パロディ

□胸焼け注意
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今日はバレンタインデー。
昨日当番勤務だった彼はもうそろそろ帰宅するはずで、その前にラッピングまで済ませたいと思い、朝から娘の桃と二人でキッチンにいる。
ちなみに息子の青葉はさっきからひたすらに積み木でルーブゴールドバーグマシンもどきを作って遊んでいて。
あの集中力、誰に似たのだろう。



「ねぇ、ママ?パパ嬉しいかな」
「桃が一緒に作ったって言ったら、食べないで取っておく、って言い出すよ」
「えー、桃も食べたいのに」



付き合いが長いだけあってここ数年はネタ切れを起こしていたけれど、今年は幼稚園でバレンタインとは何ぞやと情報を仕入れてきたらしい桃が『バレンタイン作りたい!』と意気込んでいた。
取っ散らかった話を聞いたところ、娘を溺愛している藍には決して聞かせてはいけない内容。
とりあえずその内容には触れず、初めてのバレンタインチョコ作りを行うことにした。

昨日、ハムちゃんも誘って百均でバレンタイン用のカップやラッピングペーパーを買った後で青葉のお昼寝中に三人でキッチンに籠って黙々と作業。
幼稚園児と作るなら、板チョコを割って湯煎で溶かして型に入れるだけのシンプルなものでいいはず。
上からハート型のトッピングやチョコスプレーをかければ、それらしく見えるだろうし、きっと可愛いもの好きな桃も満足する仕上がりになる。

志摩さんやゆたかくん、桔梗さんにハムちゃん。
更には陣馬さんに九重さんにもチョコをあげたいという娘。
今はそれでもいいけれど、お年頃になったら義理チョコならぬ友チョコ配りが大変そうだな、なんて笑ってしまった。
そういえば私も昔、祖母と一緒に友チョコをたくさん作ったことがあったなぁ。



「ママ?」
「ん、ごめんごめん。もうすぐパパ帰って来ちゃうね」



私は私で桃が渡すと言った人達へ、日頃の感謝を込めて子ども達が寝た後でチョコチップ入りのカップケーキを作っておいた。
あとはきっと皆と同じだと拗ねると思われる彼の為にチョコのムースケーキをハート型にして。



「できたー!」
「おねーちゃん、できた?」
「青葉にもあげるねー!」
「たっだいま〜」
「パパだー!おかえりー!」
「まま、だっこ」



帰宅を告げた彼の声を耳にして、一目散に玄関に駆けていく娘と、抱っこを求める息子。
両極端にも程がある。
ちなみに息子の青葉は相変わらずパパやだ、が続いている。
これはもうどうしようもない。



「おかえり、藍」
「ただいま〜、なーんかちょー甘い匂いする〜」
「バレンタイン作ったんだよー!」



大好きなパパの帰宅にハイテンションの桃。
こういうところは彼に似たらしい。
彼の腕の中で飛び跳ねるようにして昨日からの出来事を嬉々として話している。
それをデレっとした表情で相槌を打ちながら聞いている藍。
これはバレンタインだから、とかではなくていつもの光景。

ラッピングペーパーやリボンが散乱したままのテーブルを片付けるのに抱っこしていた青葉を下ろせば、私の行動を見た息子は『ぱぱだっこ』とあっさり鞍替え。
代わりにそれまで彼の腕の中にいた桃が飛び降りて、先程ラッピングが終わったチョコを藍に差し出した。



「パパ、チョコどーぞ!」
「おっ!桃ちゃん作ったの?すごいじゃーん!」
「ママとハムちゃんと作ったんだよー」
「ちょー美味そう。パパ食っていいの?」
「いいよー!」
「でもせっかく桃が作ったの食うのもったいないな〜」



デレデレ、というよりデレッデレに緩み切った顔を見ると何だか毒気が抜かれる。
それと同時に、昨日チョコ作りをしている時に言っていた娘の言葉は聞かせられないな、と本気で思う。
一緒にいたハムちゃんでさえも『伊吹さんには聞かせられないね』と笑っていたくらいだ。
本人が聞いたらどんな反応をするか……。



「あ、そうそう。午後から桔梗さんの家に行ってくるね」
「隊長んち?何で?」
「ハムちゃんとゆたちゃんとたいちょーにもあげるの!」
「……ということです。あと志摩さんと陣馬さんと九重さんにもあげたいって」
「えー、ハムちゃんとゆたかと隊長は良いけど志摩達はダメ〜」
「子ども相手に止めなさい」



もしかしたら言いそうだな、なんて思っていたけれど本当に言うとは……。
ある意味で想像がつきやすいのは助かるけれど、ここまで予想通りにならなくてもいいのに。
娘への溺愛ぶりも度が過ぎるのも困りものだ。
片付けを済ませれば、また青葉が戻ってくる。
藍はそれを気にした様子もなく桃からもらったチョコを嬉しそうに、緩み切った表情で眺めている。

ふと、何かに気づいた表情。



「どうかした?」
「これ、多くね?」
「あ、あぁ……えーと、」
「ハムちゃんとー、ゆたちゃんとー、たいちょーとー、しまちゃんとー、じんばさんとー、きゅーちゃん!
あとね、りょーくんにもあげるんだー!」
「りょー、くん?」
「あ、桃」



口止めはしておいたけれど、幼稚園児相手にそれは無理というもので。
しかもラッピングまで終えてあとは渡すだけ、という状況。
テンションが上がらない方が無理な話。
桃の言う『りょーくん』とは幼稚園の同じクラスの男の子で、最近桃が仲良くしている、というか大好きな子。
背が高くて足が速い、幼稚園児の好みど真ん中と言えよう。
そんな説明を拙い言葉でしているが、果たして藍には通じるか。



「ダメ!絶対ダメ!」
「なんで!」
「男にチョコなんて早い!つーかいくつになってもダメ!」
「藍、止めて」
「桜月も何で止めないの!」



こちらにまで飛び火した。
この年齢の子がバレンタインにチョコを渡したいだなんて微笑ましい姿じゃないか。
それを本気で止めようだなんて……娘を溺愛しているにしても彼の物言いは酷い。
『この件については後でお話があります』とだけ言い渡して、藍の遅めの朝食兼昼食の準備の為にキッチンに入る。
ピリッとした空気を察したのか、それ以上は何も言わなくなった藍と桃と青葉からの視線を背中で受けながら小さく溜め息を吐いた。


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