パロディ

□パパ見知り
1ページ/1ページ


「ねぇ、桃。本当にそろそろおうち入ろう?」
「やだ」
「パパ帰って来るからご飯の準備したいんだけどなー……」
「ぱぱやだ」
「……帰って来て一発目にその言葉は傷つくなぁ〜」
「藍、」
「ただいま〜」



朝食後からマンションの前の公園で遊んでいたが、もうすぐ昼食の時間が迫ろうとしていて、当番勤務明けの藍がいつ帰って来てもおかしくない時間。
さっきから何度となく理由をつけて家に入ろうと誘うが、座り込んだまま一向にお尻を上げる気配がなく砂遊びを楽しんでいる娘の桃。
参ったな、と頭を抱えていたところに残念なタイミングで『やだ』と言われていた人物が帰宅。



「ごめん、ご飯の準備できてない」
「いいっていいって〜、朝から公園だったんだろ?」
「昨日天気悪かったから尚更行きたがっちゃって」
「お疲れお疲れ〜。桃ちゃん、今度はパパと遊ぼっか〜」
「おうち」
「えぇー………」



私がどれだけ言っても立ち上がることはなかった桃が藍の言葉に即座に反応して、使っていた玩具を片付けて、さっさとマンションへ向かおうとしている。
この差は何だろうか。



「このツンデレ感、俺知ってるわ〜……」
「何が?」
「でも桜月はツンデレっていうかツンツンデレだからな〜」
「……何の話?」
「まま、おうち」
「ごめんごめん、帰ろうね」



色々と突っ込んで聞きたいことはあったけれど、桃に手を引かれて話の途中になってしまう。
子どもが起きている時に大人同士での会話はほとんど無理というもので。
特に最近……というより桃の人見知りが始まり私以外の大人が駄目になった頃から、桃が活動している時間は私にべったりで。
他の誰かと、特に藍と会話をしている時に言葉を遮るようにして泣くか、藍から離そうとするか。
それでもめげずに娘にちょっかいをかけたり、遊びに誘ったり、桃と私の間に割って入ったりと彼にしては根気強く頑張っている。
今のところ、彼のその涙ぐましい努力が実を結んではいないけれど。












































「ハムちゃんとゆたかは大丈夫なんだけどな〜」
「そこはほら……ハムちゃんは現役保育士さんだし、ゆたちゃんは年近いし」
「俺パパなのに〜……」



足元にまとわりつく桃を躱しながら昼食を作り、昼寝をさせてようやく一息入れられる。
寝かしつけも勿論私で、その間に洗い物を済ませてくれた彼には感謝。
疲れて帰って来たのに申し訳ないな、と思いながら毎回寝室へと向かう。

寝かしつけを終えて寝室を抜け出せば、既に洗い物を終えた藍がソファで寛いでいる姿が目に入った。
隣に座ればぼやくように、ぽつりと呟きながら上体を起こして私の肩に凭れかかってくる藍。



「ちょっと、重い」
「傷心の藍ちゃんを癒やして〜」
「はいはい、よしよし」
「桜月も冷たい〜」



冷たいと言われたところで桃の『ぱぱやだ』をどうすることもできない。

桃の人見知りが始まるかその直前くらいにちょうど大きな事件があり、機捜も駆り出されて珍しく一週間ほど帰って来なかったことがあった。
そう、タイミングが悪かったのだ。
乳児の時間の流れは早い。一週間も会わなければ顔も忘れてしまったようで、人見知り発動と共にすっかり『ぱぱやだ』が定着して、現在に至る。



「最近はだいぶマシになったと思うけどね」
「そうか〜……?」
「人見知り始まった頃は顔見ただけで泣いてたじゃない」
「あれはかなりショックだったわ〜」
「それに……ちょっど退いて」
「んん〜」



ふと昨日の娘とのやり取りを思い出してソファから立ち上がる。
若干不満そうな藍をソファに転がしてキャビネットから一枚の紙を取り出し、藍の目の前に差し出す。
何コレ?と受け取った藍が紙に描かれたなぐり描きに目を落とす。



「………?」
「昨日桃とお絵描きしたんだけどね」
「うん、?」
「何描いたか聞いたら、これが桃でこっちが私。
………で、こっちがパパだって」
「マジで、?」



ただ丸や線が描かれているだけなのだが、描いた本人に聞いてみたら一応それぞれ何を描いたものかあるようで。
何度か確認したけれど『ももちゃ』『まま』『ぱぱ』は揺るぎなく。
毎日のように『ぱぱやだ』と言う割にこうして意識して彼のことを描く辺り、そろそろその時期を脱する日も近いのかもしれない。

そんなことを考えながら何気なく隣に座る藍に視線を戻せば、目元を押さえている……え、泣いてる?



