S 最後の警官

□私だけしか知らない
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いつもと同じ朝。
でも、今日はお休みだからアラームはかけずにちょっと朝寝坊。
今何時だろう、とスマホを探そうとして気づいた。

……身体が動かせない。
寝てる間にベッドの隅に移動していたにしても、何でこんなに身体が動かないんだろう。

何?金縛り?
いや、それにしても目は開けられるし、指先などの身体の末端は動かせる。
ただ腕や足を含む体幹部分が動かせない。

動かせる範囲でそっと首を動かせば、身体に巻き付くように絡められた腕が見えた。
この部屋に入って来て、こんなことができるのはただ一人。
落ち着いて耳をすませば、規則正しい寝息が背後から聞こえてきた。



「……伊織?」



あぁ、何だ。そういうこと。
夜中か明け方か、私が寝ている間に帰って来て気づかない内にベッドに入っていたらしい。
たぶん彼も寝始めた時は普通に寝てたんだろうけど、無意識のうちにくっついて来たんだと思う。
普段は何を考えてるかよく分からないしツンツンしてるけど、寝ている時だけはこうして抱きついたり甘えたりしてくる。
そう考えるとなかなか可愛いところがあるよね、伊織って。

それにしても、だ。
せめて向かい合わせになりたい。
もう少し欲を言えばベッドを出てトイレに行きたい。
けれど体格の差、体力の差、腕力の差など、どう考えても私がこの腕から抜け出せる見込みはない。
でも、彼が帰って来たなら朝食をちゃんと準備したいし、そろそろ身体も痛くなってきた。

何とか彼を起こさないように少しずつ身体をずらして、ようやく仰向けになれた。
さて、ここからどうしよう。
上に行く?いや、これはたぶん下に行く方が抜けやすい、はず。



「……何、してる」



寝起きの掠れた声が鼓膜を震わせた。
頭だけ動かせば、まだかなり眠そうな彼の顔が目に入る。
しまった、基本的に神経が鋭い人だった。
これくらいでも起きてしまうことくらい予想はできていたのに。



「ごめん……起こした、よね?」
「いや……」



いや、なんて言いながらも相当眠そうで。
申し訳ないことしたな、とは思う。
でも、目を覚ましたついでに身体の向きを変えて完全に伊織と向き合う形になる。
ようやく真正面から顔が見られた。
前回顔を見たのは一週間前のはず。
この一週間で少し、寠れただろうか。
寝不足は間違いないようで、目の下にはクマができている。

仕事柄、仕方がないとは言えもう少し自分の身体を大切にしてほしいもので。
ただ、そんなことを言ったところで彼の信念は曲げられない。
それならばこの部屋に帰ってきた時だけでも私が彼を労わってあげよう。
そう思うようになったのはいつの頃からだったか。



「伊織?おはよう」
「……あぁ」
「ご飯、作るね」
「………あぁ」



まだ夢うつつの状態なんだろう。
声に覇気がない。
それならばもう少し寝かせておいて、その間に朝食の準備をしよう。
あぁ、こんなことなら昨日のうちにもっとしっかり買い物をしておけば良かった。

そんなこと考えながら身体を起こせば、急に腕を引かれてベッドへ逆戻り。
勢いはなかったので身体への衝撃はほとんどなかったけれど、思いもしない彼の行動に別な衝撃を受けている。



「えーと……伊織?」
「あぁ……」



…………あ、これは珍しく寝ぼけてる。
反応はあるけど、後で聞いてもたぶん内容覚えてない状態。
今回の任務は余程ハードだったんだと推察。このまま寝かせておいた方が良さそうだとは思うけど、私は解放してもらいたい。

……なんて思ってたら軽く身動いだ伊織に抱き寄せられて、肩口に彼が顔を埋めてきた。
そしてすりすりっ、とすり寄ってくる。

わぉ…………超レア。
彼がこんな風に甘えてくるなんて滅多なことがない限り、有り得ない。
まさに今がその『滅多なことがあった』状態なんだろうけど、相当お疲れなのか精神的に参っているか。
どちらにしても、癒しを求めていることには違いない。

私としてはしっかり食事を摂ってコンディションを整えて欲しいとも思うけれど、彼としては睡眠を優先させたいのだと思う。
それなら彼の疲れが取れるまで付き合おうじゃないか。

…………それにしても、



「可愛い……」



滅多にない、こんな姿。
いつもはツンツンしてるクセに、眠っている時だけ惜しげもなく無防備な姿をさらけ出す、なんて。
こんな姿が見られるのは私だけの特権、だよね?



「お疲れ様、伊織」



二人でくっついて眠る、何てことない光景がこんなにも愛おしい。
知らない人からすれば、そんな当たり前のこと、と言われるかもしれないけれど任務が始まれば何日も帰って来ない彼の仕事を考えれば、こうして一緒に眠るのは当たり前ではない。
怪我なく、この部屋に帰って来てくれた。
それだけで十分。

あとどのくらい眠るのかは分からないけれど、彼の身体が満足するくらいまで付き合おう。
そっと抱き締め返せば背中に回った腕に力が込められた気がした。


*私だけしか知らない*
(………?)
(んー……あ、伊織おはよ)
(何だ、この状態は)
(あはは、やっぱり覚えてない。自分から抱きつきに来たんだよ〜?)
(……そうか)
(あれ、否定しない?)
(お前に……桜月に触れたいと思っていたのは事実だからな)
(もー……伊織、好きっ)


fin...


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