MIU404

□変わらぬ愛を貴方に
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明日の当番明け、デートしよう。ちょーきゅるきゅるな格好してきて?
と、珍しく改まったようなお誘いを受けた。
11時に駅前に集合な〜といつもの軽口で約束の時間を告げていった彼がいつも通り仕事に向かって行って。
彼が出勤してからは在宅ワークに勤しみ、勤務終了後は少し足を伸ばしてお気に入りとなったブックカフェへとやって来た。
今日、藍は帰って来ないのだから多少ルーズな生活を送ってもいいだろう。
カフェで軽食を買って、本を読みながらゆっくり食事しよう。
そんなことを考えながらサンドイッチとカフェラテを注文し、席を探す。
平日の夜だけあって割と閑散としている。
さて、ソファ席か窓際の席は空いているかな、とぐるりと店内を見渡して見覚えのある人物が目に入った。



「……志摩、さん?」
「あ、どうも。こんばんは」
「こんばんは……え、あれ?何でここに?張り込みとかですか?」



近づいていって名前を呼べば、本を熟読していたらしいその人がゆっくりと顔を上げて夜の挨拶を投げかけてきた。
挨拶を返した後で疑問が浮かんできて思わず問いかければ、怪訝そうに眉を寄せて首を傾げられる。
私は何かまずいことでも聞いたのだろうか。
そんな表情をされると、ちょっと困る。
お互いに黙ってしまい何とも微妙な空気が流れる。
仕事の邪魔をしては悪い、と思い『失礼しますね』と言う為に口を開きかけたその時。
信じがたい言葉が耳に届いた。



「今日は……有給、です」
「えっ?」
「……いえ、何でもありません。気にしないでください」
「いや、それ気になります」



お目当てだったソファ席でも、窓際のカウンター席でもなく、志摩さんの座る対面の椅子に腰を下ろして買ったばかりのサンドイッチとカフェラテをテーブルに乗せる。
私の聞き間違いでなければ目の前の彼は今『有給』と言った。
それはつまり有給休暇。
では今日、いつも通りに出勤していった彼は他の誰かとバディを組んで仕事をしているんだろうか。
どういうことか、と目で訴えれば、どこか困ったように溜め息を吐いた志摩さんが観念したように手にしていた本を閉じてテーブルの上に置いた。



「今日は有給休暇を取りました」
「……はい、」
「元は伊吹が今日、有給を取りたいと言ってきて。
俺も有給が余ってるし、上から有給消化しろと言われていたので合わせて休みを取りました」
「……それで、?」
「でも今日、伊吹が何をしているか、どこにいるか、その辺りは全く何も知りません。
そもそもヤツとは今日顔を合わせてません」



あまり情報がなくてすみません、と頭を下げられた。
けれど私にはその行為は目に映ってはいるけれど、頭の中には入って来なくて。
今日は、有給?
仕事じゃないなら、どこで何をしてるの?
何で仕事に行くって嘘ついたの?



「高宮、さん?」
「あ……すみません、何か、変な空気にしちゃって……」
「それは構わないのですが……大丈夫ですか」
「あ、は……はい、まぁ……何とか」



その後のことはよく覚えていない。
志摩さんといくつか言葉を交わした気もするけれど、内容が頭の中に留まらず右から左へと通り過ぎていく。
気づけば目の前に置いたカフェラテとサンドイッチは胃の中に収められていて。
ぼんやりとした意識の中で帰路に着いて、そのままぼんやりとお風呂に入ってベッドに横になる。

いつもならば割とすぐに寝つけるのに、今日は変に目が冴えてしまって眠れない。
それもこれも全部、志摩さんから聞いた話のせい。
いや、志摩さんのせいではなく、嘘をついた藍のせい。



「……何で、」



さっきからそればかり。
けれどどう考えても、答えが出てこない。
今日は仕事に行くって言っていたのに。
有給だなんて一言も話していなかったのに。
志摩さんの話だと今日の休みは藍から言い出したという。

別に、有給を取るのが悪いことだとは思わない。
あんな人でも疲れることはあるだろうし、休みを取って一日ゆっくりしたい日だってあるだろう。
ただ、それならそうと言ってくれればいいのに。
休みの日はいつでも一緒にいなければいけない、なんて思っていないし、私だって一人の時間が欲しいと思う時はある。
私の場合は藍が当番勤務の時に一人だし、そういう時間が欲しい時には言っている。



「……そっか」



嘘を吐かれたことが一番悲しいのかもしれない。
裏表のない、隠し事のできない性格だと思っていたから、こんな風に私の知らない彼の姿を知ってしまい、ショックを受けているのだろう。
散々きゅるきゅるだなんだと言うけれど、浮気とかそういうことをする人だとは思っていない。
そこの心配はしていない。
一言、言ってくれれば良かったのに。

明日、約束の場所に来るだろうか。
彼の顔を見ても何も知らなかったように振る舞えるだろうか。
……今日、有給を取った理由を明日話してくれるだろうか。

そんなことを考えているうちにあっという間に夜が明けていった。

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