パロディ

□胸焼け注意
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「ねぇ、りょーくんてどんなの」
「……言い方。良い子だよ、ちょっと照れ屋さんだけどちゃんと挨拶してくれるし。
お母さんも感じの良い人で桃が瞭くんに絡みに行っても『桃ちゃん可愛くて私も癒されます』って」
「へぇ〜」



その日の夜、子ども達が寝静まった後でソファに二人並んで座って今朝の話の続きをする。
本当は絡みに行くどころか毎日抱きつきに行ってます、なんて口が裂けても言えない。
けれど幼稚園児がバレンタインにチョコを渡したいなんて、そんな微笑ましい光景を嫌がるとは溺愛にも程があるし、正直止めてほしい。
そもそも自分は桃から一番にチョコを貰ったのだからそれで満足してくれればいいじゃない。



「だってさ〜……これからそういうの絶対出てくるじゃん?
そしたらそのうち『彼氏ができた』って家に連れてきて『娘さんを僕にください』とか……ぜーったい無理!」
「話が飛躍しすぎ」
「桃は桜月に似ててしっかりしてるし、きゅるきゅるしてるし、結構ツンデレ気質あるし、ぜーったい将来モテるって。
そしたら桜月がお嫁に行っちゃうみたいでやだ。
おやっさん、こんな気持ちだったのかな……」
「……ばかなの?」



確かに桃は私に、青葉は藍に、見た目が似ている。
性格も確かに似ているけれど、まさかそんなことを考えているなんて。
てっきり娘の初恋にヤキモチを妬いているのかと思えば、予想外の答え。



「だから言ってんじゃん?俺の一番はいつでもどこでも桜月だって」
「それは……もう十分聞いた」
「アルバム見たら桜月の子どもの頃に桃ちゃんそっくりじゃん。
小さい桜月が誰かにチョコ渡してるみたいでやだ」
「あのね……私は私、桃は桃でしょ」
「それはそれ、これはこれ。でも、何かやだ」



話の論点がずれてきているのが分かる。
そしてだんだん隣に座る彼との距離も縮まってきている。
話し始めた時は拳一つ分の間が開いていたはずなのに、いつの間にか距離はゼロになっていて、気づけば腰に彼の手が回っていて。



「……藍?」
「ねぇ、桃からのチョコはもらったけど、桜月からのチョコもらってないよ?」
「それは、藍が変な話するから」
「冷蔵庫に入ってるハートのケーキ、いつ出てくるか楽しみにしてたんだけどな〜?」
「しっかり中身確認済みじゃないの」
「んふふ、あれは俺のでしょ?」
「……少なくとも他の人にあげる予定はないよ」
「素直じゃないな〜」



でもそういうツンデレも好き、と口付けられる。
気づけばすっかり彼のペース。
この分だとムースケーキを出すというまでは解放してもらえないだろう。

けれど、一応念を押しておくべきところは伝えておかなければ。



「明日、桃が瞭くんの話をしても茶々入れないでよ」
「合点承知の助〜」
「もう、それ合点してないでしょ」
「それは〜……この後の桜月次第?」



私、次第?
それはどういう意味かと視線で問えば、至近距離でにやりと笑った藍がもう一度口付けてくる。
チョコを食べる前から甘くて、もう胸焼けしそう。



「俺さ、一回やってみたいことあったんだよね〜」
「……何?」
「んー……怒んない?」
「内容次第」
「体に生クリーム塗って『私を食べ「却下!!」」



そんな後始末が大変そうなこと絶対に嫌だと言えば、『後始末大変じゃなかったらいいんだ……』とニヤニヤしている藍。
決してそういう意味ではない。
私が嫌がるのを分かっていて言っているのだから質が悪い。



「じゃあさ、あーんして食べさせてよ」
「…………それなら、まだいい」
「決まりな〜」



取ってくる〜、とスキップでもしそうな勢いでキッチンへ向かい冷蔵庫を開ける藍の後ろ姿を見ながら、何だかうまく乗せられた気分になっているのはどうしてか。
そもそもの発端は桃のバレンタインチョコを巡る話からであって、……いや、でも桃が私に似てるからチョコを渡す姿が嫌だとか何とか。
いくら考えても理解できないのは彼と私の考えが違うからで、それは今に始まったことでもない。

