パロディ

□毎日が記念日
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「桃ちゃ〜ん、こっち向いて〜」
「ぱぱー、だっこ」
「よしよし、朝から着物で疲れちゃったか?
抱っこしよっか〜」



朝からいつも以上にデレモード全開の彼に、今日何度目かの溜め息が漏れる。

今日は娘の桃の七五三のお祝い。
朝一で桃と私の着付けに行き、神社へお参り。
気持ちの良い秋晴れの中で御祈祷を受けることができて、絶好の七五三詣り日和と言えるだろう。
この後は写真スタジオで撮影の予定だけれども数えで三歳、つまりまだ二歳の桃にはなかなかのハードスケジュール。
お参りと写真撮影は別日にすれば良かったかな、なんて今更ながらに反省。
それでも大好きなパパに抱っこされて少し回復したらしい桃はニコニコと笑顔を振りまいている。
元々着物を着ることは『おひめさまみたい』と喜んでいたし、朝から散々お姫様扱いをされていて疲れてはいるけれど機嫌は悪くない。



「ままとはいちーずする」
「お、いいね〜」



神主さんによる御祈祷は終わった訳だし、そろそろ写真スタジオに移動しないと、その後の予定もある。
それは彼も分かっているはずなのに買ったばかりの一眼レフカメラを意気揚々と構えて、さっきから写真撮影が止まらない。

娘の誕生を機にカメラを買いたい、せっかくだから一眼レフがいい、とずっと言っていた藍。
言われる度にまだ早い、まだいらない、と言い続けていたけれど。
来年幼稚園に入れば運動会もお遊戯会もある、絶対に一眼レフはあった方がいい、と彼には珍しくド正論を言われてしまい、根負けして一眼レフカメラの購入を認めた。
前から目をつけていたらしく、店に行って即決で購入した一眼レフカメラ。
練習と称して日頃から撮り続けていた成果が今日ようやく発揮される。
桃もそれを知ってか知らずか、さっきから花を見つけては写真をねだり、神社の前ではポーズを決める。
……こういうところは彼に似たらしい。



「はーい、笑って〜!君にメロメロメロンパ〜ン!」
「いや、それどのタイミングで撮るのよ」
「めろんぱーん!」
「ほら〜、桜月も笑って笑って〜」



まったく、これは浮かれすぎではないだろうか。
どっちが主役なんだか、これでは分からないくらい。



「撮れた?そろそろスタジオ行かないと」
「ん、オッケー」
「ぱぱー、だっこー」
「はいはい、お姫様。今日は仰せの通りに」



それはいつものこと。
喉まで出かかった言葉をゆっくりと飲み込んだ。
せっかくの娘のハレの日。
水を差すこともない。







































「じゃあ桃ちゃん、七五三おめでとう」
「ありがとー!」
「桃ちゃんももう七五三かぁ。早ぇなぁ、おい……」
「陣馬さん、まだ始まったばかりです。泣かないでください」
「きゅーちゃんきゅーちゃん!じんばさん、なんでないてるのー?」
「……大人は嬉しくても泣くことがあるんだよ」



押し気味だった写真撮影も無事に終わり、また移動して今度は桔梗さんのお宅へ。
桃の七五三の話をしたら皆でお祝いしたいと有り難いお話をいただいた。
桔梗さんと九重さんが4機捜から異動になっても折を見て何かと集まることの多かった方々。
桃も皆が大好きで断る理由もなく、有り難くお言葉に甘えさせてもらった。



「しまちゃん、しまちゃんもうれし?」
「ん?勿論嬉しいよ」
「ふふふー、ままー!しまちゃんうれしいってー!」
「良かったね、桃」
「桃ちゃん?パパもとーっても嬉しいよ?
志摩よりもちょー嬉しいから!」
「きゅーちゃん、これおいしいー」
「そうだね」



志摩さんが大好きな桃。
それを知っていて何故か対抗心を燃やす藍。
まったく大人げないにも程がある。



「ハムちゃん、色々準備ありがとう。
結局お任せしちゃってごめんね」
「いいのいいの、桔梗さんが『目いっぱいご馳走作らないとね!』って張り切ってたし」
「桔梗さんも、色々すみません」
「いいのよ〜、桃ちゃんは姪っ子みたいなもんだし」
「ありがとうございます……」



