パロディ

□その笑顔をいつまでも
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「たっだいま〜」
「パパ、あけましておめでとー!」
「ぱぱー、おめでとー!」
「んん〜……桃、青葉、あけおめ〜」
「あけおめ?」



大晦日に当番勤務に出て行った藍が帰って来たのは元日を過ぎて一月二日の夜のこと。
いつものこと、とこちらは割り切っているけれど、そうとは言わないのは彼の方で。
『今年もごめんな〜!』と子ども達を抱き締めて嘆くのはもう毎年の風物詩のようなものになっている。



「パパ、お仕事お疲れ様!今年もよろしくお願いします!」
「おねがいします!」
「うちの子達は俺に似なくて賢くて良かった……」
「はいはい、新年早々から馬鹿なこと言ってないでご飯食べて」



玄関での一連の流れを見届けた後で声をかければ桃の肩に埋めていた顔を勢いよく上げた藍がおもむろに立ち上がって、これまた勢いよく私の元へ。
思わず後ずさろうとしたところを押さえられてぎゅうぎゅうに抱き締められる。
……これもまた、毎年恒例。



「桜月〜!あけおめ〜!」
「はいはい、あけましておめでとう」
「ことよろ〜!」
「まま、あけおめってなに?」
「あけましておめでとうございます、を短くした言葉。
青葉はまだ覚えなくていいよ」



不思議そうな顔の息子に簡単な説明をしてから抱きついたままの彼を無理やり引き剥がして手洗いを促す。
パパ大好きな娘とお姉ちゃん大好きな息子がそれについていったのを見て、今度こそ夕飯の用意を。
と、言っても子ども達と私は済ませてしまったので藍の分だけ。
今年になってから初めての我が家での食事になるので、年末から準備していたおせちを並べる。



「んふふー、今年も美味そ〜」
「パパ、栗きんとん美味しかったよ!」
「あのね、たまごもおいしかった」
「あとねあとね、お豆も美味しかった〜」
「ごめん……黒豆は買ったやつ……」



絶賛してもらえるのは嬉しいけれど、全てが手作りという訳ではない。
若干の申し訳なさを感じながら自分達の夕飯の食器を洗っていれば、どこか幸せそうな藍が『いただきます』と手を合わせて子ども達が勧めていた栗きんとんや伊達巻き、黒豆、そしてその他に用意していたお煮しめや昆布巻きなどを次々に口に運び始めた。



「んん〜、ホントだ。全部ちょー美味い」
「でしょー!桃もにんじんの型抜きお手伝いしたんだよ!」
「え、マジで?桃ちゃんすげーじゃん!」
「あおくんも!たまごまぜまぜしたの」
「青葉もお手伝いしたのか〜、えらいじゃーん!」



盛大に褒められて嬉しそうな子ども達。
何においても子ども達を手放しで褒める姿はちょっと尊敬する。
そんなことを考えながら洗い物をしていれば、カウンター越しにこちらを覗き込む藍と否応なしに目が合う。
食事の途中で行儀が悪い、と言いかけたところでぽんぽんと頭を撫でられる。



「お疲れ、大変だったよな」
「べ、つに……二人共ちゃんと言うこと聞いてくれたし……」
「あー!ママばっかりずるーい!パパ、桃もよしよししてー!」
「あおくんもー!」
「よーし!じゃあ飯食ったら一緒に風呂入ってそん時にいっぱいよしよししてやるよ〜」
「やったー!」



宣言通り、食後に子ども達をお風呂に入れて寝室へと消えていった藍。
今日はこのままご就寝かと思ったら三十分もしないうちにまたリビングへと戻って来た。
予想外過ぎて驚きを隠せずにいると私の内心を察したらしい彼が笑いながら一度キッチンへと向かい、缶ビールと缶チューハイを手に私が座るソファへと腰を下ろした。



「珍しい」
「ん?」
「いや、大体当番明けはそのまま寝ちゃうから」
「俺だってたまには起きてきます〜、ってことでほい」
「……ん」



何となく違和感を覚えながら渡された缶チューハイを開けて軽く缶を合わせる。
呷るようにして喉へとビールを流し込む彼を見ていたら、何だか困ったような顔でこちらへと向き直る。



「藍?」
「俺さ、機捜辞めた方がいいかな」
「………………は、?」



突然何を言い出すのかと思えば。
反射的に『何、馬鹿なこと言ってんの』と口から出そうになるけれど彼の表情が冗談を言っているようには思えなくて。
寧ろ普段からヘラヘラしているがこんなことを冗談で言うような人間でないことは私が一番分かっているはずで。
大きく息を吐いた後、渡されたばかりの缶チューハイをテーブルに置いて真っすぐに彼に向き直る。



「本気で、言ってるの?」
「……割とマジ」
「理由は?」



問い詰めるような聞き方をしているのは分かっている。
ただ、そう簡単に発言していい言葉ではない。
それなりの覚悟と理由があるはずで、それを聞いて納得してからでないと私自身、先程の彼の言葉に是とも否とも答えることができない。



