パロディ

□Trick yet treat!
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「パパー!今日、幼稚園でハロウィンするんだよー!」
「へぇ〜?ハロウィン?」
「魔女の服着てパーティーするの〜!」
「あおくんもいく」
「青葉はドラキュラなんだよ〜。マント黒いの!」
「いいじゃんいいじゃーん!
つーか……それ、知ってたら休み取って写真撮りに行ってたのになぁ〜」
「あとね、ママも」
「桃、青葉。ママ準備があるから早めに行くよ。
ご飯食べちゃって」
「はぁ〜い」



朝、食卓での賑やかな会話。
今日幼稚園でハロウィンパーティーと称して仮装した子ども達が園内の練り歩きする、という内容の行事がある。
配布されたお便りを見た瞬間から内容はずっと彼には伏せていた。
桃にも『お楽しみだからパパには内緒ね』と口止めをしていた……が、やはり5歳児。
当日の高揚感を止めることはできなかった様子。



「桜月〜、なーんで教えてくれなかったの〜?」
「写真はハムちゃんと私で撮ってくるから」
「ハムちゃんも来んの?」
「今日、仕事休みだって言っててね。
桃がハムちゃんも来て、ってお願いしたの。
私も役員でやることあるから、青葉のこと見れる自信なかったし」
「ふーん……?」



それなら尚更俺が休み取れば良かったじゃん?と言いたげな顔。
それはごもっとも。
けれど今回はどうしても引けなかった。



「お菓子いっぱいもらって、パパにもお土産持ってくるね!」
「あおくんも、パパにおみやげ」
「んん〜、パパ楽しみ〜」



緩みきった頬を二人に押し付けては三人でキャーキャー声を上げている。
あぁ、何て幸せな時間。





































「ただいまっ!」
「おかえり……ちょっと、子ども達もう寝てるんだけど……」
「桜月、何で大人もコスプレするって教えてくれなかったんだよ?!」
「何、で、そのこと…………ハムちゃんか……」



昨日、滞りなく園行事は終わり、たくさん撮った写真の中から数枚、仕事中の彼に送っておいた。
予想通りいつもの言葉が返ってきて、実物も見たいと言っていた藍のために衣装は片付けずに待っていたけれど。
残念なことに子ども達が起きている時間には帰ってこれなかった藍。
子ども達も『パパと写真撮りたかった』と訴えていたけれど、時計の針が21時を指そうとしても一向に帰る気配がないことを考えて明日幼稚園での写真を見せてパパとも写真撮ろうね、と寝かしつけることにして。

子ども達が夢の世界に旅立ってから一時間ほど経った頃だろうか。
ようやく帰宅した彼が鼻息荒くリビングへと入ってきた。



「教えてくれてたら俺、絶っっっ対に休み取ってたのに〜!」
「……だから教えなかったのよ」



今年は幼稚園の保護者会役員をしていて今日のハロウィンパーティーの子ども達の着替えの手伝いや写真係を担当していた。
打ち合わせの中でせっかくだからお母さん達も、と先生方から提案があり、あれよあれよという間に役員も仮装をすることが決定。
できれば避けたかったけれど、同調圧力には抗えず。
……これもママ友との交友関係を円滑にするため、と自分を納得させて黒いワンピースに黒い猫耳カチューシャで魔女に扮した桃の相棒的な立ち位置に仮装。
青葉の子守を買って出てくれたハムちゃんには撮影した画像は自分に送ってほしいとお願いしたはずなのに、いつの間にか三人で撮った写真を彼にも送っていたらしい。



「俺も見たかった〜!」
「別に、コスプレって言っても普通に黒いワンピースに猫耳のカチューシャ付けただけだし……」
「それでもきゅるきゅるだったじゃん?!
桜月のコスプレなんて俺、見たことない!」
「…………」



見たことないのは当たり前だろう。
彼の前でそんなことをした覚えはない。
こうやって騒ぎ立てられるなら初めから素直に行事に藍を呼んでおけば良かったか、と一瞬思ったけれど、下手すると子ども達以上に大騒ぎしそうな彼を想像して止めたことを思い出して自分の考えは間違いではなかったらしい。



「ほら、ご飯食べてないんでしょ?」
「ハロウィンご飯〜美味そう〜。でもコスプレ〜」
「だから、別にコスプレってほどでもないから……」
「じゃあ猫耳だけでもいいから付けて」
「…………今、?」
「今!」