家族とは疎遠な藍と身寄りのない私。
親戚付き合いとは程遠く、何をするにも家族三人。
そんな中で桔梗さんを始めとする4機捜の皆さんは桃にたくさんの愛情をもって接してくれる。
血の繋がりよりも濃い付き合い。
遠くの親戚より近くの他人とはまさにこのことを言うのだろう。



「桜月ちゃん?」
「あ……ごめん、ちょっとボーっとしてたかも」
「朝から着付けとか御祈禱とか忙しかったでしょ?
少し別な部屋で休む?」
「あ、いえ。大丈夫です。すみません」



疲れは確かにある。
着物なんて滅多に着る機会はないし、思い返してみれば成人式以来、着物を身に着けたことなんてなかった。
それは着物を初めて着た桃も同じで、寧ろ娘の方が疲れてしまったのかもしれない。
先程まで志摩さんや九重さん、ゆたかくんの周りをパタパタと動き回っていた桃が気づけば私の膝を枕にしてウトウトしている。



「まま……ねんね、」
「桃も疲れちゃったね」
「ん、」



しまちゃんとあそぶ、と呟いた後ですーっと眠りに落ちてしまった桃。
どこまで志摩さんが好きなんだか、と苦笑を一つ。
今日の主役が眠ってしまったし、お暇してもいいかと思ったけれど宴はまだ始まったばかり。
いつの間にか陣馬さんに捕まっていた藍は桃の様子を気にしながらも、空にする度に注がれるビール攻撃を躱せずに少し困ったように、それでいてどこか嬉しそうに陣馬さんへ酌を返している。



「いいんですか、伊吹さん潰されますよ」
「まぁ……こうして集まるのはそんなにあることではないので」
「…………」
「九重さん?」
「桃ちゃん、大きくなりましたね」



藍と陣馬さんのやり取りをぼんやりと眺めているといつの間にか隣に座っていた九重さんが声をかけてきた。
彼がこうして話しかけてくるなんて珍しい。
アルコールの力もあるのだろうか。
彫りの深い目元をふっと緩ませながら娘を見つめる九重さんの姿に随分柔らかい雰囲気を醸し出せるようになった、と親戚のおばさんのような気持ちになる。



「九ちゃん、人妻に手出すなよ」
「出してません」
「志摩さん……人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」



本気か冗談か分からない茶々を入れられてムッとしたように顔を上げた九重さん。
久しぶりに集まったにも関わらず、久しぶりとは思えない空気が流れるのはこの人達の仲の良さ、というより結びつきの強さが為せる技なのだろう。

志摩さんの後ろではすっかり出来上がってしまった藍と陣馬さんが肩を組んで楽しそうに歌い出している。
4機捜メンバーで集まっている時の彼は夫として、父親として見せる顔とは少し違う、……素というか何というか。
決して私達の前で素を見せないとか、そういうことではないのだけれども。
何とも形容し難い。



「んんー……」
「、桃?」
「ほら、アンタ達が煩いから桃ちゃん起きちゃったじゃないの」
「んー桃ちゃーん?起きちゃった〜?」
「ぱぱだっこ」
「んーおいで〜」



気持ち良く酔っ払っている藍が求められるままに桃を抱っこすれば、すっかり親バカですね、と隣にいた九重さんが呆れたように呟いた。

それは桃が生まれてからずっとです。
そう言葉を返そうと口を開きかけた時、桃を抱っこしたまま九重さんと私の間に無理やり割り込んでくる大きな身体。



「狭いんだけど」
「んー?さっきから近いんだよなぁ〜と思って?」
「伊吹さん、嫉妬ですか」
「違います〜」



あぁ、何か面倒な絡み方をし始めた。
溜め息を一つ吐いて立ち上がる。
気づけば20時を回っているし、そろそろ本当にお暇しなければ。
今日は特別、とは思うけれど朝からフル稼働で疲れ切っている娘をちゃんと寝かせてあげたいし、これ以上アルコールが入った藍とすっかり眠ってしまっている桃を連れて帰宅するのは間違いなく困難。
歩いて帰れない距離ではないけれど、今日はタクシーを呼ぼう。

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