「ちょっと、藍?大丈夫?」
「ごめん、ちょー嬉しい……」
「……長かったもんね」



産まれる前から溺愛していて、産まれてから更に桃にメロメロで。
だからこそ人見知りが始まって初めて藍の抱っこで泣かれた時の彼の表情は、今も忘れられない。
そこから約半年。
ようやく光が見えたと言っても過言ではない。
俯いている彼の頭に手を乗せてぽんぽんと撫でれば、こちらに体を預けてくる藍。



「良かったね、パパ」
「ん……」



そっと背中に腕を回すと、子どもが甘えるように擦り寄ってきた。
彼が顔を上げると思いの外、至近距離で少し恥ずかしい。
そんなことを考えていたら視界がゆっくりと彼でいっぱいになった。



「ちょっと、」
「ん、だって嬉しいじゃん」
「だからって……」

『まま〜……』

「!!!」
「いってぇ?!」



寝室から聞こえた私を呼ぶ声。
その声に思わず目の前の彼を突き飛ばして立ち上がる。
不意をつかれて流石の彼も反応ができなかったようで、ソファの肘掛けに頭をぶつけたようだった。
ごめん、と謝ってから寝室のドアを開ければ、目を擦りながらドアの前まで来ていた娘と鉢合わせる。



「桃、起きたの?」
「まま、だっこ」
「はいはい」



私に向けて両手を伸ばしている桃の脇に手を入れて抱き上げる。
痛みから復活した藍が側までやって来て、抱かれている桃の顔を覗き込む。
桃もこれまでのように顔を背けるでも、私の胸に顔を埋めるでもなく、じっと見つめ返して。



「桃ちゃーん、おはよー?」



桃のまんまるのほっぺを指で突きながら笑顔で話しかける彼の指を桃がぎゅっと握った。
おや?と思うけれど、少し黙って様子を見る。
これはもしかすると本当に人見知り、パパ見知りを抜け出したのかもしれない?



「ぱぱ」
「、ん?」



桃の予想外の行動に彼の瞳も揺れている。
変な緊張感が走っているのが分かる。



「だっこ」
「っ、パパが抱っこすんの?」
「ぱぱ、だっこ」



真っ直ぐに、父親に向かって手を伸ばす娘の姿はいつ以来だろう。
そっと娘を抱き上げる彼の目が、うっすら潤んでいるように見えるのは気のせいではないはず。



「ぱぱ」
「ん………?」
「ぎゅー」



短い腕を藍の首に回して、ぎゅうぎゅうに抱きつく桃。
ふるふると、溢れそうな感情を抑えているような表情で娘を抱き締め返している彼。
良かった、と安堵の溜め息を吐いていたら、藍に腕を取られて私も二人の抱擁に巻き込まれた。



「ままもぎゅー」
「ふふ、そうだね。ぎゅー」
「あー……どうしよ」
「ん?」
「俺の人生でベスト3に入るくらい幸せかも」
「何それ」



大袈裟な、それでも彼らしい発言に思わず笑いが零れる。
本当に幸せそうな藍の頭をぽんぽんと撫でれば、緩んだ頬で私と桃を見た後でもう一度ぎゅうぎゅうに抱き締める彼。
娘のパパ見知りが終わったお祝いに、今日は藍の好きな物でも作ろうかな。
そんなことを考えながら、そっと彼の背中に腕を回した。


*パパ見知り*
(ぱぱ、やだ)
(え、)
(ぎゅうやだ)
(あー、ごめんごめん。苦しかった?ごめんなー?)
(ぱぱ、えほん)
(よしよし、じゃあパパと絵本読もうな〜)
((デレデレ過ぎ……))


fin...


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