MIU404

□特権
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「よ、っと……」



聞き慣れないかけ声が耳に届いて、声の持ち主を探してみれば広いフロアを出てすぐの廊下で掲示板にポスターを貼ろうとしてるんだか、外そうとしてるんだか……目いっぱい背伸びしてる桜月ちゃんの姿が目に入った。
右腕を伸ばして、左腕には丸められたポスターみたいなのを抱えて。
今にも転びそうで見てらんない。



「これ、押し込んでいいの〜?」
「え、あ……伊吹さん?」



必死になって背伸びしてる後ろから行って、画鋲に指先で触れれば驚いたように手を離す桜月ちゃん。
そのまま見上げてくる表情がちょーきゅるきゅる。



「ん?それとも外すやつ?」
「あっ、いえ!貼ろうと思ってたところでした」
「ん、オッケー」



浅く刺さっていた画鋲二つを掲示板のコルクボードにしっかりと押し込む。
画鋲が押し込めばポスターに用はなくなって、桜月ちゃんから少し離れるのがちょっと寂しい。



「伊吹さん、ありがとうございました!」
「こういう時はいつでも呼んでよ〜。
転んだら危ないじゃん?」
「そうですよね……」
「そうそう〜」



俺の言葉に納得したように頷く桜月ちゃん。
こういう素直なとこもちょーきゅるきゅる。
つられて俺も頷いていたら、パッと顔を上げた桜月ちゃんがにこりと笑いながら口を開いた。



「次からは踏み台か脚立を使うようにします!」
「うん、そうじゃなくてね……」
「ごめんなさい、ちょっと一機捜本部に届け物があるので行ってきます。ありがとうございました!」



勢いよく頭を下げてから抱えていたポスターらしき物を抱え直して、デスクに置いてあった封筒を手に取ってから分駐所を飛び出していく桜月ちゃん。
俺も荷物持ちで行くよ、と言う前にこちらに背中を向けて駆け出していってしまい、挙げかけた手は虚しく空を切った。



「……フラレたな」



俺と桜月ちゃんの会話を聞いていたらしい志摩が後ろでポツリと呟いた。
聞こえていることは分かっていて言ってるのが分かる。
その証拠にニヤニヤしながらこっちを見てる。
こういう時の志摩はいつも以上に性格悪い気がする。



「志〜摩〜そういうこと言う?」
「事実を言ったまでだ」
「別に今は一機捜に行く用事があって急いでただけだろー?!」
「まぁ、そういうことにしておけ」



何考えてんのか分かんね。
まーたむじいこと考えてんの?
だって別に嘘ついてる感じしなかったし、嘘つく必要もないじゃん?











































桜月ちゃんのポスター事件から数日。
昼休みに分駐所に戻れば、またしてもポスターと格闘してる桜月ちゃんの姿。
でも今度はちゃんと脚立に乗って貼ろうとしてるから、ちょっと安心。

そんなことを考えていたら、少し離れた場所でポスターを剥がしてた桜月ちゃんから小さな声が漏れ聞こえた。



「あ、」



志摩と昼飯何にする、なんて話をしてて桜月ちゃんの声に反応が遅れた。
パッと振り返ってみれば、脚立の上でバランス崩してて、何なら脚立ごと後ろに転びそうになってる姿が目に飛び込んできた。
それを見て考えるより先に駆け寄って手を伸ばす。
隣にいた志摩が驚いてこっちを見てるのが気配で分かる。
けど、今はそんなこと話してる場合じゃない。

慌てて桜月ちゃんの元に駆け寄って手を伸ばした直前、どこからともなく伸びてきた腕に桜月ちゃんが受け止められる。
俺じゃ、ない。
ガシャン、と脚立が倒れた音が木霊して分駐所のフロアに響き渡る。



「大丈夫ですか」
「あ……九重さん。すみません、ありがとうございます」
「気を付けてください」
「はい……」



申し訳なさそうに九ちゃんの腕から抜け出して、頭を下げる桜月ちゃん。
その横顔はどこか恥ずかしげで頬が真っ赤。
そんな顔、俺以外に見せてほしくないのに。



「志〜摩〜!俺の出番取られたー!!」
「……馬鹿か」
「あれ、伊吹さん?志摩さん?おかえりなさい」
「桜月ちゃん!」
「え、はい?」



何か悔しくて志摩に詰め寄っていたら、脚立を元のように直してから俺らに気づいたらしい桜月ちゃんが不思議そうに首を傾げてこちらに向き直る。
その顔、ちょーきゅるきゅる……じゃなくて、やっぱダメ。
やっぱり桜月ちゃんを助けるのは俺の役目。
他の奴にはさせたくない。
そんなこと考えてたら考えるよりも前に桜月ちゃんの手を取って分駐所を飛び出してた。
後ろから志摩の『休憩時間終わる前には戻って来いよ』って声だけ聞こえてきた。
了解、相棒。



「あ、あのっ、伊吹さん?!」
「桜月ちゃん、お願いがあるんだけど」
「えっ?」



人気の少ない、分駐所の裏手まで引っ張ってきて桜月ちゃんを振り返ってお願いを一つ。
状況を飲み込めていない桜月ちゃんは息を弾ませたまま、不思議そうな顔をしてる。
当たり前と言えば当たり前。



「高いとこにポスター貼ったり、高いとこの物取ったり、そういうの俺がやるから」
「あの、?」
「だからお願いだから、さっきみたいなの止めて」
「さっきみたいなの、と言いますと……?」
「九ちゃんに助けられんの」
「あれは不可抗力……」



困ったように笑う桜月ちゃん。
わざとじゃないのは分かってる。
でも、分かってても何か嫌だ。



「ねぇ、約束して?」
「…………分かりました、次からは伊吹さんにお願いしますね」
「ん、」



ちょっと諦めにも似た表情の桜月ちゃんがさっきとは違う笑顔を見せながら、小指を立てて俺の方に差し出してくる。
意図を察して小指を絡めれば『指切りげんまん』と可愛い約束の仕方。
もう、本当にきゅるきゅるでやられっぱなし。


*特権*
(桜月ちゃん)
(はい)
(指切りげんまんも他の奴とやっちゃダメね)
(え、)
(きゅるきゅる過ぎ)
(これは……)
(うん?)
(……伊吹さんだけです!)


fin...


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