MIU404

□壁
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『今、電話していい?』



そんなLIMEが届いたのはあれから半日が過ぎた頃。
休憩時間だろうか。
いつもならお伺いのLIMEなんてせずに電話をかけてくるのに。
きっと昼の件を気にしているのだろう。
藍が合点していないのは分かっていたし、私も態度が悪かったのは自覚している。
彼の気遣いは嬉しいけれど、正直なところまだ気持ちの整理はついていない。
既読にしてしまった以上は何かしら返信をしなければいけないとは思うのに、OKともNOとも返事が打てないのはどうしてだろう。
スタンプ一つも送れずにいると、『待て』ができなかったらしい彼からの着信。



『もしもし、桜月?』
「……もしもし、」



反射的に電話に応答してしまい、少しだけ迷ったけれど観念してスマホを耳に当てれば少し焦ったような藍の声が耳に届く。
外にいるのだろうか、いつもかけてくる室内や車内とは聞こえてくる音が違う気がする。



『ごめんな?大丈夫?』
「ん、大丈夫」
『あのさ……昼のことなんだけど、』
「志摩さんから聞いた」
『え?』



そう、彼の頼れる相棒からあの後連絡を受けていた。
ここ二週間ほど、あの伊集院という女性から藍が執拗にアプローチを受けていること。
相手が警察のお偉いさんの娘で桔梗隊長も強く出れず四機捜に出入り自由になっていること。
マメジからもぞんざいに扱わないように直接厳命されたこと。
藍本人はほとほと迷惑していることなど、事細かく丁寧に説明してくれた。

マメジって誰、と思ったけれどそこは流石志摩さん。
桔梗さんよりも上の人間で機捜が所属する刑事部の部長というところもきちんと説明してくれた。



「だから、大丈夫」
『桜月の大丈夫は信用できねーなぁ』
「大丈夫だから、」
『桜月』
「早く帰ってきて、ぎゅってして」
『明日は即行で帰るから!』
「……待ってる」



じゃあおやすみ、と電話を切ろうとしたところで電話の向こうで彼を呼ぶ声。
志摩さんではない……というか昼に聞いた、正直言って不快な甲高い、あの人の声。
危うく舌打ちが出るところだったのをギリギリのところで踏みとどまった。
今しがた大丈夫だと言ったばかりなのに。



『ごめん、桜月』
「何で藍が謝るのよ」
『だって俺が桜月だったら嫌だし』
「……おやすみ、この後も仕事頑張って」



返事を待たずに通話を終了させる。
これ以上、あの甘ったるい声で彼の名前を呼ぶところを聞きたくもないし、想像もしたくない。

確かに昔から彼は人から好かれるタイプだった。
自分の同級生でも『伊吹さんカッコいい』とか『ちょーイケメン』とか憧憬というか、芸能人相手に対するミーハーなそれに似ていたけれど今回のあの人は。
明らかに彼を異性として扱っている。
異性として、と表現するのは語弊があるかもしれない。
ただ、同級生達がもてはやすのとは違う、本気で藍のことが好きでアプローチをかけている、ように見えた。
実際のところ、彼女が何を考えているかは私には分からない。
けれども、



「嫌なものは嫌だよ……」



例えそれが藍の本意でなかったとしても。
できることなら、あの姿はもう目にしたくない。
彼女と相対することもできれば避けたい。










































事件が重なっているようで、あの日……伊集院環希という女性と芝浦署で会ってから一度も部屋を訪れることなく三日が過ぎた。
本来ならば昨日一昨日は休みのはずなのに。
まぁ、仕事で帰って来られないのは今回が初めてという訳でもないし、短文ではあるけれど『ごめん、今日も無理っぽい』と生存確認ができるLIMEは届いている。

帰って来ないならば夕飯は適当でいいか、と散歩がてらコンビニまで歩いていくことにする。
あの日、少しだけ心の擦り傷になったところは時間が薬となってくれたようであの日の夜から疼くことはなくなっている。
それでも心のどこかに重しとなって存在するのは、あれから彼の姿を見ていないからだろうか。



「あら、貴女」
「え……」



できれば、というかもう会いたくなかった。
こんなこと考えてはいけないのは分かっている。
それでもそう思わずにはいられない、この女性。



「伊集院、さん……」
「私の名前、覚えてくださったのねぇ。高宮桜月さん?」
「……こんにちは」



そちらこそ、私の名前覚えてたんですね。
口には出さないけれど心の中で返事をしてみる。
早く帰ろう、そんな私の心の内を知ってか知らずかニコリと笑った彼女は聞いてもいない、聞きたくもない話を鼻高々に話し始めた。

コンビニの前で話すようなことでもないので帰らせてください。
いや、部屋に来られるのも困るけど。



「藍くん、最近会ってないでしょう?」
「仕事が忙しいみたいですね」
「そうなの、捜査一課と合同で事件を捜査しているのよ」
「そうですか」
「あら、聞いてないの?」
「守秘義務がありますし……今日帰って来るか来ないかの連絡だけは来ますけど、それ以外は特に連絡来ませんし忙しいのに時間割かせるのも悪いので連絡はしてません」



急に黙り込んでしまった目の前の女性。
これで会話終了なら帰りたいんだけど……。
あまり見たくはないけれど、少し顔を覗き込めばキッと睨み付けられた。
え、何で?



「藍くん、私のこときゅるきゅるだって言ってくれたわ!」
「……はぁ、?」



何を言い出すんだ、この人。
藍が女の人に対してきゅるきゅるだ何だと言うのは今に始まったことではないし、彼女だけに言った言葉でないことも分かっている。
きっとそれが副総監の娘だろうが総理大臣の娘だろうが、おそらく彼は彼の気の赴くままに発言する。
それは私にだって止められない。



「藍くんは他の人とは違う。
私の父が副総監だって分かってからも敬語使わないでいてくれたし、他の人みたいにご機嫌伺いもしない!
だから、私にちょうだい!」



彼らしい、とは思う。
相手が誰であっても基本的には態度を変えないし、立場が上の人であってもへつらうことをしない。

きっと彼女にとってはそれは初めてとも言える対応だったのだろう。
けれど、もしそうだったとしても。



「それは、無理」
「どうして?!志摩だって九重だっているでしょう?
ねぇ、私は藍くんが欲しいの!」」
「ちょ、ちょっと……」



不意に肩を掴まれて揺す振られる。
そんな行動に出られるとは思っていなくて、バランスを崩してしまう。
危ないかも、と思った時には既に遅く、側頭部に強い痛みを感じた瞬間、目の前がブラックアウトしてしまった。


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