MIU404

□私の騎士(ナイト)?
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最近、何となく違和感があった。
特にこれと言って決め手があった訳でもないけれど、やけに視線を感じるし買い物や仕事帰りに誰かが後を付いてきているような感じがしていた。

それでも確証はなかったし、そういう人影も見なかった。
それにそもそも私なんかに付き纏うような暇人なんているはずがないと思っていた。



「…………うん、」



けれど、今日ばかりは気のせいではないと思う。
基本的に定時で帰るようにしているけれど、今日は急な仕様変更の依頼があったり突然取引先に呼び出されたりして落ち着いて仕事をする暇もなく、今日やろうと思っていた仕事に取り掛かれたのは15時を過ぎた頃で。
そんな状態では当然のことながら仕事の進みが良いはずもなく、会社を出る頃には20時を過ぎてしまっていた。

大通りを抜けて人通りの少なくなったアパートへの路地を歩いていると、背後から足音が聞こえた。
初めのうちは方向が同じなのかと思っていたけれど……どうにも違う気がする。
私が歩調を速めれば同じく速度を上げ、逆に歩みを止めれば同じく止まる。

…………尾けられている?

そう思ったら急に背筋が冷たくなる。
それでも目的の自分のアパートは目と鼻の先。
どこかの誰かのように速くは走れないけれど、全力で走ればきっと大丈夫、なはず。
そう思うが早いか否か、これまでで一番速いと思われるスピードでアパートに向けて駆け出した。
と、言ったところでアパートまでは五十メートルもない距離。
外階段を駆け上がって、鍵を開けて飛び込むようへ室内へ。



「っ、はぁ、はぁ……」



全く情けない。
これだけの距離を走っただけで息が切れるなんて運動不足にも程がある。
勿論、それが理由だけではないとは思うけれど。

少し呼吸を整えてから鍵を定位置に置けば奥のリビングからひょこっと顔を覗かせた半同居人が不思議そうに首を傾げながらこちらへ近づいてきた。
そういえば今日は当番勤務明けだった。



「おかーえり?」
「ただいま」
「残業お疲れ〜」
「遅くなってごめん」
「ちょー待ってた」



手洗いを済ませてから振り返り、背後を付いて来ていた彼にそっと抱きついてみる。
頭上からどこか慌てたような声が聞こえるけれど今は聞こえないフリ。
呼吸と同様に弾んでいた鼓動が、彼の体温でゆっくりと落ち着きを取り戻していくのが分かる。



「桜月?」
「……ごめん、ご飯まだだよね」
「何かあった?」
「…………」
「何もない、って感じじゃないよ?」



そっと頬を撫でられたと思えば、そのまま両手で包まれてゆっくりと上を向かされる。
気遣わしげな表情と視線が絡む。



「そういえば……藍ちゃんはお巡りさん、だったね」
「え、突然今更どした?」
「気のせいだと思ってたんだけど、」
「うん?」



できれば話したくはなかったのだけれども、ここ最近の違和感について今日の出来事と合わせて伝えることにした。
これでも一応警察官。
話してみれば何かしらの対処法を教えてくれるだろう、なんて思っていた。



「ストーカー」
「、え?」
「まだその辺にいるんじゃね?ちょっと見てくる」
「いやいやいや、ちょっと待って」
「何で」
「何で、って……危ないじゃない」
「このまま放っておいたら桜月が危ないじゃん」



それは確かに一理ある。
ただ、そうは言っても誰かに後を尾けられた、というだけであって、それがどこの誰でどんな顔をしているかは分からない。
アパートの外階段を上がる時、一瞬道路に目を向けた際に黒い帽子を目深にかぶった人影、おそらく背格好からして男性がアパートの前の電柱の影からこちらを見ていた。
それだけを頼りにこの辺一帯を歩く人に喧嘩腰に声を掛けていっては、逆に藍が警察のお世話になりそうな気しかしない。
……志摩さんはいつもこんな感じで藍の暴走を止めているのだろうか。
考えただけでも気苦労が窺える。



「と、とりあえずさ?志摩さんに電話してどうしたらいいか聞いてみようよ」
「……ん、」



渋々、という単語が相応しい様子の藍を何とか宥めて、通話履歴から志摩さんの番号を呼び出してからスマホを耳に当てる。
後ろにぴったり張り付いてスマホの背面から呼び出し音を聞いている藍。
……色々とやりにくい。
夕飯の準備をお願いしておけば良かった、と思ったけれど時すでに遅し。



『……もしもし?』
「もしもし、志摩さん。こんばんは……遅くにすみません。
今、お電話大丈夫ですか?」
『大丈夫ですが……どうかしましたか?
伊吹と喧嘩でもしました?』
「志摩ちゃん、桜月がストーカーされてる」
『伊吹?……え、?』
「ちょっと、藍。黙ってて」



電話の向こうの志摩さんが困惑の色を示しているのがよく分かる。
それはそうだ。
突然電話がかかってきて『ストーカーされている』だなんて。
とりあえず耳元に張り付いている藍を引き剝がして事の顛末を伝えれば、電話の向こう側が急に静かになってしまった。



「あ、の……志摩さん?」
『明日、芝浦署の前に10時集合で』
「え、」
『まずは警察に相談したという実績を作りましょう』
「あ、はい」
『最近はストーカーに対する規制も強くなっています。
パトロールも強化されるはずです』
「はぁ……」
「志摩!パトロール強化されたくらいじゃ、桜月のこと守れねーじゃん!」
『じゃあ明日』
「あ、すみません。お願いします」



耳が痛いくらいの藍の大声がまるで聞こえていないかのような口ぶりで『おやすみなさい』と言った電話の向こうの志摩さん。
釣られて挨拶を返すとそのまま通話終了を告げる音声が流れた。
扱いがよく分かっているなぁ、と妙なところで感心してしまう。



「何だよ、志摩のやつ。全然俺の話聞いてねーじゃん」
「怒らないの。明日、一緒に芝浦署に話に行ってくれるって言ってるんだし」
「俺、桜月が仕事行く日は有給取ろうかな〜」
「止めてよ、私がテレワークにすればいいだけの話でしょ」
「ちょっとコンビニ、とかもしばらくダメな」
「心配性」



あぁ、やっぱり藍に話すべきではなかったかも。
今更ながらに後悔。

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