MIU404

□Stay With Me
1ページ/1ページ


そろそろネタ切れを起こしかけている彼の誕生日プレゼント。
サングラスも服も、ジャケットも靴も……思いつくものは大体プレゼント済み。
一周回って一度プレゼントしたものでもいいか、とも思ったけれど、せっかくなので本人にプレゼントで欲しいものはあるか直接聞いてみた。
そうしたら、
『んー……じゃあ桜月が「何でも言うこと聞いてくれる券」が欲しい!』
などと小学生じみた要求をしてきた。
一瞬、それくらいならいいか……と思ったけれど『何でも』という言葉に引っかかりを覚えて拒否すれば、不満そうに眉間を寄せる藍。
……一体何を考えていたのか。
少なくともまともなお願いをされることはなかったのだろう。
そう考えると断って正解だったのかもしれない。

断られてすぐに切り替えたのか、それとも断られるのは想定済みだったのか元々次のリクエストを考えていたらしい彼は『じゃあ一日休み取って一日隣にいて』と言い出した。
いつの間にドア・イン・ザ・フェイスなんて交渉術を身につけてきたのだろう。
一度断っているうえにそこまで難しい要求でもない。
何でも言うことを聞くことに比べれば、隣にいるくらいなら……まぁいいか。





























誕生日当日。
文字通り日付が5月20日を迎えた瞬間に「誕生日おめでとう」と彼の望み通り、隣に座って告げると頬を緩ませながらお礼の言葉とキスを落としてきた藍。
毎年のことながら彼の誕生日を祝う言葉だけで、こんなに喜んでくれるのは何とも気恥ずかしいものがあるけれど。
それでも、誰かの……何よりも藍の誕生日は私にとって特別だから。



「……ねぇ、藍」
「ん〜?」
「確かに、一日隣にいて、とは言われたけどね」
「うん?」
「こんなに密着しなくてもいいんじゃないの……?」



夜が明けて彼の要求通りに隣にいる。
……と言ってもそれにも限度がある訳で。
食事の準備だってしたいし、生理現象は抑えられないからトイレにだって行きたい。
何ならちょっと仕事のメールも確認したい。
いや、まぁ……最後のは休みなんだからいいとしても。
確かに隣にいることがプレゼントだけれども。
そう約束したけれども。

だからといって朝から食事の準備中も片付けも、何ならトイレすらも後を付いて来ることはないのではなかろうか。
たまに彼の愛情表現が激しいことがあるのは承知の上だが、変なスイッチでも入ってしまったのかと少し心配にもなる。



「だってさ〜、最近桜月忙しかったじゃん?
全然キャッキャウフフする暇なかったし、桜月成分補給したいじゃん?」
「……あ、そう」



どストレートな言い方にそれ以上は何も言えなくなってしまう。
仕事が忙しかったのも確かに事実。
たまにはこうやってのんびりするのも悪くはない。
そう思い直して、離れる気配のない彼の肩に頭を預けることにした。



「きゅるきゅる〜」
「隣にいろ、って言ったのは藍でしょ」
「そうだけどさ〜。そうなんだけどさ〜」
「なに?」
「ホントに休み取ってこうしてキャッキャウフフしてくれるとは思ってなかった〜」
「だって……誕生日プレゼント、他にこれが欲しいって言わないから」



隣にいてほしい、と言われた後から今日まで何度となく他に欲しいものはないかと問うてきた。
その度に『桜月がいるのが一番のプレゼント〜』と本気なのかはぐらかされているのか分からない返事しか返って来なくて。
それならば藍お気に入りのブランドのサングラスでも、とネット通販ページを見ていれば『マジで他にいらないから』と本気のトーンでスマホを回収されてしまう。
それでも彼が当番勤務で不在の時にこっそりと用意はしておいたものの、この分だと渡す暇すら与えられない気がする。



「桜月?」
「ん?」
「なーに考えてんの?」
「藍のこと」



ぼんやりしているように見えたのだろう。
声をかけられて仰ぎ見れば、様子を窺うような表情の彼。
この状況で他の何を考えるというのかと苦笑しながら答えると、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情。
本当に分かりやすく表情がくるくると変わる。

