MIU404

□私の騎士(ナイト)?
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「色々すみませんでした」
「いえ、こういうのは男が一緒にいた方が何かと話が進みやすいので」
「それなら俺と桜月だけでいいじゃん」
「藍だと論理立てて話ができないでしょ」
「……じゃあ自分はこれで」



翌日、約束の時間通りにやって来た志摩さんと、やけに鼻息の荒い藍と三人で芝浦署の生活安全課を訪れた。
ストーカー被害、というには少し弱いかもしれないけれど相談実績を作っておくことが重要、という志摩さん。
そもそも藍と私だけではどの課に相談すればいいのかすらも分からなかった。
やっぱり志摩さんに連絡して正解だった、と心の底から思う。



「あ、」
「えっ?」
「可能であればストーカー行為が収まるまではテレワークをお勧めします」
「そう、ですよね」
「難しいようであれば伊吹に送り迎えをさせるかタクシーを使うか」
「……少し、仕事を調整します」



貴重なお休みを潰して付き合ってくれた志摩さんにせめてものお礼として食事を、と思ったのに危ないから早く帰ろうと急かす藍に半ば呆れ気味に『じゃあお気をつけて』と言って彼の相棒は帰って行った。
警察官二人がいて何が危ないというのか。
本当にこういうことになると周りが見えなくなる。



「……」
「桜月?怒ってる?」
「怒ってる」
「ごめん……」
「あ、そうじゃなくて」
「うん?」



藍に対して怒りの感情は特に持ち合わせていない。
どこの誰かは知らないけれど、どうしてこんな不便な思いをしなければいけないのか。
昨日は恐怖を覚えたけれど今は怒りしかない。
仕事が波に乗ってきている時で今度大きなプロジェクトを任されることになっている。
今回のプロジェクトはリーダーとして指揮を取るよう上司から言われた、そんな矢先の出来事で。



「……桜月?」
「ムカつく」
「とりあえず帰ろ?
帰ったら桜月の仕事行く日と俺の当番勤務かぶってる日がないか確認しよ?」
「……ん、」



そっと肩に置かれた手の温もりにどうしようもなく涙が零れ落ちそうになったのはどうしてだろう。



































例のストーカー騒ぎから三ヶ月。
藍の当番勤務の日は在宅にして、仕事に行く日は藍に送迎をしてもらい。
大きなプロジェクトも何とか穴を開けることなく最終段階に移った。
ストーカー対策の生活が始まってから初めのうちは嫌な視線を感じることも多かったけれど、ここ最近はそれも落ち着いている。
そろそろ諦めてくれたのだろう。

そんな油断がこんな結果を招くことになるなんて。



「、っあ……くっ」
「やっと、会えたね」
「なっ……」
「最近アイツがずっと桜月ちゃんの側を付き纏ってたから、どうやって会おうか考えてたんだよ」
「っ、」



残業でオフィス内には誰もいなかった。
遅くなったけれどもう大丈夫だろう、と高を括って迎えを頼まなかったところを狙っていたのだろう。
会社を出てすぐに路地裏に引っ張り込まれて、馬乗りで首に手をかけられている。
息が出来ないほどではない。

ただ、怖い。



「ごめんね、泣かないで?
桜月ちゃんが可愛くて、僕だけのものにしたいだけだから」
「や、っ……」



ギリ、と首が締まる音が聞こえた。
彼の名前を呼びたいのに、声が出ない。

生理的に溢れそうになる涙で目の前がぼやける。
こんな男の前で、泣きたくなんて、ないのに。



「あ、」
「どうかした?」
「ぁ、藍っ……!」
「……こんな時でも、アイツの名前を呼ぶんだね。
可愛く『助けて』って言えば止めてあげるのに」



もういいや、と興味を失くしたような声が耳に届いた、と思ったら本気で呼吸が出来なくなる。

あ、マズい。
どこか他人事のようこの危険な状況を俯瞰している自分がいる。
このまま意識を失ったら、どうなるんだろう。



「、のヤロ……!」
「がっ?!」



聞き慣れた声が聞こえた。
と、次の瞬間に急に塞がれていた気道が解放されて肺が空気を取り込もうとして大きく噎せた。
涙で滲む瞳を無理やりこじ開ければ、目の前には大きな背中。
その奥で蹲っているのは今の今まで私に馬乗りになっていたストーカー男。

