S 最後の警官

□終止符
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「ただいまー……って、ゆづる?と、高宮さん?」
「一號〜!蘇我さん呼んであげて〜!」



仕事を終えた神御蔵さんが帰って来た頃にはすっかり出来上がってしまったゆづると、二人のやり取りを半分寝ながら聞いていた私。
『しょうがねーなぁ』と言って電話をかける神御蔵さんの声を聞きながら、襲い来る睡魔に抗えず心地良い眠りに落ちていくのが分かった。











「……ぃ、おい、起きろ」
「んん〜……なによ、ねむい……」



人がせっかく気持ち良く眠っているのに、肩を揺さぶるこの声は。
不承不承、薄目を開ければ見慣れた幼馴染の顔。
不機嫌そうな、という冠言葉がぴったり。



「帰るぞ」
「やーだー」
「桜月、店の迷惑だ」
「んん〜……おんぶ〜」



深い溜め息の後で『早くしろ』としゃがみ込んで背中を向ける伊織。
わざと勢いよく飛び乗るけれど、それくらいではびくともしない彼はすんなり立ち上がって『ご迷惑をおかけしました』と花さんに向かって礼儀正しく挨拶をしている。



「ゆづるー、またねー!
花さーん!お邪魔しましたー!」
「煩い、人の背中で騒ぐな」
「神御蔵さーん、おやすみなさーい!」



迷惑そうに溜め息を吐くけれど、何だかんだ言いながらもこうして迎えに来てくれる辺り、私の幼馴染は優しい。

物心つく前から隣にいて、それが当たり前で。
彼のことを異性として好きだと気づいたのはいつのことだったか……少なくとも彼が警察官として職務に当たるようになった時にはもうこの感情は芽生えていた。
それでもずっとこの気持ちには蓋をしていて。

彼の歩調に揺られて、眠くなってきた。
けれど眠ってしまうのは何だか勿体なくて。



「ねー……伊織ー……」
「何だ、酔っ払い」
「何でもなーい!」
「なら黙れ」



今なら酔っ払いの戯言として聞いてくれるだろうか。
少なくとも今の私は正しい判断ができないくらいには酔っぱらっているのは間違いない。
きっと、彼だってそう思ってくれる、はず。



「ねぇ、伊織ー?」
「だから、何だ」
「私ねー、この前告白されたんだー?」
「……物好きもいたもんだな」
「言い方言い方〜」



一瞬の間の後で、少し嘲るようにして笑った、気がした。
そうか、そんな反応か。
少し分かってはいたけれど、何となく寂しい。
彼にとって私は手のかかる幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもない。



「……そいつと、付き合うのか?」
「んー?ないない、職場恋愛めんどくさい。
それに私、伊織のこと好きだもん」



これまで同じペースで歩いていた彼が急にピタリ、と動きを止めた。
変なことは言っていない、事実を述べたまで。
意地悪なことを言う彼へのささやかな仕返し。

深く、長い溜め息の後で、ゆっくりと背中から下ろされた。



「……知ってる」
「え?」



前を向いたまま、ぽつりと呟いた彼の言葉は私の耳まで届かなくて。
足元がふわふわする感覚のまま幼馴染の前まで回って出てみれば、覚束ない足取りになってしまい、思わずよろけてしまう。
明日休みとはいえ流石に飲み過ぎたなーと思っていたら、伊織に腕を掴まれた。



「酔っ払い」
「酔っ払いでーす」
「酔った勢いで好きだとか口にするな」
「ふふふー、伊織好きー。
あ、ライクじゃなくてラブですよ〜?L·O·V·Eのラブですよ〜」



この際、勢いのままに言ってしまえ。
アルコールのお陰でいい感じに口が滑らかになっている。
20年以上積み重ねてきた、この想いを。



「嘘じゃないよー?ずーっと好き、伊織が好きー」
「だから、知ってる」
「ホントに分かってるー?」



ラブですよ、ラブと手でハートを作って彼の目の前に差し出せば、ぺしっとその手を払いのけられる。
ひどいじゃないか、幼馴染よ。



「伊織ー?」
「………はぁ、」



今日何度目かの溜め息の後、後頭部を押さえられた。
と、思ったら唇に柔らかな感触。
そして視界いっぱいの幼馴染の顔。



「……酒臭い」
「え、」



離れていった温もりと共に吐き出されたのは、ムードもへったくれもない言葉。
………今、ちゅー、された?



「お前こそ、いい加減気づけ」
「何が……?」
「いくら幼馴染でも、面倒な絡み方をする酔っ払いを迎えに来たり、夜中にコンビニスイーツ買いに行ったり……そんなことに毎回付き合えるか」
「伊織?」



頭が、
足元が、
ふわふわする。
聞き慣れた、心地の良い声が鼓膜を揺さぶる。

ただ、未だに状況を飲み込めない。
何でちゅーしたの?



「こんなこと、お前以外にはしない。
お前が、桜月が………好きだ」
「……すき?」
「そうだと言ってる」
「伊織が?私を?ホントに?」
「しつこい」



帰るぞ、と私の腕を掴んだまま歩き出した彼の半歩後ろを半ば引きずられるように歩く。
ふと見上げれば、夜目にも分かるほど赤い、耳と首。



「伊織〜……」
「……何だ」
「耳、真っ赤。首も」
「…………煩い、黙れ」



ぶっきらぼうな言い方は人が聞けば冷たく感じるかもしれない。
けれど、付き合いの長さだけは誰にも負けない私には分かる。



「ねーねー、伊織ー。照れないでよー」
「煩い」
「ふ、ひひひ……」
「気持ち悪い」



今のは割と本気で言ってる、ひどい。

頬がゆるゆるになるのが止められない。
ずっと隣にいられればいいと、そう思っていた。
けれど、こうして互いの想いが通じ合った今……もっと、もっとと求めてしまう。
何て強欲なんだろう。



「いーおりっ!」
「しがみつくな、歩きにくい」



掴まれていた腕とは逆の腕で彼の腕に抱きつけば、迷惑そうな声が降ってくる。
それでも振り払われることはなくて。



「ねぇ、伊織」
「………何だ」
「改めまして、よろしくね?」



ふん、と満足そうな彼にまた一層頬が緩むのが分かった。


*幼馴染という関係に終止符*
(この道、私の部屋の方じゃないよ?)
(そうだな)
(伊織の部屋行くの?泊まっていいの?)
(嫌なら部屋まで送る)
(行く!泊まる!伊織の部屋久しぶり〜)
(…………お前、分かってないな)
(何が?)
(これまで散々我慢させられた分、覚悟しておけよ)


fin...


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