MIU404

□俺だけに見せて
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『今日はハムちゃんと女子会してくる』と言って出かけていった桜月。
俺も志摩達と飲みに行こうかと思ったら皆、今日は無理だって。
仕方ないから桜月の部屋で一人で飲もうかと思ったけど、何となくそういう気分にもならなくて、テレビ見ながらスマホいじってた。
桜月の部屋にいるのに一人って何か変な感じ。
何となく物足りない。

何となく、っていうか全然足りない。
別に二人でいる時にいつも何かしてる訳でもなくてテレビ見ながらぼーっとしてる時だってあるし、桜月も俺もタブレットとスマホいじってる時だってある。
それでも部屋の中で桜月の存在がないってだけで全然違う。

21時か……ハムちゃんとの女子会ならそろそろ終わるはず。
散歩しながら迎えに行こうかな、なんて思ってたらスマホからLIMEの通知音が聞こえた。



『桜月ちゃん、一人で帰るって言ってるんだけど心配なのでお迎えに来てもらえるかな?』



ハムちゃんからそんな内容が届く。
ちょっと引き止めておいて、と返信してジャケットを引っ掛けて急いで部屋を出る。
店の場所は聞いてたし、走れば10分くらいで着くはず。
そういえばハムちゃんとの飲みでお迎え呼ばれたの初めてかも。
そんなこと考えながら全速力で店に向かうことにした。


















































「……桜月?ハムちゃん?」
「あ、良かった。ほら、桜月ちゃん?
伊吹さん迎えに来てくれたよ?」
「ん……藍ちゃん〜……?」



桜月達がいる店まで行けば、店の前のベンチで二人で肩を寄せ合って座っている桜月とハムちゃんが目に入った。
というよりはハムちゃんの肩に凭れ掛かって半分夢の世界に旅立っている桜月と、それを支えているハムちゃん。
こんなに酔っぱらうなんて珍しい。
確かにこの状態では一人で帰って来れないだろうし、ハムちゃんが連れてきてくれるのも難しそう。
呼んでもらって良かった。

半分どころか90%以上眠りの世界に行っている桜月を背負って立ち上がれば、桜月の隣に座ってたハムちゃんも立ち上がった。
やけに楽しそうなのはハムちゃんも酒が入ってるからかな、なんて思ってたら、バッグの中からスマホを取り出したハムちゃんがいくつか画面を操作した後でニコニコしながら俺に画面を見せてきた。



「ん?」
「さっきお店の中での桜月ちゃん。すっごく可愛かったから撮ってみたの」



スマホ画面には賑やかな店内で撮影された動画が映し出されている。
半個室のテーブルに肘をついて、これまた半分寝ているような桜月の姿。
画面の外から桜月に話しかけるハムちゃんの声が聞こえてきた。



『ねーねー、桜月ちゃん。もう一回』
『なにー……?』
『桜月ちゃんは伊吹さんのどこが好きなの?』



思わず顔を上げてハムちゃんを見れば『いいからいいから』と笑って画面を見るよう促される。
何だこれ、何でこんな話になってんの?
もう一回……って言った?
もしかしてこの動画撮る前にも何か言ってたってこと?
ちょっと期待と不安。



『んー?だーかーらー、藍ちゃんはー背が高くてー足が速くてーカッコいいの』
『うんうん、それで?』
『それでねー、私が疲れてる時はぎゅーってしてくれるしー料理も上手だしー優しいしー』
『そっか、桜月ちゃんは伊吹さんが好きなんだね』
『ちがーう、好きじゃなくて大好きなのー!』



勢い良く顔を上げた桜月が『大好き』と言った後でパタリとテーブルに突っ伏したと同時に動画が終わる。
え、何?
何?このきゅるきゅるな酔っ払い。
きゅるきゅる魔人過ぎない?



「今日ね、桜月ちゃん伊吹さんの話ばっかりだったよ」
「え、?」
「というかいつも酔ってくると伊吹さんの話が多いかな〜。
何だかんだ言いながら桜月ちゃん、伊吹さんのこと大好きなんだな〜って思いながら聞いてる」
「マージで……?」



ツンツンデレなのは知ってたけど、俺の前ではツンツンデレどころかツンツンツンデレ。
寧ろツンツンばっかりでデレることなんてほとんどない。
こんな不意打ち反則すぎ。

ハムちゃんに動画送って、とお願いしようとしたところで背中のきゅるきゅる魔人が『帰ろ』って。
それを断る理由もなくハムちゃんにバイバイして、さっき一人で走ってきた道を今度は二人で戻る。
と言っても桜月はおんぶされてるから一人で歩いてることには変わりないけど、背中に感じる重みが心地良い。



「桜月〜?」
「んー……」
「なーんでハムちゃんの前ではあんなにデレるのに俺の前ではツンツンすんの?」
「しらなーい」
「もうちょっと俺にデレてもいいんだよ?」
「んー……ねむい」
「聞いて?!」



そうこうしてるうちに規則正しい寝息が聞こえてきた。
これ以上はきっと何を言っても返事がないのは、間違いない。
仕方なく少しずり落ちた桜月を背負い直せば、夢見心地の声で名前を呼ばれた。



「あいちゃんー……」
「んー?」
「よんだだけー……」
「何だそれ」



酔っ払いなのは知ってるけど、これはかなり酔っ払ってる。
帰ったら風呂入れたいけど風呂沸かしてる間に寝そうだし、風呂入れたとしても風呂の中で寝そう。
せめて化粧だけは落とさないと明日の朝大騒ぎになりそうだしなぁ。



「おりる」
「ん?え?」
「おーりーるー」



急にはっきりした喋り方になったと思ったらジタバタして背中から滑り降りた。
おっとっと、とよろけながら歩き出した桜月。
千鳥足で明らかに酔いは覚めてない。



「桜月、危ないって」
「ねー、あいちゃん」
「ん?」
「すきー」
「え、?」
「もういわなーい」



酔っ払った顔で笑いながら言われた『好き』の一言の破壊力。
きゅるきゅる通り越した。



「桜月」
「んー?」
「ちゅーしていい?」
「いいよー」



俺の腕に絡みつきながら歩いていた桜月。
上を向かせてキスを落とせば、とろんとした幸せそうな笑顔を返される。
あー、もう無理。



「早く帰ろ」
「んー?」
「俺、もう無理」



酔っ払った桜月がデレるのは知ってたけど、これ以上外でこの桜月見てるのは無理。
俺だけのにしたい。
そんなことを考えながら足元が覚束ない桜月を抱えるようにしてアパートへの道を急いだ。


*俺だけに見せて*
(桜月、桜月寝ないで。風呂入って)
(やだ、ねむい)
(化粧も落としてないから)
(やだ)
(桜月〜……)
(あいちゃんがやって、わたしねむい)
(しょうがないな〜)
(ふふふー)
(ん?)
(あいちゃんすきー)


fin...


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