MIU404

□どうぞよろしく
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「んー、お疲れお疲れ〜」
「ホントに疲れた……」
「桜月、引っ越し初めてだもんなぁ」
「お父さん達が亡くなった時におじいちゃん達の家に引っ越したけどね……自分で引っ越しするのは初めてかな」



藍の芝浦署第4機捜への異動が決まり、なんやかんやで私も引っ越すことに。
引っ越しは慣れているという彼に色々お任せしつつ荷造りをして、引っ越し当日を迎えた。
祖父母が亡くなってから少しずつ断捨離と称して物を処分してはいたけれど、生活の拠点を移すとなると断捨離とはまた違う。
持って行くもの、置いていくもの、必要なもの、新たに買い足すもの、それらをピックアップして新居に運んだり、業者に頼んだり。
ある程度予想はしていたけれど、なかなか重労働だった。
日頃の運動不足が祟ったが、その日の夜には何とか生活できるレベルまでには片付けが済んだ。
これも彼の尽力があったお陰だろう。



「夕飯、どうする?」
「食べに行くにしてもこの格好じゃ、ちょっとね……」



一日中、荷物の搬入だ片付けだ掃除だと動いていた。
一見汚れていないようにも見えるけれど、汗と埃でお世辞にも綺麗だとは言えないだろう。
お風呂に入ってしまうのも一つの手だけれど、今の疲れ具合を考えるとお風呂の後で外に出るのは間違いなく億劫だと思う。



「あ、じゃあピザでも頼む?」
「…………ピザ」
「ここなら絶対配達範囲内だろうしさ、食べに行くのも買いに行くのも、もちろん作るのも疲れるだろうからちょうどいいと思うんだけど」
「ピザ、食べたい」
「よーし!じゃあピザに決定〜!」



近くのピザ屋〜とスマホで検索をかけ始めた藍。
ピザ、宅配ピザかぁ…………初めてかも。
奥多摩でもピザ屋さんはあったし、お届けサービスもあったけどどうにもお固い祖父がお届けサービスだけは許してくれなくて。
たぶん、祖父のものすごい偏見で警察官の自分が宅配ピザを自宅に届けてもらうのは言語道断、なんて感じだったんだと思う。
誰もそんなこと気にしないよ、と思いつつ色々反抗するのも面倒だったので祖父の目が黒いうちは宅配ピザを頼んだことはなかった。
だからと言ってピザを食べたことがない、という訳でもなく。
お店で食べることはあったし、宅配ピザの店まで受け取りに行ったものを食べたこともある。
……正直なところ、宅配ピザのピザを受け取りに行くのもピザを宅配してもらうのもあまり変わりはなかったように感じるけれどそこは祖父の中で何かが違ったらしい。
結局、祖父の死後も何だかんだで頼んだことはなく、人生初の宅配ピザがまさか今日になるとは。



「桜月〜、何にする〜?」
「え、えーと……?」
「パイナップルとか?」
「温かいパイナップルは嫌」
「じゃあマルゲリータとシーフードのハーフとか」
「……ハーフとかできるの?」
「できるできる〜!」



彼が操作しているスマホを覗き込めば美味しそうなピザがたくさん並んでいる。
てりやきチキン、エビマヨ、明太マヨ、チーズたっぷり……どれも美味しそうで目移りが止まらない。



「……お腹すいた」
「だから早く頼もうぜ〜」
「えー……こんなにあると悩む……」
「一枚で四種類の味に分かれてるやつもあるけどどうする?」
「じゃあ、マルゲリータとチーズたっぷりのやつ」
「あとは?」



悩ましい。本当に悩ましい。
ただ、これ以上悩む時間はもったいない。



「藍ちゃん決めて。私ばかりじゃ悪いよ」
「ん?別に気にしなくていいよ?」
「だって、」
「んん〜……じゃあ、これとこれ〜」



サクサクと残りのピザを決めて、ついでにサイドメニューを追加してあっという間に注文完了。
……実は慣れているんだろうか。
日頃の行いからはあまり感じられないけれど、やはり一応は年上だけあるのか。



