MIU404

□女子会
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「藍、藍ってば」
「いいよいいよ、寝かしておきなよ。
少し寝たら起きるでしょ」
「すみません……」
「ほら、じゃあもうちょっと飲もっか〜」
「……お相伴させていただきます」



久しぶりに桔梗さんの家にお邪魔して陣馬さん、九重さん、志摩さん、そして勿論桔梗さんとハムちゃん、ゆたかくんとお食事会。
やけにテンションが高かった陣馬さんと藍がハイペースに飲んで、それに巻き込まれた志摩さんと九重さんもハイペースに飲まされて。
すっかり酔い潰れてしまった陣馬さん、九重さんをタクシーに押し込んで、ハイペースながらも何とか自我を保った志摩さんが半分呂律の回っていない口調で『自分が責任もって送ります』と敬礼して帰っていった。

残るはハイペースに飲ませていた方の片割れ。
叩いても揺すっても唸り声を上げるだけで一向に目を開ける気配がない。
急性アルコール中毒ではなく、単に当番勤務明けでしこたまお酒を飲んで眠ってしまっただけ。

夜遅いうえに志摩さん達が帰り、藍が眠ってしまって急に眠くなったらしいゆたかくんはハムちゃんと寝室へ。
ある程度の片付けをした後でもう一度声をかけるけれど結果は同じ。
そして、ようやく冒頭へ戻る。



「明日、桜月ちゃんも休みなんでしょ?
このまま伊吹が起きなかったら泊まっていってもいいしさ」
「すみません……」
「いいのいいの〜、まだ飲める?」
「い、いただきますっ」



差し出された缶チューハイを受け取る。
こうして桔梗さんと差し向かいでお酒を交わすことも話をすることも記憶にある中では初めてかもしれない。
何となく緊張してしまうのは彼の上司だからか、それとも綺麗でカッコいい女性を前にするからか。



「そんなに緊張しないでよ〜。取って食うなんてしないから」
「すみません……あ、あの」
「うん?」



以前から聞いてみたいと思っていたことがあった。
同僚の志摩さんではなく、立場が上の人から見た彼の姿。
奥多摩の交番に来るまでは都内の警察署を転々としていた。
それぞれで問題を起こして奥多摩に飛ばされてきたことも、祖父から何となくは聞かされていたし、直情型の彼を考えれば想像は難くない。
だからこそ今、機捜でどんな働きをしているのか、迷惑をかけまくっているのではないか、と心配の種は尽きない。
……私は藍の母親かと自分でツッコミを入れたくなるような考えではあるけれど、普段の彼の行動を考慮すれば致し方のないことだと思う。



「藍は、ちゃんとやれてますか?」
「んー…………ちゃんと、って聞かれるとうーん、って感じかなぁ」
「……ですよねぇ」



聞き方が良くなかった。
あの男が『ちゃんと』やれているはずもない。
本人が聞いたらひどい言われようだと怒りそうな気もするけれど、それは逃れようのない事実。
何と聞けば私が心配している部分への回答が得られるのだろうか。
そんなことを考えながら缶チューハイを口に運べば、どこか楽しそうに笑った桔梗さんが同じように缶を傾けた。



「ちゃんとはしてないけど、私は伊吹を呼んで良かったって思ってるよ」
「え、……」
「まぁどうしようもない馬鹿だけどさ。
あ、ごめんね。桜月ちゃんの前でこんな言い方して」
「いえ、それは否定できない事実なので」



藍を馬鹿だと言われても腹が立たないというか、腹を立てたところで事実なのでどうしようもないというか。
それに桔梗さんの言い方に不快感はなく、寧ろ彼をよく知ってくれているからこそ出て来る言葉だと感じる。



「伊吹が4機捜に来たのは玉突き事故みたいなものだったけど、伊吹のお陰で志摩は前を向けたしハムちゃんは堂々と外を歩けるようになった」
「桔梗さん……」
「ちゃんとはしてないけど、いてくれて良かった」



あぁ、どうしよう。
ちょっと泣きそうかも。
こんな風に言ってくれる人に出会えて良かった。



「で、」
「え?」
「私としては桜月ちゃんの話を聞きたいなぁ〜?」
「私、……何を、?」
「勿論、伊吹との出会いから全部に決まってるじゃなーい!」



桔梗さんの予想の斜め上からの発言に一瞬言葉に詰まる。
その辺りはてっきりハムちゃんから聞いていると思っていた。
いや、ハムちゃんにもそこまで詳しく話してはいないけれども。



「楽しいことはないですよ……?」
「またまた〜!あのちゃらんぽらんな伊吹としっかり者の桜月ちゃんがどうやって出会ってどんな経緯があって付き合ったのか気になる〜!」
「…………桔梗さん、酔っ払ってますね……」



