S 最後の警官

□大丈夫
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目を背けてきた。
もしかしたら、という頭の隅の考えに見て見ないフリをして、気づかないフリをしてずっと蓋をしてきた。
それでもこれ以上放っておくこともできなくて。



「財布と、スマホと……保険証、と。
よし、行くか……」



乗り気ではないけれど出かける支度はできてしまった。
この前買った薄手のコートを羽織って玄関へ向かう。
お気に入りのモカシンを履いて気分を上げようとシューズボックスを開いたところで、玄関の鍵が外から開けられた。
この部屋の鍵を開けられるのは自分と、もう一人。



「……伊織?」
「出かけるのか」
「うん、ちょっと……病院に。あ、おかえり」
「ただいま」
「そんなに遅くならないとは思うけど、夕飯は冷蔵庫の中に入れてあるから。
お腹すいてたら先に食べてて」
「いや……」
「ん?」
「俺も行く」
「え?」



脱ぎかけた革靴を戻して、荷物を置く彼。
思いがけない言葉に手にしたモカシンを落とすところだった。



「……気づいてないようだが相当顔色が悪いぞ」
「、え……」
「その状態で一人で行かせられるか」
「大丈夫、だよ?」
「お前の大丈夫は当てにならん」



日頃の行いのせいか、何なのか。
けれどもこう言い出した彼が考えを覆して引いてくれることは、ない。
受診結果を受けてから色々と話すつもりだったけれど、この分だと先に行き先を告げておかなければ流石の彼も混乱してしまいそうだ。
シューズボックスの扉を閉め、意を決して口を開く。



「伊織、」
「どうした」
「今から、産婦人科に行くの」
「………産婦人科?」
「2ヶ月生理が、来てなくて……。
伊織は居心地悪いだろうし、大丈夫だよ?」
「馬鹿か」
「いや、だって」
「そういうことなら、尚更俺も行く」



手にしていたバッグを攫われる。
伊織の小さな優しさが、今は身に染みる。



「っ、」
「桜月」
「ごめ……」



謝れとも言ってない、と頭から抱き寄せられる。
肩口に顔を埋めれば彼の匂いに包まれて、涙腺が緩むのが分かる。

たぶん、ずっと不安だったんだ。
もしかして……と、まさか……と色々な感情が入り混じってここしばらく胸のつかえが取れなかった。
挙げ句、彼は仕事で一週間ほど帰って来なくて話をすることもできなかったので、更に悶々としていた。

でも、少し疲れたような表情でドアをくぐった彼を見て、覚悟が決まった。
ゆっくり彼の匂いを吸い込んでから、そっと体を離す。



「ありがと、伊織。もう、大丈夫」
「………」
「そんな顔しないでよ、本当に大丈夫だから」



上手く笑えているだろうか。
今更ではあるけれど、疲れている彼にこれ以上の負担はかけたくない。
改めて扉を開けようとしたら、後ろから覆い被さるようにして伸ばした手を捕まえられた。


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