MIU404

□恒例行事
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例年よりも早く梅雨が明けて、本格的な夏到来。
年々暑さが増していっているように感じるのはきっと気のせいではないはず。
ただ、それに加えて今日特に暑いと感じるのは、



「……暑い」
「暑いなぁ」
「…………暑いってば」
「うん、暑い」
「ねぇ……本当に離れて」



暑い暑いと言いながら私を後ろからぎゅうぎゅうに抱き締めたまま離れる気配のない藍。
お陰で室内はエアコンをつけているというのにも関わらず、若干汗ばんでしまっている。
体温高め、且つ汗かきな彼と密着した部分はどちらの汗か分からないほどにしっとりと……寧ろじっとりとしていて。
暑さに加えてこの汗の感じ。
不快以外の何ものでもない。



「ねぇ、藍……また汗疹できるよ?」
「桜月をハグしててできた汗疹なら大歓迎〜」
「もう……今日は何なのよ……」



汗かき故にこの時期は必ずと言っていいほど汗疹ができる彼。
その度に痒い痒いと言っては血が滲むほどに掻き毟ってしまう姿を何度となく見てきた。
未然に防げるならば防ぎたいものではあるが、如何せん本人にその気が見られない。
それどころか『汗疹できた〜』と何故か嬉々として薬を塗ってくれと持って来る始末。
本当に、世話が焼ける。

今年こそは、と思うもののこの様子では今年もまた結果は同じだろう。
その証拠に背後から抱きすくめられて弱まる気配のないホールド。
暑い。それ以外の言葉が出て来ない。

……仕方がない。
気を紛らわせるためにネットニュースでも見るか。
半ば諦めの境地でこの状況を如何に快適に過ごせるか考えついた結果が、スマホを見ること。
テーブルに置いたままだったスマホに手を伸ばせば、私の肩に顔を埋めたままだった彼が不満そう、というより拗ねたような声を上げながら顔も上げてきた。



「今度は、何?」
「桜月が冷たい」
「…………構ってちゃん?」



藍のこういうところは今に始まったことではない。
見てくれはドーベルマンのくせに性格はゴールデンレトリバー。
言外に構ってオーラを振り撒いて、こちらからアクションを起こすのを待つ。
……待っているならいいけれど『待て』ができずにいることの方が断然多い。
それは今日も今日とて変わりはなく。



「桜月〜?」
「……何?」



この後に続く言葉は何となく予想がつく。
彼のお得意のあの言葉、



「今日はキャッキャウフフしたい」



ほら、やっぱり予想通り。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、ゆっくりと肩越しに彼を見遣れば超至近距離に想像した通りの表情の彼がいる。
分かりやすく拗ねている。
ここまで考えていることが顔に出やすい人間に刑事が務まるのだろうか。
それとも仕事中は違うのだろうか、そんなことを考えていたらもう一度名前を呼ばれる。
全く、本当に『待て』ができない。
小さく息を吐いた後でゆっくりと口を開く。



「……今日、は?」
「今日、も。つか毎日」



半分答えは分かっていたけれど、敢えて問いかけてみれば予想した以上の返事。
今日は、と言ったのは言葉の綾で。
きっと彼ならば『今日も』と訂正するだろうと思っていたけれど、それの更に上を行く返事に一瞬面喰ってしまう。
毎日、……毎日?
こんなことが毎日続いたらそれこそ藍だけでなく私まで汗疹ができてしまいそう。
それは勘弁していただきたい。
仕事もあることだし毎日という表現は大袈裟かもしれないけれど、おそらくそれに準ずるくらいには彼の言う『キャッキャウフフ』の時間は欲しいのだろう。

まだ奥多摩で学生をしていた時からの友人……とは言い難い、私からすれば良き相談相手。
……良き、かどうかは別にしても。
交際期間は四、五年だけれどもあの頃からの付き合いを考えればもう随分と長い付き合いになる。
彼の言葉を借りるならキュンともきゅるっともしないような空気感にも関わらず、未だに隙あらばこうしてベタベタとしてくる彼に感心すら覚える。



「桜月〜?」
「…………仕方ないなぁ、」



我ながら可愛げのない台詞だとは思う。
そんなことを言いながらも何だかんだで彼からの愛情表現が嬉しくないはずがない。
ただそれを素直に言える性格ではない、こんな自分がたまに嫌になる。

それでも、少しくらいは彼の気持ちに応えたくて。
手に取ったスマホをもとの位置に戻して、少しだけ藍との間に隙間を作る。
ゆっくりと振り返って向き合うように座り直せば、不満げな顔がこちらを見下ろしていて……それは想像通りの表情過ぎて思わず笑いが込み上げる。
文句を言おうとしたらしい彼が口を開こうとしているところを無視して、勢いよく彼の胸に飛び込んでその広い背中にそっと腕を回す。
一瞬の間の後、ゆっくりと長い腕が私の背中へと回された。



「……きゅるきゅる〜……」
「はいはい」



そう言われるのではないかと予想はついていた。
予想というよりはほぼ確実な予感。
私が自らこういう行動をとる時、必ずと言っていいほどに言われる彼のお決まりの台詞。



「……なぁ、桜月」
「、ん?」



不意に名前を呼ばれて、意識を自分の内側から外側、一番側にいる藍へと向け直す。
ただ顔を見るのは少し恥ずかしくて、顔は上げずに彼の胸に埋めたままで。
互いの汗でしっとりした服はだいぶ不快だけれども、恥ずかしくて今彼の顔を見るなんてできない。

そんな私の考えなどお見通し、というよりは最早そうすることは当たり前だと思われていたようで、するりと頬を撫でられた後で顎を取られてそっと上を向けられる。
抵抗できない強さはないのにどうしてか抗えない。
伏せていた目を上げれば、やけに熱っぽい瞳と視線が交差する。



「ちゅーしたい」
「……いちいち言わなくていい、」



藍が私の行動を見越していたように、私もまた彼の行動が意味するところは理解していた。
そして、その後に続く言葉も。
素直にYesと言えない天邪鬼な私の台詞を肯定と捉えた彼が小さく笑った後でゆっくりと近づいて来て、そのまま開いていた距離がゼロになり、ゆっくりと唇が重ねられた。











































そしてその日の夜のこと。
あれだけ言ったにもかかわらず、ひたすらにベタベタしてきた彼がこれまた予想通りに汗疹ができて痒いと大騒ぎして。
お風呂上がり、真っ赤になっている彼の身体に薬を塗ってあげることもまた毎年恒例の行事。
これはいつまで経ってもきっと変わることのない光景なんだろうな、なんて少し面倒に感じつつも嬉しく思ってしまう辺り、どうにも私は彼に毒されているらしい。


*恒例行事*
(あー……そこ、ちょー気持ちいい)
(ちょっと、背中搔きむしったでしょ。爪の痕ついてるんだけど)
(だって〜桜月が離してくれないから〜)
(べ、つに離せって言ったら離すから!)
(んん〜……せっかく桜月がきゅるきゅるなのに離されるのはやだな〜)
(もう、こんなに傷だらけになって……)
(じゃあ桜月がベッドの上でこの傷の上から爪の痕つけて?
俺、それなら全然オッケー!)
(バカ!)


fin...


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