるなんて……。



「…………帰ってきてすぐ触るのも、勿論キスも静電気の時期終わるまでは絶対止めて」
「えー、藍ちゃん寂しー」
「帰ってきてすぐは静電気起きそうだから嫌」



それは暗に放電してからなら良いと言っているようなものだけれども、お腹に天の邪鬼を飼っている私には素直に言葉にすることはできなくて。
モカシンを突っ掛けるように履いて藍の横を通り抜けようとすれば、そんな私のことをよく知っている彼が私の腰を押さえるように抱き止めた。



「ごめーんね?どっかで電気逃がしてからぎゅってしていい?」
「……それはダメって言ってない」
「んふふ〜、ちなみにこれからどこ行くの?」
「スーパーと郵便局」
「じゃあ俺も行く〜」



押さえられていた腰から腕が離れていったと思ったら、今度は手を取られて指先を絡められる。
そのまま引っ張られるように部屋の外に出ると何故か楽しそうな藍がさっさと鍵をかけて、ご機嫌に歩き出した。
いつも思う、何がそんなに楽しいのだろうか。
彼のような生き方ができれば私ももう少し気楽に生きられるのだろうか、なんて思うことすらある。



「でもさ、この時期良くない?」
「……何が?」



何が『でも』に繋がっているのか全く分からない。
どこから来たのか、脈絡を探すけれど今日の会話でそんな内容あったかな。
首を傾げているとまた楽しそうに笑った藍が今度は私の顔を覗き込みながら言葉を続ける。



「こうやってくっついてると暖かいじゃん?夏は暑いからやだって桜月は言うし」
「だって藍、体温高いから暑いもん。
でも……まぁ確かに静電気と乾燥がなければ今の時期も好きかな」



暑さが引いて寒くなり始める前の秋ど真ん中が一番好きだけど、と言えばその頃が一番元気かも、と笑われる。
快適な季節に元気になるのは当たり前のことではないだろうか。
ふわふわとそんなことを思い浮かべていたら、隣を歩く彼がぽつりとそうだなぁ、と呟くように言葉を漏らした。
軽く見上げれば少し考えるような素振りを見せる。



「俺はねー」
「藍は……夏が似合うよね」
「んー?夏も好きだけど、桜月が隣にいるならオールシーズンいつでも好き〜」
「……また、そういうことを言う……」



本当に、敵わない。
そういうことをサラッと言ってしまう辺り、天然の人タラシというか何というか。
彼の場合、おそらく意図して言っているということはない。
素で本心をさらけ出しているはずだから余計にたちが悪い。
これが計算されている方がもっとたちが悪い気もするけれど、これまでの付き合いから言ってその可能性は極めて低い。



「嘘じゃねーって」
「分かってるよ」
「ホントか〜?」
「藍はこういうところで嘘つかないでしょ」
「ん、」
「…………私も」
「ん?」
「やっぱり、何でもない」



改めて口にするのは恥ずかしい。
『私も藍が隣にいればいい』なんて、らしくない言葉。
ふい、と顔を逸らせばきっと私の考えていることなんてお見通しな彼の、嬉しそうな笑い声が耳に届いた。


*静電気注意報*
(今日何食べる?)
(んー、桜月が作ってくれるなら何でもいい〜)
(何でもいいは却下です)
(えー……じゃあシチューかおでん?)
(珍しく王道メニューね)
(だって今日寒いじゃん?桜月とくっついてると暖かいけど寒いじゃん?)
(じゃあシチューね)
(さっきからサラッとスルーすんの止めて?)


fin...


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