パロディ

□甘い生活
1ページ/1ページ


紙切れ1枚で変わる関係なんて興味なかった。
それでもその紙切れ1枚で世界がこんなにも変わるとは思っていなかった。



「たっだいま〜」
「おかえりなさーい」



彼が官舎を出て、
私は実家を出て、
彼と同じ名字になって、
一つ屋根の下で暮らすようになって、
左手の薬指にはお揃いの指輪をするようになった。

銀行や病院の待ち合いで呼ばれる名前が彼のものだというのはまだまだ慣れそうにないし、装飾品の類は元からあまり付けないこともあり指輪は家にいる間は外しておきたいくらい馴染まない。
それでも、せっかく初めてのお揃いだから、と笑顔で言われてしまえば断る理由なんてなくて。



「んふふふふ〜」
「どうしました?」
「いや〜、帰ってきたらご飯作っててくれるなんて幸せじゃん?」
「今までも作ったことありましたけど……?」
「分かってないな〜!奥さんが帰りを待ちながら作ってくれるご飯って色々最強じゃん?」
「……そう、ですか?」



その感覚はよく分からないけれども彼から出た『奥さん』と言う単語。
何ともくすぐったい。
4機捜に異動になったばかりの頃には、まさかこんな風になるなんて思ってもみなかった。



「……ふふっ、」
「何なに〜、思い出し笑い?」
「4機捜に異動した時はまさか藍さんと結婚するなんて思ってなかったなぁ、と思って」
「えー?そう?俺は初めて見た時からきゅるっとした子だなー、ビビビッて来たなーって思ってたけどなぁ〜?」
「ビビビ、ですか…?」
「ビビビ婚、知らない?」
「……?」
「はい、また出た。ジェネレーションギャップ〜」
「ちょっと、藍さんっ……危ない危ない」



いつの間にか背後に回っていた藍さんに後ろから抱き締められて、顎で頭頂部をグリグリされる。
こういうスキンシップは慣れたけれど、料理中には止めてもらいたい。



「ねぇ、桜月?」
「はい?」



頭上から降ってくる声が普段よりも少し真剣なものに聞こえて、火を止めて振り返れば真っ直ぐに向けられる瞳。
何だろう、何かあったんだろうか。



「そろそろ、さん付けで呼ぶの止めない?」
「えっ?」
「だーってさ?結婚したんだよ?夫婦だよ?タニシジョーギじゃね?」



タニシジョーギ。
聞いたこともない単語に思考が停止する。
ちょっと待って。
タニシ、ジョーギ……この状況で考えられる類語……。
類語なんてあるのか?
…………うん?



「えーと、……………他人行儀なんて言葉、どこで覚えたんですか」
「九ちゃんに言われたんだよ!」
「あぁ……九重くん。そういえばこの前、警察庁に行った時に少し話しましたねぇ」



4機捜設立から1年。
桔梗隊長は西武蔵野署へ異動、九重さんは警察庁に戻り、相棒がいなくなった陣馬さんは1機捜へ。
桔梗隊長が不在となり、一時は4機捜の存続自体危ぶまれたけれど404の二人は今も機捜の一員として仕事に勤しんでいる。

私は結婚を機に元の総務に戻っていた。
元々、桔梗隊長に呼ばれて設立後の慌ただしい事務仕事をひたすらに片付けていた。
設立から1年もすれば日々の報告書や経理関係の細々した仕事はあるけれど、事務専門の人員はほぼ必要なくなる。
そもそも桔梗隊長がいないのならば、彼女に呼ばれた私はいる意味もあまりない。
藍さんはだいぶゴネたけれど、私としては公私混同せずに済むのでこれで良かったと思う。

話は逸れたけれど、少し前に用事があって警察庁に行った時に九重くんに会って少しだけ立ち話をしたことを思い出した。
その時に彼が驚いたような表情をしていたのはこれが理由だったのか。



「ねぇ〜、桜月〜」
「藍さん?」
「んー?」
「さん付けで呼ばれるの、嫌ですか?」
「嫌じゃないけどさ〜?」



でも名前呼び捨てって何かいいじゃん?と彼らしい物言いに苦笑が漏れる。

付き合い始めた頃のことを思い出す。
仕事中はいいけどプライベートで会っている時はせめて名前で呼んで欲しいと言われた。
しかも呼び捨てで。
年上の男性を呼び捨てにするのは抵抗があり、せめて『さん』を付けさせて欲しいとお願いして、渋々承諾してくれたこと。

結婚する時にも同じことを言われたけれど、それは引っ越しや各種手続きの忙しさで有耶無耶にしてしまった感があって現在に至る。
正直忘れてしまっていると思っていたけれど……ひょんなことからまた再燃してしまったらしい。



「前にも言いましたけど藍さんのこと尊敬してますし、まだ少し抵抗があって」
「俺が呼び捨てで呼んで欲しいのに〜」
「ごめんなさい」
「………でも、さ?」
「はい……?」



ニコリというよりはニヤリという効果音が正しいと思われる笑い方。
この笑顔はこれまでの付き合いの中であまりよろしくないことを考えている時のものというのが分かる。



「ベッドの上では呼び捨てだもんね?」
「っ………!!」
「よしよしよし、明日二人とも休みだし桜月が呼び捨てに慣れるまでたくさん気持ちいいことシよっか」
「ちょっと、藍さんっ……!」
「うん?」
「ご、はん……まだ食べてないっ……!」



足早に寝室へ向かおうとする彼を何とか止めれば、またしても先程と同じ笑みを浮かべて首を傾げる。
あぁ、もう。
この仕草がどうしようもなく可愛いと思ってしまう辺り、私は相当彼に骨抜きにされてしまっている。



「だいじょーぶ、後でちゃんと食べるから」
「後で……?」
「桜月が俺のこと、『藍』って呼ぶようになったらね」
「ひゃっ……!!」



これ以上の問答は無用、というように抱きかかえられて今度こそ寝室へと向かう藍さん。
きっと彼の気が済むまでベッドから出してもらえないんだろう。

……それはそれで、二人で愛し合うのも悪くない。
そんなことを思いながら彼の首に腕を回して、そっとその頬に唇を寄せた。


*甘い生活*
(珍しく積極的〜?)
(そういう訳では……!)
(じゃあ、どういう訳?俺のこと煽ってる?)
(……したかったから、って理由ではダメですか?)
(桜月ちゃん?)
(はい……?)
(それ反則〜!今日はもう離しません!)


fin...


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