ダイニングテーブルについたものの食べ始める気配がない。
全く、面倒な性格。
と彼の前に座りながら思わず溜め息を吐けば、どこからともなく出してきた猫耳カチューシャを目の前に差し出された。



「え、これどこから、」
「玄関に置きっぱなし〜」
「…………」



しまった。
帰ってきてから片付けようと思って置いたままにしてしまっていた。

行事で疲れたらしく二人共ママがいい、ママ抱っこと些細なことでぐずぐずしていて。
それでも昨日のうちに用意していたハロウィン風の夕飯メニューを見て機嫌が少し戻った子ども達と食事をして、お風呂に入れて、寝かしつけて、食事の片付けをして……としているうちに存在そのものを忘れていた。

玄関から一目散にリビングに来たかと思ったら、どうやらそうでもなかったらしい。
そういうところはやけに目敏い。



「桜月桜月〜」
「…………はぁ、」



これ以上黙っていてもきっと譲らないことは分かっている。

別に今日幼稚園で付けていたのだから何てことはない。
そう思い直して、彼の手にあるカチューシャを奪い取って頭に乗せる。



「、きゅるきゅる〜!きゅるきゅる魔人〜!!」
「付けたから早く食べて」
「んふふ〜、いただきま〜す」



全く、何が楽しいのか分からない。

































「何で外してんの〜」
「いや……もういいでしょ」
「良くない良くない」



お風呂上がりに私の姿を見て、また不満気な表情と声の藍。
先程、彼の要望通りに猫耳を付けたというのにこれ以上何が望みだというのか。
洗い物を終えて麦茶を二つ淹れてリビングへと戻ると、両手が塞がっているのをいいことに再びカチューシャは私の頭の上へと乗せられた。



「…………何よ」
「ん〜?今日のご飯、ちょー美味かったから桃と青葉喜んだだろうな〜って」
「大喜びだったよ、おばけもカボチャもいっぱいで楽しいって」
「だよなぁ〜」
「桃は『パパも一緒が良かったなぁ』って言ってたけどね」



昨日から仕込みをしていたカボチャのミートパイにカボチャスープ、ジャックオーランタンの形のサラダ等、カボチャ尽くしだった今日の食卓。
今日は栄養バランスは考えずにハロウィンらしさを追求したメニュー。
子ども達も大喜びだったけれど、ぽつりと呟いた娘の台詞に少し胸が切なくなった。



「俺も一緒に食べたかった〜!
……あとさ、やっぱ俺も幼稚園のハロウィンパーティー行きたかったなぁ〜」
「それは……ごめん」
「ちょーきゅるきゅるな桜月と桃ちゃんと青葉見たかった〜!」
「重い」



わざわざソファに座る私の後ろ側に座った藍が背中に伸し掛かってくる。
加減はしているのだろうけれども、それでも重い。



「子ども達には明日、パパの前でもう一回着て見せようね、って言ってあるから」
「んん〜……」
「藍、?」
「子どもらのも見たいけど、今は桜月のきゅるきゅるしてるとこが見たいかな〜……?」



するりと腰からお腹にかけて腕が回される。
これは、変なスイッチが入ってしまったのではないか。
やはりカチューシャは片付けておくべきだった、なんて後の祭り。



「ちょ、っと……藍っ、!」
「んー?」
「今日は疲れて、るからっ」



無理、と続けようとすると聞きたくないとばかりに塞がれる唇。
この雰囲気、もしかして少し拗ねている……?



「藍、……?」
「恥ずかしかったかもしんないけどさ〜……やっぱみんなでやりたかったな〜」
「、……ごめん」



今回の行事に関しては言い訳のしようがない。
申し訳なさで黙っていれば承諾と取ったのか、部屋着の中にするりと手が入り込んでくる。
慌てて止めれば逆の手で動きを制されて抵抗すらできなくなる。



「トリック・オア・トリート?」
「え、……」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ?だっけ?」
「それは、そうだけど……お菓子、いるの?」
「んん〜……つーか、お菓子いらないからイタズラさせて?」
「……ダメ、って言ってもするんでしょ」
「よく分かってる〜」



ニヤリと、悪戯が成功した子どものような笑顔にそれ以上抗うことはできなかった。


*Trick yet Treat!(お菓子はいいから悪戯させろ!)*
(も、ホント、むり……)
(え〜?体力ないなぁ、今度一緒に走る?)
(むり……)
(んん〜、じゃあい〜っぱいキャッキャウフフして体力つけよっか)
((悪戯ってレベルじゃない……))


fin...

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