「三十分くらいで届くって〜」
「あ、うん。ありがと」
「その間にこの辺のダンボールとかまとめちゃうか〜」
「ん、そうだね」



藍のその言葉で空になったダンボールを潰してまとめること三十分。
聞き慣れないインターホンの音が鳴り、モニターにはピザのロゴが入った帽子を被った男の人が映し出された。



「お、来た来た」
「私受け取ってくる、!」
「オッケー、お願いしま〜す」



モニター越しに受け答えをしてからドアを開けてピザを受け取る。
支払いは電子マネーで決済されていた模様。
ドアを閉めれば手の中の箱からは既にいい匂いが立ち込めてくる。

……開けるの楽しみ。

そんなことを考えながらサンダルを脱いでリビングへと戻るとニヤニヤしている藍がこちらを楽しそうに見ていた。



「……何?」
「別に〜?桜月がきゅるきゅるだな〜、って思ってただけ〜」
「意味分かんない」



彼の考えを理解しようとしても突拍子過ぎて私の想像も付かないようなことばかり口にしてくるのは分かっている。
それよりも今は届いたばかりのピザ。
せっかく熱々なのに冷めてしまってはもったいない。



「食べようか」
「ん、確かに〜。飲み物、何にする?
お茶?酒?ジュース?」
「えー…………お酒、って答える前からお酒出してるじゃない」
「んふふ、引っ越し祝いってことで〜」



新しく買った一人暮らし用の小さめの冷蔵庫。
今日の朝一で届いてすぐに電源を入れて冷やし始めて、持って来ておいた食料品や飲み物、お酒も保冷バッグから出して押し込んで。



「ほい、じゃあカンパーイ」
「乾杯……色々ありがとね」
「ん〜?何が?」
「引っ越しの手続きとか、準備とか、色々」
「当たり前じゃん?俺が一緒に来てって言ったんだし」



それはそうなんだけれども。
確かにその通りではあるけれど。
何と言ったら彼に通じるのだろうか。

そんなことを考えているうちに気づけば取皿の上にピザが載せられていて。
思わず顔を上げればぽんぽんと頭を撫でられる。



「……、?」
「これから、よろしく〜」
「何を今更」



でも、よろしく。
顔を背けながら小さく呟くように言えば、またいつもの笑い声が聞こえて来た。












































「なーにしてんの?」
「え、?あぁ……ここに引っ越してきた日のことをちょっと思い出してた」
「宅配ピザな〜、桜月がちょーきゅるきゅるだったやつ〜」
「そういうのは思い出さなくていいから」



空っぽになった部屋を目の前に、この部屋での思い出を振り返っていれば最後の荷物を運び出した藍がいつもの調子で声をかけてきた。

今日、新しい部屋へと引っ越しをする。
これまではほぼ半同棲状態だったけれど、対外的には一人暮らし。
これからは、



「二人で暮らすの楽しみ〜」
「別に、今までも似たような感じだったでしょ」
「でもさ、やっぱ何か違うじゃーん?」



いよいよ一緒に暮らし始める訳で。
正直なところこれまでと何が変わるかと聞かれると具体的には出て来ないけれど、何となく気恥ずかしく感じるのは左手の薬指の指輪の存在のせいか。



「桜月桜月」
「何、?」
「これから、よろしく〜」



分かっていてやっているのか、無意識なのか。
おそらくは後者だとは思うけれど。

こちらこそ、末永く。
恥ずかしくて顔を背けながら言えば、今度はぎゅうぎゅうに抱き締められた。


*末永く、どうぞよろしく*
(きゅるきゅる過ぎてしんどい)
(ちょっと……苦しい)
(この部屋の最後の思い出にシとく?布団も何もないけど)
(絶っ対に嫌)
(んん〜、じゃあ引っ越しの片付け終わったらピザ頼む?)
(…………頼む)
(きゅるきゅる〜)


fin...


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