「俺さ、奥多摩からこっちに来てからずっと機捜じゃん?」
「そうね」
「子ども達生まれてからもずっとじゃん?」
「それは……希望してるからでしょ?」



芝浦署の第4機捜を異動してからもずっと機捜の仕事を続けていて。
それは彼自身が希望していることだから当然と言えば当然で。
何を今更言っているのか、と言いたくなるところをぐっと抑えて彼の言葉の続きを待つ。



「でもさ、こういう時に家にいられないのが桜月に悪いな、って」
「こういう時……」
「クリスマスの時もそうだったし、正月も、誕生日も。
有給は使えるけど毎回は無理だし、当番明けに絶対必ず帰って来れるって訳じゃないし」



それは今に始まったことではない。
何ならイベントの時でなくても当番明けにすぐ帰って来れることの方が少ないくらいで。
確かに子どもが生まれてから大変だと思うことはあったけれど、帰って来ないことに対して不満はない。
仕事だから、と割り切っている部分もあるけれど何より彼が機捜の仕事を家族と同じくらい大切にしていることを知っているから。



「いっつも桜月に大変な思いさせて、いっつも悪いなって思ってて。
それなら桃が小学校入るまで機捜じゃなくてちゃんと帰って来れる部署の方がいいのかなって。
そしたら桜月に大変な思いさせなくていいし、子ども達ともたくさん遊べるし」



彼の言い分は分かった。
つまるところ私の家事や育児の負担の軽減や子ども達と関わる時間など家族のことを考えて言い出したこと。
最近、珍しく何か考えごとをしているとは思っていたけれど、まさかこんなことを考えていたとは。
……さて、どうしようか。



「藍」
「ん?」
「子ども達のこととか、私のこととか、色々考えてくれてありがと」
「……ん」
「でも、機捜辞める必要はないよ」
「何で?」



どう伝えたら彼に分かってもらえるだろうか。
それを一番に考えて。
膝に置かれていた彼の手に手を重ねて一つ一つ言葉を紡いでいく。



「確かに私の他に大人の手があればいいな、って思う時はある」
「だったら……」
「でも、ハムちゃんもいるし、ゆたかくんだって色々手伝ってくれる。
それに幼稚園の預かり保育もある。
周りに全く頼れない訳じゃないし、外せないイベントの時には藍は必ず休みを取ってくれるでしょ?」
「それは、そうだけど」
「警察の異動の仕組みはよく分からないけど……一度機捜を離れて別な部署に行ったとして、また機捜に戻りたいって希望出して必ず戻れる、って保障はないでしょ?」
「それも……そうだけど」



頭ごなしに彼の考えを否定するつもりはない。
ただ、異動先も機捜を選ぶくらいに好きな仕事を辞めて……諦めてまで家族を優先して欲しいとは思わない。



「藍、随分前に言ってたの覚えてる?」
「……ん?」
「機捜は『誰かが最悪の事態になる前に止められる、ちょーいい仕事だ』って」
「ん、覚えてる」



確か奥多摩からこちらに来て初めての当番勤務が終わって帰ってきた日の夜のことだった。
あの時、そう語った彼の表情は今でも忘れられない。
藍とは長い付き合いではあるけれど、あの時の彼の顔はとても輝いていて、なかなか見られる表情ではなくて。
ようやくあるべき場所とも思えるような部署に行くことができたように感じて。



「機捜の仕事、好きなんでしょ?」
「すげー好き」
「じゃあ辞めちゃダメだよ。
好きな仕事ができるのは幸せなことだって、おじいちゃんもおばあちゃんも言ってた」
「…………」
「大丈夫、藍の仕事の為に私や子ども達が犠牲になってるなんて思ってないから」



だから大丈夫。
念を押すように手を強く握れば、俯き加減だった彼が頭を垂れた後でゆっくりと顔を上げてきた。
その表情には迷いはもう見えなくて。



「桜月」
「ん?」
「サンキューな」
「こちらこそ」
「何が?」
「考えごと苦手なのに色々考えてくれたでしょ。
だから、ありがと」
「バカにしてんな〜?」



そう言って笑った彼の表情は晴れやかで。
この表情がずっと続けばいい、なんて柄にもない考えが浮かんでいった。


*その笑顔をいつまでも*
(でもさ、しんどい時とか困った時はマジで言って)
(分かってるって……あ、そういえば……)
(何?何?!)
(ウォークインクローゼットの電気が切れちゃったんだよね、替えてくれる?
私が替えようとすると子ども達が気にして周りにいるから踏み台乗るの怖くて)
(オッケー!後は?)
(えぇー……じゃあ……)
(じゃあ?)
(ちょっと……ハグして、癒やして……ほしい、かな)
(、きゅるきゅる〜!)


fin...


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