ここにハムちゃんがいれば桔梗さんを上手くどうにかしてくれるかと思ったけれど、彼女も彼女でこういう類の話が好きで下手すると便乗してくる可能性もある。
何にせよ逃げ場はない。



「…………大した話ではないですけど、知り合ったのは藍が奥多摩に異動してきた時です」
「そうよね、そうなるわよね〜。
……ってことは桜月ちゃんいくつの時?」
「えー、と……高校二年に上がった年だと思います」
「はっ?未成年に手出したの?!」
「いやいや!流石にそれはないです」



一瞬にして形相が刑事のそれに変わった桔梗さんが藍を叩き起こそうとしたのを慌てて止める。
順を追って話をすれば纏う空気が少しずつ和らいでいくのが分かった。
未成年者に手を出したなんて、警察官として確かに許されないだろう。
…………藍から想いを告げられたのは成人してからだし、問題はない、はず。
本人はその前から、と言っていた記憶があるけれどその辺りのことは彼の為に伏せておくことにする。



「そっかそっか〜、桜月ちゃんにとって伊吹はいるのが当たり前の存在になってたのか〜」
「それは……まぁ、はい、そうなります、ね」
「いいないいな〜!何か甘酸っぱ〜い」



キュンキュンする〜!なんて言った後で缶チューハイを呷る桔梗さん。
これは所謂恋バナというものなんだろうか。
……考えてみればハムちゃんも藍と私の話を聞きたいと言っていたことがある。
一緒に暮らしていると考え方も似てくるものなのかな……。



「ん〜……」
「あ、藍。起きた?」
「頭いってぇ……」
「だから飲み過ぎないでって言ったでしょ……」



私達の……というよりは主に桔梗さんの楽しそうな声が耳に届いたのか、側頭部を押さえながら上体を起こした藍。
明らかに酒量がいつもよりも多かったし、まだお酒の匂いがぷんぷんする。
これ、連れて帰れるのだろうか、と一抹の不安を覚える。



「ほら、伊吹。水飲みなさいよ」
「あぁ〜、たいちょー。すんません」



水の入ったグラスをキッチンから持って来てくれた桔梗さん。
藍は素直にグラスを受け取ると一気に飲み干して深く息を吐き出した。
……これは、たぶん歩いて帰れそうにない。



「さっきからちょー楽しそうな声してたけど何の話してたんすか?」
「えー?伊吹の話〜」
「俺の話?何なに?もしかして俺がちょー仕事頑張ってるって?」



元々のノリの良さとアルコールのお陰で普段よりもやけに楽しそうに身を乗り出してくる藍。
そのポジティブ思考、少し分けて欲しいとたまに思う。
……それにしても確実に眠っていたと思ったのに声だけは聞こえていたということか……。
本当に動物並みの聴覚をしていると改めて思う。



「……それ、自分で言う?」
「それとも桜月が俺のこと大好き〜とか?」
「桔梗さん、帰りますね。お邪魔しました」
「ふふふ、また女子会しようね〜」



ひらひらと手を振る桔梗さんに頭を下げてから玄関へ向かえば大きな影が千鳥足で後を追ってくるのが気配で分かる。
門を出たところで伸し掛かるようにして肩を組まれる。
身長差故に一度掴まってしまうと、どう藻掻いても抜け出すことが難しい。
それを分かっているからこそ、こうした姿勢になるのだろうけれども……イラッとするのは致し方ないことだろう。



「重いんだけど」
「んふふ〜」
「何?」
「桜月に愛されてんなぁ〜って思って〜」
「煩いよ、酔っ払い」



何をどこまで聞いていたのかと聞きたくなる物言い。
もしかして途中から狸寝入りだったのか、と半信半疑状態。
そんな私の空気を察したようでご機嫌なままに顔を覗き込んで来る藍。



「……お酒臭い」
「んふふ〜」
「何よ」
「ん〜?ちゅーしたいな〜って思っただけ〜」
「絶っ対、嫌」
「だよなぁ〜」



アルコール効果も相まっていつも以上に楽しそうに笑っている彼。
何が楽しいのか、と問いたいところだけれども答えは聞かずしても分かる。
桜月がいるから、とか聞いていてこちらが恥ずかしくなるような台詞を吐くに決まっている。
こういう時の藍は相手にしないに限る。



「なぁなぁ、桜月〜」
「……さっきから何?」
「俺、ちょー幸せ〜」



緩みきった顔でそんな台詞を言う彼に返す言葉はあるけれど、口にするのは恥ずかしくて。
代わりに彼の手を強く握ることにした。


*女子会*
(んん〜?)
(……何でもない、帰ろ)
(帰ったら一緒に風呂入るか〜)
(何でよ)
(たいちょーと何話したか教えて〜)
(別に……藍はちゃんとしてない、って話くらいだもん)
(ひどくね?)

fin...


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