MIU404

□もう一歩
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桜月ちゃんは誰にでも優しいし、誰とでも楽しそうに話す。
それは俺に向ける笑顔も、志摩に向ける顔も同じ。



「志摩さん、志摩さん」
「どうした?」
「この前お借りしたDVD面白かったです!
ありがとうございました!」
「あぁ。続編もあるけど見るか?」
「是非!」



二人とも頭良いし、聞いてる限り好きなドラマ?映画?のジャンルもかぶってるらしくて、たまにこうやってDVDの貸し借りしてるのも見る。
桜月ちゃんが楽しそうなのを見てると俺も楽しくなる。
けれど、その笑顔を俺だけのものにしたくなることが無性にある。

そんなこと、同僚の立場で言えるはずもなくて、楽しそうに話してる二人の間に割り込むので精一杯。



「何なにー?何のDVD?」
「あ、伊吹さんも見ます?
『危険な刑事』って30年以上前の刑事ドラマなんですけど、とっても面白くて俳優さんがカッコよくて!」
「へぇ〜?」
「止めとけ、コイツすぐ影響されて銃ぶっ放しそうだから」



一瞬驚いた表情を見せた桜月ちゃんが楽しそうに笑った。
その笑顔がきゅるきゅるで、



「桜月ちゃん、きゅるきゅる〜!」
「出た、きゅるきゅる」
「伊吹さん、私に言っても何も出ませんよ?」



そうじゃねーんだけどなぁ。
うまく伝わらない。
むじいなぁ。










































「伊吹、お前さ……」
「んー?」



そんな朝の会話の後での重点密行中。
運転席の志摩が信号待ちの間に呟くように話しかけてきた。
これ、俺じゃなかったら聞こえなかったんじゃね?
たぶん志摩もそれが分かってて言ってるんだろうけど。



「高宮さんのこと、本気なワケ?」
「なーにが?」
「いや、やけに構うけど本気なのかなーって」
「俺、いつでもマジだけど?」
「ふーん……」
「え、何?そのビミョーな反応」
「……別に?」



何だよ、相棒。ちょー気になるじゃん。
そう言いかけたところに無線が入る。
どうでもいい話終わり。仕事モードに切り替える。















































「ただいま〜」
「おかえりなさい、お疲れ様でした」
「お疲れ」



24時間の当番勤務が終わって分駐所に戻れば、出勤して朝のコーヒーを準備してる桜月ちゃんが笑顔で迎えてくれた。
この笑顔だけで疲れも眠気も吹き飛びそう。
二人分のコーヒーを淹れて、志摩と俺のところに持って来てくれる桜月ちゃん。
志摩が先で俺が後なのが、何かちょっとヤだけど。



「あ、そうだ」



コーヒーを飲みながら何か思い出したような志摩が顔を上げて、視線を桜月ちゃんに向けた。
志摩の声で振り返った桜月ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
ついでに俺も志摩を見る。
何だ、急に。



「高宮さん、この前パスタ美味かったって言ってた店、どこだっけ」
「えっ?あ、スカイタワー近くのトラットリアですか?」
「そう、そこ」



スマホをいじって、その教えてもらった店を検索し始める志摩。
突然どうしたんだろ。
つーか、そんな話いつしたんだよ。
俺聞いてないんだけど。

何かモヤモヤする。
なんて考えながら志摩の手元を覗き込めば、お前は報告書と肩を押されて自分のデスクに戻される。
何だよ、ケチ。
ちょっと見るくらい良いじゃんか。

仕方ないから報告書を広げるけど、隣の席であーだこーだ話す声に集中できない。



「あ、ここ?」
「うーん……?」



志摩が差し示す度にスマホの画面を覗き込む桜月ちゃん。
当たり前だけど、その度に顔が近くなってモヤモヤする。
志摩も何で今こんなこと聞くんだよ。



「あ、ここです。総務の同期と食べに行って、アラビアータが美味しかったです」
「へぇ〜……じゃあ今度一緒に行こう」
「えっ?」
「はっ?!」
「ん?」



志摩から出た言葉に桜月ちゃんも俺も声を上げる。
当の志摩だけが何でか楽しそうに笑って桜月ちゃんの返事を待っていて、その笑顔がやけにイラッとして。



「桜月ちゃん、ちょっと」
「えっ?」



気づけば桜月ちゃんの手を取って分駐所を飛び出していた。
そのことに気づいたのは息を切らした桜月ちゃんの俺を呼ぶ声。
ハッとして振り向けば、肩で息をする桜月ちゃんが目に映る。



「ご、ごめんっ。大丈夫?俺、何も考えてなかった!」
「っ伊吹、さん、……本当に、足、速いっ……ですね……」



私ももっと体動かさないとダメですね、と笑う桜月ちゃん。
俺、めちゃくちゃなことしてんのに何で笑ってくれんの?



「、桜月ちゃん」
「はい、?」
「志摩とご飯行かないで」
「え、?」
「俺とまたどっか行こうよ」
「……伊吹さん?」



こんなこと言ったら困らせるのは分かってるけど、志摩と二人で出かけんのとか見てらんなくて。
でも上手く言えなくて。
いっそのこと全部話せたら、楽なのかな。

そう思って口を開いた時、捕まえてた桜月ちゃんの手がぎゅっと俺の手を握り返してきた。



「……大将が、」
「ん?」
「大将と女将さんが、また伊吹さんのこと連れておいで、って言ってるんです」
「……そっ、か」
「嫌じゃなかったら、また一緒に行ってもらえますか?」
「、当たり前じゃん!」
「良かった……」



そう言って笑う桜月ちゃん顔を見てたら、何かもう他のことはどうでも良くなった。
志摩に言ったら現金なヤツ、って言われそうだけどそれでもいい。


*もう一歩*
(さっきのトラットリア、伊吹さんも行きましょうよ)
(俺もいいの?)
(ご飯は皆で食べると美味しいですし)
(大将の店も三人?)
(……そこは、要相談でお願いします)


fin...


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