あぁ、きっと蹴り飛ばされたんだな。
どこか冷静な頭でそう分析した。



「げほっ、はっ……かはっ、げほげほげほっ」



大きな手で抱き起こされて、壁に凭れさせられる。
先程までとは違う涙で視界が歪む。
彼の姿を見るだけでこんなにも安心するなんて。



「っ、あ……い、ちゃ……」
「ごめん、ちょっと待ってて」



途切れながら名前を呼べば、険しかった表情が一瞬だけ緩んで、またすぐに真っすぐに前方へと向けられた。
だめ、と言葉にする前に弾かれたように駆け出した彼は一瞬でストーカー男との距離を詰めて、先程私がされていた馬乗りになって無感情に拳を振り下ろした。
何も映っていないような瞳で、何度も何度も。
彼の拳が、彼かストーカーかどちらの血か分からないもので赤く染まるほどに。



「あ、藍っ……」
「待て待て待て待て……!」



待って、止めて。
喉の奥から捻り出す前に、彼が駆けて来た方向から聞いたことのある声が飛んできた。
聞こえたかと思えば私の前を通り越して馬乗りになっている藍を羽交い絞めにして、ストーカーから引き離す。
引き離された方の藍は感情が昂ったまま、何とか拘束を振りほどこうともがいている。



「離せ!志摩!」
「落ち着け!高宮さんを放っておくな!」



志摩さんの一言でハッとこちらを振り返った藍。
ようやくその瞳と視線が交わった気がした。

藍が動きを止めたことを確認した志摩さんは彼の体を自由にする。
フラフラとした足取りでこちらに向かってきた藍が私の目の前で座り込むと次の瞬間には温もりに包まれていた。



「痛いとこ、ない?」
「ん、大丈夫……」



本当は首を中心に体中の至る所が痛むけれど、そんなことを口にしたら目の前で再び惨劇が繰り広げられることになるだろう。
例え自分を恐怖のどん底に陥れたストーカーだとしても、人が殴られるところを見たくはない。



「残業になった、ってLIMEの後から連絡来ないからちょー心配した」
「ごめ、」
「最近姿見なくなったからって油断しちゃダメだって」
「ごめん、なさい」
「…………」
「、藍ちゃん……?」



急に静かになった彼の顔を見ようと体を少し離せば、私よりも痛みを堪えているような藍と目が合う。
その表情を見て、今更ながら悪いことをした、と身体以上に胸が痛んだ。



「俺こそ、」
「え、?」
「怖い思いさせて、ごめん」
「それは、私が油断したから……」
「今日休みだったんだから、連絡待たないで会社まで迎えに来ればよかった」



もう一度、ごめん、と聞こえてきて。
謝らなければいけないのは私の方なのに。
ぽろりと落ちた涙は彼の指先で掬い取られた。

ストーカー男を拘束し終わった彼の相棒が『世話の焼けるカップル……』と零した声が彼の腕の中まで届いた。


*私の騎士(ナイト)?*
(とりあえず警察呼んだ)
(志摩さん……すみません、何か色々ご迷惑をおかけして……)
(いえ、あの狂犬を野放しにする方が後々こっちの迷惑になるんで)
(ねー、志摩〜。コイツもう一回殴っといていい?)
(駄目に決まってんだろ!殺す気か!)
(だって桜月のこと、こんな目に合わせたんだよ?正当防衛じゃん)
(お前のは過剰防衛だ!)
(本当に、すみません……)


fin...


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