パロディ

□メリークリスマス
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「メリークリスマース!」
「めりーくりすまーす!」
「ふふふ、メリークリスマス」



今日はクリスマス。
家族皆で楽しい楽しいクリスマスパーティー、の予定だった。
が、世の中が浮足立つこの時期、どうにも警察官は人出が欲しい時期で泣く泣く仕事に出て行った彼不在のパーティー。
子ども達は勿論、仕事に行った彼自身も非常に残念がっていて。
せめて雰囲気だけでも、とクリスマスメニューを作る手伝いをする桃やケーキの飾り付けをする青葉、そしてパーティーの様子を動画に納めようとスマホのカメラを向ける。

子ども達がそれぞれ初めてクリスマスを迎える年は何とか無理やりに休みをもぎ取ってきたと言っていたけれど、流石に毎年それは難しいらしい。
クリスマスイブは無理でもクリスマス当日は帰ってきて一緒に食事をしたい、と言っていたけれど、今はクリスマス当日の19時で帰宅どころかそれを告げるLIMEすら入っていない。
これはもしや今夜も帰れないパターンか。



「ママー、パパ帰って来るかなぁ」
「う……んー、今日もお仕事忙しいのかもね」
「まま、ぱぱのけーきは?」
「冷蔵庫に入れておこうか」



パパと一緒にケーキ食べたかった、と駄々をこねる娘を何とかなだめすかしてお風呂を済ませて寝室へ。
朝、プレゼントを見つけた子ども達の姿を見たい、と言った彼の為に我が家のクリスマスプレゼント設置は一日遅れ。
『サンタさん、プレゼント持って来てくれるといいね』と言いながら眠りに落ちた子ども達の願いを叶えるべく、今夜こそサンタミッションを実行に移す。
流石にプレゼントを楽しみにしている子ども達の気持ちを無視して先延ばしにはできない。







































「あーぁ、クリスマス一緒にしたかったな〜」
「……もう少し、日本語何とかならない?」
「だってさぁ?一緒にケーキも食べらんなかったし、プレゼント見つけて大喜びの桃ちゃんと青葉見られなかったんだぜ?」
「動画送ったでしょ?」
「見たけどさ〜、やっぱ直接見たいじゃん?」


結局、彼が帰って来たのは街中がクリスマスを通り過ぎて新しい年を迎える準備をし始めた頃。
一体何が、と聞きたいところであったがそこは守秘義務があるだろうし、疲れた顔をして帰って来た彼に問い詰めるようにするのは酷というものだろう。
子ども達が『パパに取っておく』と言っていた一日遅れのクリスマスメニューとクリスマスケーキ。
正直ケーキまで残しておくのは消費期限的に心配だったけれど、おそらく藍なら大丈夫だろうという予想の元、今日の夕飯と一緒にそっとテーブルに並べておく。
ちなみに子ども達は一日中、クリスマスプレゼントで遊びつくして、既に夢の中。

クリスマスパーティー中に送った動画を見返しているようで、スマホを見ながらまだうだうだと文句を言っている彼からスマホを取り上げて食事を促せば、膨れながらも両手を合わせてようやく食事を始める。



「プレゼントの時には帰って来れると思ってたんだけどなぁ……」
「私もそう思ってた」
「ごめんって〜」
「別に怒ってる訳じゃないよ」



言い方は悪いかもしれないけれど、彼が仕事に行っていて連絡なしに帰って来ないことも季節のイベントを一緒に過ごせないことも正直慣れてしまっていて。
あまり良くないかもしれないけれど、子ども達もそれが当たり前になっていて。
きっと彼が気に病むほどのことではない。
ただ、そうは思わないのは伊吹藍という男な訳で。



「……桜月」
「ん?」
「これ、クリスマスプレゼント」
「、え?」



念を押すように『プレゼント』と単語を発した後で席に着いたまま手を伸ばしてきた彼から渡されたのは片手サイズの小さな箱。
子どもが生まれてからお互いへのクリスマスプレゼントは無しにしようという話をしたのはもう何年前のことだったか。
誕生日には子ども達と選んだプレゼントを渡していたけれど、クリスマスはここ何年もプレゼントを選ぶことも渡すこともしていなかった。



