MIU404

□ありがとう、と呟いた
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失敗した。
お風呂上がりに急ぎで訂正が入ったと連絡が入って、髪も乾かさずに慌てて作業に入り、気づいた時には時計の針は0時を過ぎていて。
念の為、と風邪のひき始めに飲む漢方薬を飲んでからベッドに入ったけれど。



「うぅ……」



次に目を覚ました時には熱を計らなくても分かるくらいには発熱していた。
せめて電話がかかってきた後で髪を乾かしてから作業に取り掛かれば良かった、なんて思っても後悔先に立たず。

もうすぐ藍ちゃんが帰って来てしまう。
熱だけでも何とかしないと、と重だるい体を無理やりベッドから引きずり下ろして薬が置いてある棚へと向かう。
これだけでもくらくらする辺り、きっと38℃は超えてしまっているのだろう。

完全に私のミス。
昨日まで雨が続いたから今日は洗濯して掃除して、荷物持ちがいるから重い物の買い出しも行きたいと思っていたのに。



「……主婦、か」



自嘲気味た独り言を零した後で解熱剤を喉へと流し込む。
本当なら何かしら口にした方がいいのは分かっている。
説明書きにも空腹時は避けて服用してくたさいと書いてあるし、昔祖母にも言われた記憶がある。

せめて栄養補給ゼリーくらい、と分かってはいるが、それどころではない。
足元からぐらぐらしてきた。
これってもしかして結構ヤバいかも、なんて、




























































「ぅ……」
「桜月?」
「あい、ちゃん……」
「、あー……良かった、帰って来たらキッチンでぶっ倒れてるから救急車呼ぼうかと思った」
「ごめ、ん……」



どうやらあのまま意識を飛ばしてしまっていたらしい。
気づけばベッドに横になっていて、心配そうな表情の藍ちゃんがベッド脇に座り込んでいた。

手を借りながらゆっくりと上体を起こせば、頭は痛いけれど先程よりも熱は下がった気がする。
体温を測ると37.3℃。
普段よりも高いことには変わりはない……が、朝よりはだいぶマシ。



「んん〜……ちょっと高め?」
「平気……」
「ホントに?病院行く?」
「大丈夫だってば」
「じゃあ、今日は俺が家事するから桜月は何もしないで寝てて」
「ん……ごめんね」



藍ちゃんの言葉を有り難く受け取り、今日は一日ベッドの住人になることが決定。
……とは言え、正直なところ薬のお陰か熱は下がったし、他の風邪症状は元々ない。
風邪をひいた時は熱を出すことがほとんどなので、多少の怠さはあるとしても熱さえ下がってしまえば横になっているだけというのは正直暇というもので。



「……なーにしてんの?」
「暇だから」
「俺、何もしないで寝てて、って言ったじゃん?」
「だからソファで寝てるつもり」



朝から何も食べていないと言えば、お粥作るから待ってて、とキッチンに立った藍ちゃん。
部屋の構造上、ベッドからは姿が全く見えない。
仕方のないことだけれども後ろ姿だけでも視界に入れておきたくて、先程掛けられた毛布を持ってソファへ移動すると急にこちらを振り返った藍ちゃんが鍋の火を止めてからソファに横になった私の元へと詰め寄ってきた。



「ベッドで寝ないとダメじゃん?」
「……だって、」
「ん?」
「ベッドにいると藍ちゃんが見えないからヤなんだもん」
「、………………」



頭を抱えて俯いた藍ちゃんの普段見ることのない頭頂部をぼんやりと眺めながら、くしゃくしゃになっている足元の毛布を足で蹴って直す。
ぐしゃぐしゃっと自分の髪をかき混ぜた後で私の毛布を丁寧に直してくれる藍ちゃん。
『お粥食べて熱上がってたらベッド戻すから』と言って、ぽんぽんと私の頭を撫でてからキッチンへと戻っていく。
どうやらお粥ができるまではソファにいることを許されたらしい。
再び鍋の火を点けた藍ちゃんがぶつぶつ言っているようだけれども何を言っているかまでは聞こえて来ない。

大きな背中が視界にあるだけでパズルのピースが埋まったような錯覚に陥る。
昨日足りないと感じていたのはこれだったのか、と頭の片隅に浮かんでくるのを感じながら微睡みへと意識を揺蕩わせていった。








































「桜月?」
「ん、……」
「お粥できたよ、食べれる?」



声をかけられて重い瞼を上げれば、気遣わしげな顔が目の前にあった。
ふわりと甘い、お米が炊けた匂いが鼻を擽る。
もう一度手を借りてゆっくりと上体を起こしてソファに背中を預ける。



「いいにおい……」
「ちょっとでもいいから食べて」
「ん、」



鍋から小分けにされたお粥とスプーンを渡されて、一匙掬ってゆっくりと口へ運べば優しい塩味が口に広がる。
普段の豪快な性格からは想像できないほどの優しい味に口元が緩むのが分かる。



「食べれそう?」
「ん、おいしい……」
「じゃあ食べてて?俺、洗濯干してくる」
「ん……」



わしわし、と私の頭を撫でてから洗濯機の前にしゃがみ込んで洗濯物を取り出し始めた藍ちゃん。
どうやら私がうとうとしている間に洗濯機を回してくれたらしい。
家事するから、と言った言葉は本当だったらしい。
洗濯物をベランダに干すのに部屋を行ったり来たりしている藍ちゃんをぼんやりと目で追っていれば私の視線に気づいたらしく少し笑いながらソファの傍らへと戻って来た。



「藍ちゃんのこと好きなのは分かるけど、俺ばっか見てないでもうちょい食べて?
せめてその茶碗に入れた分くらいは」
「ん、」
「…………うん、また熱上がって来てるな」



大きな手が額に当てられて、いつもより少し温度が低く感じられるその掌の心地よさに思わず目を細めれば、目の前の藍ちゃんが困ったように唸り声を上げる。
やはり熱が上がってしまっているのだろうか。



「あい、ちゃん……?」
「お粥食べたらやっぱベッドな。
藍ちゃん、桜月の見えるとこにいるから」
「ん、」



ほら、食べて。
促されて止まってしまっていたスプーンの動きを再開させれば、ほのかな塩味が喉の奥にするりと流れていった。


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