パロディ

□U
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「たっだいま〜」
「おかえり。青葉、パパにおかえりは?」
「やだ」
「青葉〜……パパ寂し〜」
「さっきまで練習してたのに……」



先日2歳になったばかりの息子の青葉はイヤイヤ期真っ盛り。
というよりどうにも『パパいや期』らしい。
桃は誰に対しても人見知りが酷かったけれど、青葉は藍限定で人見知り。
………これは人見知りなのだろうか。
藍と二人でいる時は仲良く遊んでいるようだし、何なら桃と三人で公園に出かけることだってある。
人見知りとは少し違う気がする。

息子にフラレて意気消沈してしまった彼は肩を落としながら手洗いに向かう。



「ねぇ……藍、お昼は?」
「んー、分駐で食べてきた」
「そっか、じゃあ少し寝る?」
「そうするかな〜……青葉、パパと一緒にねんねするか〜?」
「ままは?」
「青葉がパパとねんねするならママはお姉ちゃんお迎えに行ってこようかな」
「ぱぱとねんね」
「よーし、おいで〜」



藍にひょいと抱き上げられた青葉は眠かったようで藍の肩に凭れかかりながら目をこすっている。
そう、こういう時は嫌がらずにパパに抱かれていく。
だからこそ何が『パパやだ』に繋がるのかは私には分からない。
寝室から漏れ聞こえてくるのは藍の絵本の読み聞かせの声。
桃も好きだった、あおむしの絵本か。
この分だとこのまま静かに二人でお昼寝タイムになるだろう。

よし、身軽になった訳だし宣言通り桃を迎えに行くとしよう。




































「あれ、パパじゃない。公園行きたかったのに」
「その言い方……本当に桃はパパが好きね」
「そりゃそうだよ、パパ怒らないもん」



幼稚園まで迎えに行けば、憎まれ口を叩く桃に不満そうな表情で出迎えられた。
青葉が生まれてからというもの、すっかりお姉さんになった桃は大人と対等な物言いをする。
たまに藍を言い負かすことがあるくらいだから、口達者なのは間違いない。
……藍の語彙力と思考力の問題もあるとは思うけれども。
こちらもこちらでなかなかに手を焼くことがある。



「桃は青葉くらいの頃から、ずっとそうだよねぇ……青葉もそうなると思ってたんだけど」



手を繋いで帰路に着く。
子ども好きで子どもの相手が大得意な藍。
桃にも一時期『パパやだ、ママがいい』と言われていたけれど、めげずに構い続けて一緒に遊んで……としているうちにいつの間にか藍と私の立場が逆転。
パパっ子のまま、あっという間に5歳になった。
しかしながら今のところ青葉にその兆候は見られない。
寧ろどんどん『パパやだ』がひどくなっていっている気がしてならない。
それでも青葉にちょっかいをかけ続ける彼の姿は何とも健気で切なくなる。



「だって青葉はママ大好きだもん」
「うん?」
「ママが大好きだからパパやだって言うんだよ」
「……どういう、こと?」



口達者とは言え5歳児。
上手くは説明できないようだけれども、そこは語彙力の少ない男と長年付き合っているだけあって私の察知能力はだいぶ高くなっている。
桃の言い分は要するにこういうこと。

何だかんだ言ってもママはパパが好きだから、パパが帰って来るとママを取られると思う。
青葉の一番はママだけど、ママの一番はどこまで行ってもパパで、それは口に出さなくても分かるからパパやだと言ってママから遠ざけようとする。
ママが絡まなければパパも好きだし、たくさん身体を動かして遊んでくれるのはパパだからパパとお出かけも公園も一緒に行く。



「……そう、なの?」



2歳児がそこまで考えているなんて思ってもみなかった。
要はヤキモチを妬いているから、2歳児なりに考えて至った答えが『パパやだ』ということ。
そんなまさか、と思ったけれど、そう考えるとこれまでの青葉の言動には合点がいく。
『ママはどんかんだってパパ言ってた』なんて娘にまで言われる始末。
だって、桃にも『パパやだ』と言っていた時期はあったし、青葉もてっきり同じだと思っていた。
それなのに、








































子ども達が寝静まった夜。
藍と二人、ソファに並んで座りお酒を酌み交わす。
ほろ酔い気分になったところで昼間、桃と会話した内容を話せば、



「うん、知ってる」
「え?」



何を今更、と言わんばかりの藍の発言に目を丸くしてしまう。
知ってる?え、知ってるの?
何で?
驚いて隣に座る藍を見上げれば、ビールを呷った後でさきイカを口を放り込みながら、逆に何で分かんないの?と首を傾げている。



「だってさ〜、青葉が桜月のこと大好きなの見てれば分かるじゃん?」
「いや、それはそうだけど……桃だってそうだったし……」
「桃ちゃんのは人見知り、青葉のは俺へのライバル心」



ライバル心……言われてみれば確かに今となってはその言葉がしっくりくる。
桃の言っていたことは間違いではなかったようだ。
それにしても何故藍が知っているのだろう。
ただひたすらに『パパやだ』と言われているだけなのに。



「何で藍の方が分かってるのよ」
「そこはさ〜、やっぱり同じ女に惚れてる男同士、通じるものがあるっていうか?」
「……息子に張り合うの止めてよね」
「それは無理〜」
「何でよ」



んふふ、とどこか楽しげな笑い声を上げた後で腰を引き寄せられた。
危うく手にしていた缶チューハイを零すところで。
危ないでしょ、と非難するべく顔を上げれば思いの外近い場所に彼の顔があった。
腰を引こうにもがっちりホールドされていて逃げようがない。



「だって、桜月は俺のだから。
青葉にも、桃にも、誰にもあげない」



口調は軽いが、表情はいつになく真剣で思わず息を飲んだ。
子どもが生まれたというのに彼から注がれる愛情はいつまでも変わりがない。
だからこそ私の中でも、彼はずっと不動の一番なのだ。



「っ……そういうことばっか言う……」
「んー?ダメ?」
「……ダメじゃない」



そんなの分かっているくせに、こういう時の藍は昔から意地悪だ。
何となくやられっぱなしは悔しくて、背伸びして彼の唇に口付ければ手から缶が奪い取られてテーブルへ。
置かれた缶からもう一度彼へと視線を戻せば、瞳の奥でギラリと情欲の炎が燃えたのが分かった。



「桜月?」
「な、に……」
「もう一人、欲しくない?」
「、何が?」



この流れで何、なんて聞くのは無粋だというのは分かっている。
けれど、このまま流されてしまうのも癪に触るので敢えてすっとぼけてみれば。
もう一度、今度は彼からの長い、長いキス。
唇が離れたと思えば額を合わせられる。
フォーカスが合わないけれど、どんな表情をしているのか分かるのは付き合いの長さ故か。



「青葉もお兄ちゃんになればママべったりなのが落ち着くかもな?」
「どうかな……次の子もママべったりかもよ?」
「そこはだいじょーぶ、次はまたきゅるきゅるでパパ大好きな女の子だから」
「どんな根拠よ」



自信満々に言い放つ彼が何だかおかしくて吹き出せば、漏れた吐息と共にもう一度唇を塞がれる。
あぁ、もう。寝室では子ども達が眠っているというのに。
そんなことないと言いつつも降ってくるキスに幸せを感じている辺り、やっぱり私は藍が好きなんだな、と観念するしかなかった。


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