「藍?」
「物で釣るとかじゃないんだけどさ」
「そういうのできないタイプなのは知ってる」



釣った魚に餌をやらないタイプでもないけれど、物を与えて機嫌を取って来るようなタイプでもない。
どちらかと言わなくても愛情表現は豊かだし、家にいる時は子ども達のこともしっかり見てくれる。



「最近、全然桜月とゆっくりできないし」
「それは……仕事だから仕方ないでしょ」
「桃と青葉のこと全部任しちゃってるし」
「それも、仕方ないでしょ?」



これが一人で遊びに出かけているというなら話は別だが、仕事でいない人間に対してあれこれ言ったところで問題の解決にはならない訳で。
そもそもこれまでそのことに対して文句を言ったことはないはずなのに今日は一体どうしたというのか。
また陣馬さん辺りに何か吹き込まれたのだろうか。



「いいから、開けてみて」
「う、ん……」



一度手元に来た以上、今更受け取れないと言ったところで納得はしないだろう。
促されるままに包装を解いてみればブランド物に明るくない私が知っているくらいには有名なブランドのロゴが入った箱が出て来た。
一体何を買って来たのか、と彼の顔を見れば早く開けろと言わんばかりの表情。
恐る恐る箱の蓋を開けてみれば、



「……香水?」
「前にさ、財布忘れて分駐所に届けてもらったことあったじゃん?」
「え……あ、あぁ……先月の話ね。それがどうかした?」
「そん時にさぁ……『伊吹さんの奥さん、ちょーキレイっすね』って言われて」
「…………ん?」



何やら雲行きが怪しくなってきたのは気のせいではないはず。
もしやクリスマスにかこつけているだけで、クリスマスには関係ない話なのでは……。



「何かちょっとジェラシ〜?みたいな?
そんで俺色に染まってほしくて香水プレゼント〜的な?」
「…………バッカじゃないの?」



心の底からそう思う。
大きく溜め息を吐いてから箱から香水を取り出して、手首にワンプッシュ付けて首筋に伸ばせば、ふわりと香るローズの香り。
あ、この匂い好きかも。



「あ、やっぱちょーいい匂い」
「ちょ、っと」
「んー?」



いつの間にか立ち上がっていた彼に抱き寄せられて一瞬身を固くする。
何年経っても、何十年経ってもこの突然のスキンシップに慣れることはない。



「ちょっと、ご飯は?」
「その前にちょっと充電〜」



たかが二日ほど不在だっただけだというのに充電とはどういうことなのか。
聞いてみたいところではあるけれど、帰って来た時の疲れた表情を思い出して開きかけた口を再び閉じる。
その後でゆっくりと彼に凭れ掛かれば、いつもの笑い声が頭の上から聞こえて来た。



「……何よ」
「んー?桜月はきゅるきゅるだな〜って」
「ばか」
「んふふー……あ、またちょっと匂い変わった」
「え、あ、ホントだ」
「こっちも好きかも〜」



首筋に顔を埋められて話をされると何とも擽ったい。
それは何度も言ってあるし、分かっていてやっている節がある。
こういうところ、何も考えていないようで実は計算しているのではないか。



「ほら、藍。ご飯食べて」
「んん〜……」
「ご飯食べて、お風呂入って、そしたらいくらでも付き合うから」
「…………マジ?」
「過ぎちゃったけど、クリスマスだから」
「きゅるきゅる〜……」



翌朝、急に喉を傷めた私を心配する子ども達と、やけに機嫌の良い藍が公園に出かけていく後ろ姿をベッドから見送ることになるなんて。
覆水盆に返らず。
それでもどこか幸せな気分に浸りながら二度寝を決め込むことにした。


*一日遅れのメリークリスマス*
(ママ、いい匂いする〜)
(あ……ママも、プレゼントもらえたの)
(ままもいいこ)
(パパは?パパもプレゼントもらった?)
(パパももらった〜。ちょーきゅるっきゅるなの)
(えー!何なに?どんなの?見せてー!)
(んふふー、内緒〜。ママとパパの秘密〜)
(ずるーい!桃も見たい!)
(あおくんも!)


fin...


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