MIU404

□不戦敗
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*『壁』と少しだけ繋がってます。


別に、あんなことがあったから、という訳ではない。
ただ……やっぱり彼は天然の人たらしで、多かれ少なかれ誰かしらの心の中に影響を与えることは間違いない。
それは誰よりも私が一番知っていること。

例えそうだとしても、それが改めて可視化されて。
所謂、恋のライバルとも呼べるような存在が一瞬でも現れたことで複雑な心境になるのは致し方ない、よね?



「いや、だからって別に何かこう……藍のためっていうか、自分の気合いの問題っていうか」



誰に聞かせるでもない独り言を呟きながら、昂った気持ちのままにポチってしまった新しい下着を手に取って眺める。

今日、彼は当番勤務で絶対に帰って来ない。
それが分かっているからこそ、こうして新しく買った……少し普段と毛色の違う、ちょっぴりセクシーな下着を試着してみようと思った訳で。
彼がいる時に着たら99%の確率でベッドに連行されるだろう。
いや、まぁ……確かにそういう目的で買ったことには違いないのだけれども。
だからと言って自分からそういう誘いをするというのは、どちらかと言わなくても羞恥の方が勝る。

つまるところ、彼の前でこの下着を身に着ける勇気はまだない。
ブラとキャミソールがセットになったような薄いピンクの下着。
キャミソールとセットと言っても前の方は裾部分からブラの部分までざっくりと割れていて、しかも素材が透け感のあるチュールのようなもの。
私が知っているキャミソールとは少々……だいぶ異なる。
長い時間こんな姿でいたら、間違いなくお腹が冷える。
こんな防御力の欠片もないような下着、誰が考えたのだろう。
ちなみにショーツもキャミソールと同じ素材の透け感バッチリなもの。しかも後ろは布がなくて紐。
……いや、これ寒いって。



「毛布……」



お風呂上がりとは言っても流石にこの薄着は寒い。
でも何となく新しい物だからお風呂上がりの綺麗な体で身に着けたくて。
寒いなら脱げばいいとも思うけれど、少しでも慣れるためには多少着用する時間を長くしておきたい。

慣れたところで彼の前で着るのは先のことになるだろうし、彼にこの姿を見せると思うと今からもう恥ずかしい。
どんな反応をするだろうか。
驚く?それとも喜ぶ?
……案外直視できなかったりして?

想像するだけで何となく楽しい。
ちょっと寒いけれど、毛布に包まっていれば耐えられないほどでもない。
何なら少し暖かくなってきた。
もう少しだけ身に着けてから着替えることにしよう。
そんなことを考えながらスマホに手を伸ばした。













































暖かくて柔らかい温もりの中。
肩を揺さぶられて意識が急に浮上させられる。
薄目に飛び込んできた照明の明るさに思わず顔をしかめてしまう。



「桜月〜?」
「ん……」
「なぁ、桜月って」
「……藍、ちゃん?」
「おはよ。つーか、昨日ここで寝たの?」
「おはよ……今、何時……?」
「10時」



9時30分までの仕事で10時に帰宅とは、きっと報告書の類は志摩さんに投げ……お願いしてきたか、人が見て辛うじて読めるレベルの文字で書いてきたか。
どちらにしろ、早々に切り上げて帰ってきたことには間違いない。

そんなことを考えながら近くに転がっていたスマホを手繰り寄せる。
あぁ、LIMEが入っていたことにも気づいていなかった。
充電もしていない。
昨夜、何だかんだでお風呂に入ったのは遅かったし、その後も色々やっていて……



「っ、!」
「うん?どした〜?」



昨夜のことを思い出して、夢見心地だった脳が一気に覚醒した。
それと同時に身体にかけていた毛布を掻き抱くようにして抱え込んでから一呼吸おく。
頭まですっぽり毛布を被って、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

どうして、こうなった?
昨日は、新しい下着を試着してみて、慣れるために少しこのままでいようと思ってスマホをいじって……。
素肌に触れる毛布の感触が心地良くて、どうやらそのまま眠ってしまっていたらしい。
最後に時間を確認したのは夜中の3時だったはず。
その後、明け方に一度目を覚ました記憶があるけれど、どうせ昼過ぎまで帰って来ないだろうと高を括って二度寝を決め込んだところまで思い出した。

あぁ、自分のバカ。
どうして目を覚ました時に着替えをしなかったのか。
むしろ何でこんな格好のまま眠ってしまったのか。



「桜月?どした?」
「いや、あの……ちょっと、」
「ん〜?」



何とか顔だけ出してみれば、首を傾げながらどこか心配そうな表情の藍と目が合う。
できればそんな顔しないでほしい。
というか今すぐに部屋を出て行ってほしい、なんて言えないけれど。



