パロディ

□遠くない未来
1ページ/2ページ


「たっだいま〜」
「あっ、ぱぱー!おかえりー!」
「桃ちゃ〜ん、ただいま〜」
「おかえり、藍。お疲れ様」
「桜月、ただいま〜。ちょー疲れた〜」



家のドアが開き、帰宅を告げる藍の声に隣でお絵かきをしていた娘の桃が弾かれたように玄関までお出迎えに向かった。
投げ捨てるように落としていったクーピーを拾って箱に戻してから後を追えば、藍が靴を脱ぐのすらも待てずに『ぱぱ、はやく』と腕にしがみついている娘の姿。
それすらも愛おしいようで、緩みきった頬を隠すこともせずに小さな体を抱き上げている。



「ほら、桃。パパは手洗いするから待ってて」
「やーだー!ぱぱがいいー」
「んー、パパ愛されてるぅ〜」



最近はずっとこんな調子だ。
一時期、人見知りが激しくて私以外に触れられることすら嫌がっていたのに、その時期を過ぎてからはやけにパパっ子に。
お陰で元々デレデレだった彼は更に娘を溺愛中。
結局、足元に絡みつく桃をそのままに手洗いを済ませる藍。
相思相愛状態で傍から見ている分には微笑ましいが、これが毎日となると何とも複雑な気分である。



「桃?ほら、お昼寝するよ。約束でしょ?」
「やだ、ぱぱとねる」
「パパはこれからご飯なの」
「いいよ、パパと寝よっか〜」
「ぱぱとねる〜」
「藍、」
「だいじょぶだいじょぶ、桜月は休憩してなって」
「……ありがと」



寝室行きパパ電車しゅっぱーつ!とノリノリで桃を抱っこで寝室へと連れていく。
桃は桃で『はらぺぽあおむしよんで』と最近お気に入りの絵本の読み聞かせを、舌足らずながらに強請っている。
確かに一時期の私にべったり具合を考えれば、これくらい離れてくれるのは助かる。
それでも何だかちょっと寂しいのは何故だろう。

桃を抱えて寝室に消えていった藍が一人で出て来たのは、15分ほど経ってからだろうか。
欠伸を噛み殺しながら出て来る姿に申し訳なさを感じる。



「桃、あおむし読んだらすぐ寝ちゃった」
「ありがと、ごめんね?勤務明けなのに」
「ぜーんぜん?パパ嫌いの時より全然いい」
「今、ご飯あっためるね」
「その前に〜?」



ただいまのハグ〜と立ち上がったところを抱き寄せられた。
油断していたところを半ば襲われるように抱き締められて、思わずよろめく。
それすらも織り込み済みだったようで体勢を崩すことなく抱き留められた。



「ちょっと、危ない」
「んー?だって桃ちゃん抱っこしてるの羨ましそうに見てたから?」
「……そんなこと、ない」
「ただいまのハグ、俺がしたかったんだって〜」



こうなるとすぐに離してくれないのは付き合いの長さから十分に分かっている。
昼寝に入ったばかりの娘がすぐに起きてくることは余程のことがない限りは有り得ない。
諦めてそっと体を預ければ、すりすりと擦り寄りながら背中に回された腕に力が込められた。



「ごめんね?本当は藍が帰って来る前に昼寝させるつもりだったんだけど、パパにおかえりするって聞かなくて」
「俺、ちょー幸せモンじゃーん」



んふふ〜、とやけに満足そうに笑い声を漏らす藍。
全く当番勤務明けだというのに相変わらずご機嫌で羨ましい。
思わず溜め息を漏らせば『ん?』と顔を覗き込まれた。



「何でもないよ。ほら、お腹すいたでしょ?ご飯あっためるね」
「あ、その前にもう1個」
「………?」



含みのある言葉に顔を上げれば、一瞬重ねられた唇。
思わず身を引けば、もう一度後頭部を引き寄せられて今度は触れるだけの、少し長めのキス。



「っ、……」
「おかえりのちゅー、してないじゃん?」
「もう、馬鹿!」
「だって桃の前では駄目って言うから〜」



俺ちょー我慢したのにー、と不満げな彼から無理やり離れてキッチンへ足早に向かう。
全く油断も隙もあったものではない。

確かに娘の前ではそういう姿は見せたくない、と前に言ったけれど、だからと言ってこんな不意打ち。



「陣馬さんがさー、言ってたんだよ」
「、何を?」
「『女は子どもが生まれると母親になるから相手にされなくなるぞ』って」
「………それは、陣馬さんが家庭を省みなさ過ぎたのも原因の1つだと思うけど……」



前に桔梗さん宅での飲み会によく参加させてもらっていた頃、結婚したらどうの、子どもが産まれたらどうの、と酔っ払った陣馬さんが話しているのを志摩さんが宥めていたのを覚えている。
そんな陣馬さんを見て桔梗さんが『あれは見本にしちゃ駄目』なんて言ってたっけ。

良くも悪くも言葉通りに受け取るところがある彼は、どうやら酔っ払いの戯れ言とは取らなかったようで。



「困ったパパですねぇ……」
「ん?ん?なんて?」



用意しておいた食事を温め直して、テーブルに並べる。
今日は桃のリクエストでロコモコ。
あとはコンソメスープとコーンサラダ。
まだ語彙力がなくてロコモコに行き着くまでに相当な時間を要したのは黙っておこう。
言語レベル的には私よりも藍の方が桃に近いことを考えると、案外彼の方が早く答えに辿り着いたかもしれない。
そんなことを考えていたら知らず知らずの内に口元が緩んでいたようで。



「なーに笑ってんの?」
「ん?今日は桃のリクエストでロコモコだよ、と思って」
「ロコモコ〜。桃、ハンバーグ好きだもんな〜」



指摘されて少し恥ずかしくなり、話題を逸らせば納得したようでいただきまーす、と手を合わせて食事を始める藍。
お昼ご飯というには少し遅い時間。
特に最近は早く帰って来ることが多かったけれど、今日はどうにも忙しかったらしい。
麦茶を二人分淹れてから彼の対面に腰を下ろす。



「そういや病院行ったんだって?」
「……桃が言ったの?」
「『ままびょーいん、ももちゃんはむちゃんち』って」
「2歳児侮れないなぁ……」
「体調悪かった?ごめんな、早く帰れなくて」



食事しながらぽんぽんと頭を撫でられる。
体調が悪かったと言えば確かにそうなのだけれども。
そういう理由で病院に行った訳ではない。



「ねぇ、パパ」
「ん?どした?桃いないのにパパ呼び珍し」
「うん、あのね」
「んー?」
「家族が増えます、よ」



一瞬、空気が止まった。
分かりやすく驚いている目の前の彼はスプーンを手から滑り落とした。
そんな、漫画じゃあるまいし。



「………マジで?」
「マジで。鴻鳥先生にお墨付きもらった。6週だって」
「マジかー!!」



椅子から勢い良く立ち上がった藍がこちらへ回ってきて抱き上げられた。
その場で踊り出さんばかりにくるくる回り出す藍。
ちょっと興奮しすぎ……!



「ちょっと、藍……危ない!」
「マジかー。桃ちゃんお姉ちゃんか〜。
え、男?女?どっち?」
「まだ分かるはずないでしょ……」
「だよな〜」



幸せ全開に笑う藍に釣られて、こちらも嬉しくなる。
いつもよりも優しく椅子に座らされれば『パパ頑張らないとな〜』なんて早くもお腹を撫でながら話しかけている。
元々ご機嫌な人だけれど、子どもに対してのこの表情はまた格別。
あぁ、何て幸せな、


_
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