MIU404

□唇U
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トンネルを抜けるとそこは雪国だった。
かの有名な小説の一節をなぞらえて言うならば、目を開けるとそこには彼がいたというところか。
当番勤務が明けても帰って来なかった彼。
夜遅くまで起きていたものの待てど暮らせど帰って来る気配がないどころか、連絡すらない。
今日はもうこのまま帰って来ないかな、と思い日付が変わった頃にベッドに入った記憶がある。

いつ帰って来たのだろう。
深夜と呼ばれる時間帯は過ぎて、明け方だったのかもしれない。
彼がベッドに潜り込んできたことにすら気づかないほど熟睡していたと思うと、私自身も少し疲れていたのかも。
そんなことを考えながら規則正しい寝息を立てている藍の顔をじっと見つめる。

悔しいくらいにしっとりしていて綺麗な肌。
乾燥する季節にちょっと私のクリームつける程度なのに、どうしてこんなにも色が白くて綺麗なのか。
睫毛だって羨ましいくらいに長い。
唇だって……相変わらずぷるぷるで乾燥知らず。
本当に、羨ましい。



「…………」



寝起きの頭は上手く働かず、どうでもいいことばかり浮かんでは消える。
いつだったか彼の唇がぷるぷるでツヤツヤしているところを見て、触れてみたいと思ったことがあった。
あの時は私自身、油断していて口付けられたと思ったら息もつけないほどのキスの嵐に襲われた。

けれど今ならば。
彼が眠っている、今ならば。
触れるだけでなくて、多少突いたり撫でたりしても問題はない、はず。



「…………えい」



眠っている猫に鈴を付けるように、指先でそっと彼の唇をなぞる。
自分のそれとは違い、かさつきも引っかかる部分もない滑らかな触り心地。
本当にどうしたらこんな肌ツヤになるのだろう。
ほとんど同じ物を食べているし、生活リズムなら24時間勤務がある彼よりも私の方が規則正しいはずなのに。
羨ましい。

あぁ、もう。
キスがしたい、だなんて。
起きている彼の前では絶対に口にできない言葉が頭に浮かぶ。



「まだ、起きないでよ……」



誰に聞かせる訳でもない独り言。
願いにも似たその言葉が口から零れた後で、そっとその柔らかな唇に自身のそれを重ねれば、指先で触れた感覚とは違う、少し冷たい彼の唇。
やっぱり寝ていてもしっとりしていて柔らかい。
本当に、羨ましい。

もう少しだけこの感触を味わいたい、なんて柄にもないことが頭に過ぎった瞬間。



「っ、?!」



いつの間にか伸びてきた大きな手に後頭部を押さえられ、呼吸までも吸い取られるような、熱い口付けに襲われる。
何とかして逃れようとするけれど、寝起きのくせに案外力が強くてどうにも離れることができない。
逆に覆い被さるように体勢を変えられてしまい、もう反抗することすら許されない。

息が苦しくなって、必死で彼の胸を叩けば唇を吸われた後でゆっくりと切れ長の瞳が離れていった。



「、っ……はぁ……」
「桜月に寝込み襲われるなんてなー……」
「ごめ、起こした……」
「んー?起きてた」



覆い被さった状態からゆっくりと私の隣へと戻って来る藍。
寝起きの掠れた声。
どこかまだ眠そうで、反射的に謝れば思いがけない言葉が返って来た。
起きて、た……?

その言葉にハッとして腰を引くが、それよりも早く彼の腕が回ってきて動きを制される。
それどころか逆に引き寄せてられて布団の中で密着する形になってしまい、もうどうにも逃げられない。



「あ、藍ちゃん……」
「今日、休みだしさ?」
「え?」



ニヤリと口元を歪ませて、至近距離にいた彼が私の瞳の奥を覗き込んでくる。
彼の瞳の奥に情欲の炎が灯っている。
あぁ、もう本当に逃げられない。

あんなキスをされてしまって、自分でも分かっていた。
彼を止めることはできない、と。



「気持ちイイこと、シよっか?
俺、スイッチ入っちゃった」
「っ……」
「今日は俺が満足するまで離さないから」
「もう無理、って言っても……?」
「大丈夫、ちょー気持ち良くするから」



そう言って笑った彼の顔はこの後の激しさを物語るようにギラギラと燃え盛っていた。


*唇U*
(も、無理っ……)
(ダメ、離さないって言ったじゃん)
(んっ……)
(俺、まだまだイけるよ?)
(、っあ……)
(桜月?ホントに止めていい?)
(っ…………やだ、)
(んふふ、イイ子)


fin...


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