「風邪ひいた?体調悪い?」
「いや、あの……」
「こんなとこで寝るからじゃん?ほら、ベッド行こ」
「あ、ちょっと……!」



所謂お姫様抱っこで抱えられてベッドに転がされて、その後を追うようにして包まっていた毛布の中へと潜り込んでくる藍。
ちょっと、本当にこれはマズい。
こんな格好がバレたらどうなるか想像に難くない、というより想像したくない。
何とかして毛布を巻き取ろうとするけれど、当番勤務明けの彼も疲れて寝たいようでなかなか引き下がらない。
そうこうしているうちに二人ですっぽりと毛布に包まる形になる。
寧ろ私は藍の腕の中。
あぁ、もう終わった。



「んん〜、あったか……ん?」
「…………」
「桜月、薄着じゃね?」
「………………」
「薄着っつーか、これタンクトップ?キャミソール?寒くね?
こんな薄着だから風邪ひいた?」



すりすりとすり寄るついでに私の腕や背中や腰を撫で回していた藍の手が、感触を確かめるように明確な意思をもって私の肌の上を滑っていく。
ここまで来た以上、言い逃れできるとも思っていないけれど、その時を少しでも先延ばししたいと思うのは往生際が悪いのだろうか。
いや、だってまだ藍の前で着るつもりなかったから心積もりもできていないし、何ならこんな日が高いうちからこんな格好をしていることは非常に恥ずかしい。
……日が落ちたら恥ずかしくないのかと聞かれるとそういう訳でもないけれど。



「桜月?それ着替えた方が……」



ついに捲られた毛布。
顔を見ることができないけれど、毛布を捲り上げたまま固まっている彼の視線が胸元より下から動かなくなってしまっているのは見なくても分かる。
少しでもその視線から逃れたくてそっと両腕をクロスさせて胸元を隠した後で、ゆっくりと起き上がって着替えが入っているチェストへと向かう。



「……着替える」
「ちょ、ちょちょちょちょ?!桜月?!何、なになになに?えっえっえっ!?」
「……藍、うるさい」
「待って待って待って、何その格好!」
「ちょっと買ってみただけ!昨日の夜、試しに着てみてそのまま寝ちゃったの!
っていうか離して!」



予想通り、寧ろ予想以上の反応を見せた藍にがっちりホールドされて身動きが取れない。
あぁ、もうこうなってしまっては逃げられない。
着替えをするためにベッドから出たはずが、彼の手によって再びベッドの上へ。



「……本当に、離して」
「やだ」
「やだって、あのね……」
「だってこれ、俺に見せるために買ったんだろ〜?」
「…………まだ見せるつもりなかったけど」
「んん?何で?」
「だって、こんなの……恥ずかしい」
「んふふ〜、ちょーきゅるきゅるじゃーん」



緩み切った表情に更に羞恥が募る。
こんな予定じゃなかった。
もっと、こう……夜に間接照明点けて薄暗い部屋でアロマでも焚いて……ベタだけど少しムードを作ったらこの羞恥心も少しは紛れるのでは、と思っていたのに。



「で?」
「……何?」
「こーんなきゅるきゅるな格好してて、もう着替えちゃう?」
「着替える、って言ったら?」
「んー?それは無理〜」



分かり切った答えを聞いているとは自分でも思う。
恥ずかしさでいつも以上にツンツンした返事をしているのは分かっている。
それはきっと彼も同様で。
その証拠に先程と同じくらい緩んだ頬のままに口付けられる。



「っ、……」
「着替えるならさ?」
「……何よ」
「藍ちゃんが手伝う〜」
「は、?なっ……ちょ、っと、藍っ……!」
「いいからいいから〜」
「やっ、どこ触って、っあ、」



予定とはだいぶ違ってしまったけれど、一応の目的は達成ということにはなったから……結果オーライでいいのだろうか。


*不戦敗*
(ねー、桜月チャン?)
(……何?)
(藍ちゃん、一個お願いあるんだけど)
(…………イヤ)
(まだ何も言ってないじゃん?!)
(ニヤニヤしてるからイヤ)
(それ、薄い紫の着てるとこ見たいなーって。
ぜーったいきゅるきゅるじゃん?)
(…………)
(桜月?)
(気が向いたら、買っておく)
(んふふ〜、楽しみ〜)


fin...


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