そんなことを考えていたら口づけられながらそのままソファへと転がされる。



「もー……きゅるきゅる過ぎてマジできゅるきゅる」
「日本語不自由過ぎでしょ……」
「やっぱプレゼントは桜月がいいなぁ〜」
「また言ってる」
「藍ちゃん、結構本気だよ?」



それは、知っている。
何なら付き合い始めてから毎年言われていることだし、いつもふざけているように見られがちだけれど。
実は本気だってことは、知っている。
でも、その本気な気持ちには気づかないフリ。

それに逃げ道も用意してくれているのは分かっている。
自分のことを『藍ちゃん』と呼ぶのはその証拠。



「はいはい、分かった分かった」
「本気にしてない〜」



肩を押せばゆっくりと退けられる身体。
こんな風に引いてくれるのも彼が優しいから。
彼の優しさに甘えて、ずっと甘やかされて。
藍がいないときっと私は駄目になってしまう。



「藍ちゃん」
「ん?」
「責任、取ってよね」



そう言いながらキスをすれば驚きと疑問と嬉しさと、色々入り交じった表情。
言葉の意味なんて絶対に分かってはいない。
というか分からなくていい。



「あ、そうだ」
「んん?」
「ちょっと待ってて」
「うん?」



またしても後をついてこようとする藍を制して、隠しておいたプレゼントを取り出す。
今日の定位置に戻って包みを差し出せば、先程よりも驚いた顔。
いつの間に、と思っていそうだけれども、そもそも家にいない時間が長い人の目を盗んでプレゼントを用意するなんて朝飯前である。



「藍?」
「何で?!俺、桜月がいてくれれば他いらないって言ったじゃん?」
「そう言われたけどね、それじゃ私の気が済まないの」
「だからマジでいらないって」
「…………藍ちゃんに似合うと思ったのに」



割と本気で『いらない』と連呼されて、さすがに寂しいものがある。
物を渡すことだけが誕生日プレゼントではないのは分かっているけれど。
プレゼントが隣にいるだけ、というのも祝っている感がない。
まぁこれは私の勝手な気持ちの押し付けにはなるのだけれども。



「桜月?」
「……藍ちゃんがもらってくれないなら、志摩さんか九重さんに渡そうかなぁ」
「ダメ!それは絶対ダメ!!」
「じゃあ、もらってくれる?」
「………………桜月、ずるい」
「ふふ、ごめんね」



こう言えば絶対に止められることは分かっているし、私の思惑もきっと気づいているはず。
内心勝った、と思いながらもう一度差し出せば大きな溜め息の後で包みと一緒に引き寄せられて、再び彼の腕の中へ。



「あ、藍ちゃん?」
「マジでいいって言ったのに……」
「うん、ごめんね」
「………………」
「藍?」



ぎゅうぎゅうに抱き締められながら黙られると、困る。
表情が見えないから喜んでいるのか、怒っているのか分からない。
抜け出そうにも体格差でどうにも敵わない。

五分か十分か、抱き締められて温もりの心地良さに眠気に襲われそうになった頃。
ようやく腕の力が弱められて、少し体を離すと今度はキスの嵐。
額、瞼、頬、唇……触れていないところなどないかのように、顔中に彼の唇が降ってくる。



「……桜月」
「なに……?」
「ちょーとろとろな顔してる」
「ばか」
「あーぁ、夜まで我慢しようと思ってたんだけどなぁ〜」



え、と声を上げるより先に浮遊感に襲われる。
慌ててしがみつくと再びキスが落とされる。
顔を上げれば、夜にしか会わない顔をした藍が何処か幸せそうな様子でこちらを見ていた。



「誕生日特典ってことで」
「え?」
「俺が満足するまで付き合ってもらおーっと」



そう言ってベッドに沈められて。
体力お化けな藍が満足するまで、昼から……夜遅くまで、私がもう無理だと言っても『誕生日特典〜』と離されることはなかった。


*Stay With Me*
(水飲む?)
(のむ……)
(んじゃ飲ませてあげる〜)
(んんっ……)
(こぼれちゃった〜……ま、いっか。どうせシーツ洗濯だもんな〜)
(あいのばか)
(んふふ〜、そう言えるってことはまだまだ余裕そう〜)
(ほんと、むり……)


fin...


前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