MIU404

□星明かり
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花冷えと呼ばれる季節。
今日は特に朝から気温が低くて、日が落ちると暖房が必要なほどに寒く感じる。
カーテンを閉めながら、ふと窓の外に目を向ければ夜空に月が浮かんでいるのが見えた。



「……寒い」
「んー?どしたー?」
「ん……今日は寒かったな、と思って」
「藍ちゃんは温かいぞ〜おいで〜」



そう言ってニヤニヤしながら両手を広げる藍。
どうせ私がそこに行くことはないと高を括っているようで。
そう思われるのも癪に障るので、今日のところは素直に彼の腕の中に収まることにする。
やはり予想していなかったようで、少し戸惑いながら緩く抱き締める彼の腕。



「桜月?」
「何?」
「熱でもある?それとも体調悪い?」
「だって寒い。来いって言ったのは藍でしょ」
「きゅるきゅる〜っ」



お決まりの台詞を吐きながら、今度こそぎゅうぎゅうに抱き締められる。
少し苦しい。
けれどそれが心地良いだなんて、決して口にはしないけれど。



「ねぇ、藍ちゃん」
「んー……?」
「やっぱりさ、この辺りは星が見えないね」



彼の腕の中で少しだけ向きを変えて閉めそびれてしまったカーテンの隙間から見える窓の外に目を向ければ、空は真っ暗で本来そこにあるはずの輝きはまったく見えない。
今日は新月らしく月明かりもなくて、星の瞬きが見やすいはずなのに。

ほんやりと夜空に目を向けながらそんなことを呟けば、何故か心配そうな表情の彼が顔を覗き込んで来た。



「桜月?」
「向こうの家にいた頃は何とも思わなかったし、何ならちょっと不便だな……って思ってたんだけど、離れてみるとちょっと寂しい、かな」
「……帰りたくなっちゃった?」
「え?」



聞いたことがないような力のない彼の声に驚いて思わず顔を上げれば、どこか不安な気持ちが表れたような顔の彼と視線が絡まる。
こんな顔、いつ以来だろうか。
何を急にそんなに不安になっているのだろう。
いつも言っているのに、私の居場所は一つだけだと。

そんなことを考えていてすぐに返事ができずにいると、背中に回された腕に少しだけ力が篭められたのが分かる。
彼のその動きにハッとして緩く首を振れば、右側に傾げられる彼の首。
続く言葉はなく、私からの言葉を待っているのが分かる。



「それは……ない、っていつも言ってるでしょ。
こっちは何をするにも便利だし……それに、今向こうに戻っても藍がいなかったら意味ないもの」
「桜月〜」
「ん?」
「きゅるきゅる魔人〜!」
「ちょっと、苦しい!」



私の言葉に気を良くしたらしい彼。
先程までのしおらしい姿はどこへ行ったのか。
あるはずのない尻尾が振り切れんばかりに左右に振られている、ように見える。

彼の寂し気な表情に当てられたとは言え、勢いに任せて我ながら臭いセリフを吐いたものだ。
今更ながらに恥ずかしくて、まともに彼の顔を見ることができない。
それでもぎゅうぎゅうに抱き締められて心地良いとさえ思うのは、これはもう惚れた弱みというべきか。



「桜月?」
「…………何よ」



恥ずかしさで言葉遣いがぞんざいになるのが自分でも分かる。
そんなことは気にも留めず、ニコニコとした相貌を崩さないままに左右に揺れながらこちらを見下ろしてくる。
あぁ、もう。そんな姿すら愛おしいだなんて。
私は一体いつからこんなにも彼のことが好きになってしまったのだろう。



「今度の非番の日さ、向こうの家行こっか」
「え?」
「奥多摩なら星も見えるじゃん?」
「あぁ……まぁ、確かに」
「二人でこうやってぬくぬくしながら星眺めよ?」
「そう、だね。ありがと」
「ん?どういたしまして?」



何に対してのお礼かは分かっていないであろう彼に思わず笑ってしまう。
きっと彼は何とも思っていないのだろう。
彼にとっては当たり前で小さな気遣いが私にはどうしようもなく嬉しいことはきっと彼には通じていない。
知られたらおそらくはまた彼のお決まりのセリフを連発するに違いないので伏せておくことにする。
今はもう少し、この腕の温もりを堪能することにしよう。


*星明かり*
(今日、いつもよりきゅるきゅるじゃん?)
(そのきゅるきゅるって何なのか未だに分かんないんだけど)
(だからこう、何つーの?きゅるきゅる〜って感じでさ)
(ごめん、藍に言語化を求めた私がバカだった)
(え、何?何が?)

fin...


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