……うん、もう考えるのは止めよう。
どうやら桃のチョコの話は彼の中では終わったことらしい。
わざわざもう一度触れる必要もない。



「お待たせ〜」
「ん、」



悶々と考えを巡らせているうちに、箱に入れておいたケーキと皿とフォークを手にした藍がご機嫌で戻ってきた。
ソファの前のローテーブルに皿を置くといそいそとケーキを取り出す。
今回のムースケーキは我ながら良い出来だと思う。
味は勿論だけれども見た目もなかなか頑張った。



「毎年どんどんレベル上がってるよな」
「今年のは自分でも良い出来だと思うよ」
「ほい、あーん」
「え、?」
「まずは作った本人から〜」
「……毒見?」
「違う違う、作った人の特権じゃん?」



フォークで一口分に掬ったケーキを目の前に差し出される。
何においても先に食べたいというかと思ったら、まずは先に食べていいと言う。
ちょっと意外だと思いつつも断る理由もなく差し出されたケーキを口に含む。

うん、美味しい。
ビターチョコレートを使って正解だったかもしれない。
程良く甘さ控えめで食べやすい。



「桜月」
「ん?、っ」



出来栄えに満足していたら名前を呼ばれる。
ふと顔を上げると思いの外近い場所にあった彼の顔が、後頭部に回された手で引き寄せられて更に近づき距離がゼロになった。
と、思えば唇を吸われ、僅かにできた隙間から舌を捩じり込まれて、口の中に残っていたムースを絡め取られる。



「ちょっ、と……藍!」
「生クリームは諦めるからこれくらい許して?」
「っ、やだ」



自身の唇を舐めながら首を傾げる彼に一瞬見惚れてしまった自分がいることに気づいて、邪な考えに首を横に振った後で彼の手からフォークを引ったくる。
どこか残念そうな彼にムースを一口分差し出せば、緩み切った顔でぱくりと食いつく。



「ん、美味い」
「……それは、良かったです」



子ども達に見せる緩んだ顔とはまた違った、どこか大人びた表情。
いい年の大人なんだから大人びたという表現も違うのかもしれないけれど普段の彼を考えれば、大人びたという言い回しがしっくり来る。
私はこの人に何度惚れ直しているのだろう。



「桜月」
「……何?」
「なーに考えてんの?」
「……別に。ただ……」
「ん?」
「藍のこと、好きだな、って」
「………………」
「藍、?」



急に黙り込んだ彼に首を傾げれば、驚いて目を丸くした後でゆっくりと部屋の中を見渡す藍。
この行動の意図は何だろう。
室内を二周ほど見回したところでようやく彼の瞳が私まで戻ってきた。
何なんだ、一体。
私の表情は鏡を見るまでもなく不審が全面に出ているのだろう。



「……ドッキリ?」
「もう寝る、おやすみ」
「嘘うそ!急にデレるからびっくりしただけだって!!」



そんな寂しいこと言うなって〜、と立ち上がりかけた私の腰に抱きついてくる藍。
たまに素直になってみれば茶化すなんて。
やっぱり慣れないことはするものではない。
何となく正面から向き合うのが悔しくて背中を向けて彼の足の間に座れば、背後から腕を回されて身動きが取れないほどに抱き締められる。



「……何よ」
「俺も」
「何が」
「俺も、桜月のこと好きだよ」
「……知ってる」
「素直じゃないな〜」
「今更でしょ」



片腕で私を抱き締めながらチョコムースケーキを口に運ぶ藍。
変なところで器用だと感心してしまう。

別に離したところで逃げやしない、と言えば俺がどっちも堪能したいだけ、と返される。
あぁ、やっぱりこの空気だけでご馳走様です。


*胸やけ注意*
(明日、俺も桃ちゃんのお迎え行こうかな)
(何、突然どうしたの)
(迎え行けば、例のりょーくんに会えるだろ?)
(またその話?桃が瞭くん好きなのはパパみたいに足が速くて大きいから、って言ってたけど)
(マジで?桃ちゃんやっぱり一番はパパだよな〜)
(…………私の方が好きだもん)
(え、何。今日デレの大盤振る舞い?)
(……バレンタインだからね)


fin...


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