MIU404

□壁
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「……遅い」



いつかのように届け物を頼まれて、今日は芝浦署まで足を運んだというのに。
約束の時間を過ぎても待ち人来たらず。
いくら融通の利く在宅ワークと言っても休憩時間は限られている。
それでなくても今は忙しい時期だと言うのに。
いや、忙しいのはお互い様なのは分かってはいる。
それにしたってLIMEの一つでもくれれば溜飲が下がるものだけれど、なんて考えていたら待ち人……と親しい人の姿。
親しいなんて表現をしたら何かと文句を言われそうな気もする。



「志摩さん」
「高宮さん?」
「お仕事お疲れ様です……あの、藍は?」
「届け物ですか?アイツならもうすぐ下りて来る…………いや、自分が預かります。
たぶんしばらく来ないと思うので!」
「え、いや、志摩さん?今『もうすぐ下りて来る』って言いましたよね?」
「幻聴です、気のせいです」



急に焦ったように口数が多くなった志摩さんに首を傾げながらも、彼の申し出は有り難いので手に下げていたシューズケースを彼へと差し出す。
どこか安堵したような表情で息を吐く志摩さんにやっぱり何かあったのかと訊ねようとした、その時。



「桜月っ!」
「藍?あれ、?」
「ごめんな、お待たせ!」



すぐに下りて来るんだかしばらく下りて来ないんだか分からなかった藍が珍しく息を切らして私達の元へと駆け寄って来た。
頭を垂れて何度か深呼吸を繰り返した後で、勢いよく顔を上げた藍はいつもの笑顔で志摩さんの手の中にあったシューズケースを引ったくるようにして腕の中に抱え込んだ。



「……伊吹」
「悪リィ、志摩。サンキュ」
「いや……それよりお前、」
「……?」



この、二人の間を漂う何とも言えない微妙な空気は何だろう。
喧嘩でもしたのだろうか。
それならもっとピリピリした雰囲気になるはずだけれども、そういう訳でもなさそう。
どちらかというと志摩さんが私に対して気を遣っているような、そんな感覚。
いつも節度をもった付き合いではあるけれど、何となくいつものそれとは違う……何だろう。
思考の波に飲まれそうになった瞬間、甲高い甘ったるい声が藍の大きな背中越しに聞こえてきた。



「藍く〜ん!」
「うわ……」
「え、何?」
「ごめん、桜月。ホントにサンキュ!」
「え、あ、ちょっと……」



来た時と同様に慌てた様子で外へ飛び出していく藍。
何なんだ、一体。
そういう思いを込めながら相棒である志摩さんを見遣れば、何とも気まずそうな表情。
煮え切らない態度に首を傾げていると先程の甘ったるい声が聞こえてきた方向から一人の女性がこちらへ駆け寄って来た。
えーと……誰?



「志摩、藍くんはどこに行ったの?!」
「すみません、もうすぐ密行に戻るので機捜車に行きました」
「何よ、もう!」
「……あの、志摩さん。私もそろそろ帰ります、ね?」



『藍くん』と聞き慣れない呼ばれ方に何となく違和感を覚えながら、そっと帰宅する旨を伝えると志摩さんに向かって強い口調で話していた女性が目を見開いて私を見てきた。
いや、本当に誰?



「貴女……」
「はい、?」
「志摩?こちらはどなた?
私の記憶が確かなら藍くんのスマホの待ち受けの人だと思うけど?」
「こちらは……高宮、桜月さんです」



こちらに一瞬、視線を送った志摩さんが観念したように私を紹介する。
状況がよく分からないながらも会釈をすれば上から下まで舐めるように見られて、何だか値踏みされているような気分。
正直気分はあまり良くない。
間違いなく初対面のはずなのにこんな風に悪意を向けられるような生き方はしていないはずなのに。



「あ、の……?」
「高宮さん、こちらは伊集院 環希(いじゅういん たまき)さんです」
「初めまして……?」
「私の父は副総監ですの」
「はぁ……?」



この女性の態度や雰囲気から言って、警察の中でも偉い人なのは何となく分かる。
けれども、ふくそうかんという音だけ聞いてもどんな役職の人なのかまったく想像がつかない。
首を傾げながら志摩さんに助けを求めるように視線を送れば、深い溜め息の後で伊集院さんに向かって言葉を選びながら口を開く。



「環希さん」
「名前で呼んでと言ったのは藍くんにだけよ」
「……伊集院さん、高宮さんは警察官ではありません。
お父様のお名前を出しても分かりません」
「あら、そうなの。
じゃあ尚更藍くんには相応しくないわね」
「……は、?」



何を言ってるんだ、この人。
藍のスマホの待ち受けは知ってるし、変に態度デカいし、藍に相応しくないとか…………本気で言ってる意味が分からない。
流石にここまで敵意をもって来られると私だって気分が悪い。
何か言い返そうと口を開いた時、



「しーまー!!」
「……あの、バカ」



機捜車に向かっていったはずの彼の声が芝浦署の玄関ロビーに響き渡った。
おそらく待てど暮らせど姿を現さない志摩さんに痺れを切らして戻ってきたのだろう。
それにしても相も変わらず間が悪い。
その声を聞いて、目の前の女性の纏う空気が急激に変わったのが分かった。



「志摩〜?……あ、やべ」
「藍く〜ん!私の為に戻ってきてくれたの〜?」
「いや、そういうワケじゃ……あ、桜月?どした?」
「え、?」
「変な顔してる。体調悪い?熱あった?」



ハッとして顔を上げると心配そうにこちらを見ている藍と目が合う。
これは言ってもいいのだろうか。
でも……本人の前で?
この人に私は藍に相応しくないと言われた、なんて言ったら目の前の彼はどんな反応をするのだろうか。
元々激情型の彼がそんなことを知ったら何をするか分からない。
せっかく機捜の仕事が楽しい、と言って勤務日は意気揚々と家を出ていくのに。
関係はないのかもしれないけれど、偉い立場の人の娘さんに万が一にでも手を上げるなんてことがあったら、また奥多摩に戻される可能性だってある。
そんなことは、させられない。



「大丈夫、何でもない。私、そろそろ仕事戻るね。
藍も仕事頑張って」
「……合点承知の助」
「やだぁ、藍くんってばそれ古い〜」



カラカラと笑うその人が藍の腕に絡みつくのを見ていたくなくて、踵を返してその場を後にする。
楽しそうな笑い声が背中に刺さる。
あぁ、もう。どす黒い感情が胸に渦巻く。
あんな姿、見たくない。


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