S 最後の警官

□全ては君のせい
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「ただいまー、伊織ー。ねーねー、伊織伊織ー」
「煩い、酔っ払い」
「愛しの彼女にそういうこと言う〜?」



帰宅すれば部屋の中は暗く、誰もいないことを物語っていた。
そういえば今日は飲み会だと言っていたな、カレンダーに書かれた予定を見ながらそんなことを思い出す。
着替えをしていれば、普段以上に賑やかしい彼女が帰宅。
身なりを整えて寝室を出れば待ち受けていたらしい彼女に抱きつかれた。



「伊織〜?ふふふ〜、ぎゅー」
「……動きにくい」



今日は相当飲んだようで、足元も覚束ない様子。
明日は元々休みだと言っていたから随分と羽目を外したらしい。
これは相手にしないのが得策。
昨夜か今朝に彼女が用意してくれていた食事を温める為、キッチンへ向かおうとするが、腰に引っ付いたままの彼女のお陰で身動きが取れない。



「桜月」
「んー?」
「離せ、俺はまだ食べていない」
「やだ、ぎゅーってして」
「………座って待ってろ」



仕方なしに脇に抱えてソファに転がす。
不満の声を上げているが、相手にするだけ時間の無駄。
電子レンジで温めた後でテーブルにつけば、ソファから下りてのそのそと這ってきた彼女が膝の上に座ってくる。
何なんだ、今日は。



「おい」
「はい、あーん。食べさせてあげる〜」
「止めろ、酔っ払い」
「ぶー」



彼女の手から箸を取り返せば子どものように膨れる。
元々絡み上戸ではあるが、今日はいつにも増して酷い。
こういう時は相手にしないに限る。
手を合わせてから食事を始めれば『遠慮しなくていいのに〜』と的外れな発言。
遠慮は、していない。
食べにくいので下ろそうと思ったが、この調子だとまたすぐに乗ってくる。
無駄な抵抗だと考えて、せめて箸を持つ側の手だけでも動かしやすいように膝の上の桜月を横向きに座り直させる。



「ねー、伊織ー」
「…………」
「今日飲み会だったんだけどさー?」
「知ってる」
「そこで言われたんだよ〜」



こちらが返事をしなくてもひたすらに話し続ける桜月。
あれこれ脱線はするものの、つまるところなかなか帰れない俺の話で盛り上がり、『大事にされていない』だとか『他にもっと良い相手がいる』だとか好き放題に言われたらしい。
飲み会の席でのそんな話なんて真に受けなければいいもの。
それでも全て耳に入れてモヤモヤして、つい酒の量もペースも普段よりも多く、早くなって今に至る、という3分もかからずに終わる内容を10分以上かけてぐだぐだと話していた。



「帰って来ないのは〜……仕事頑張ってるってことだし、別にそれで大事にされてないとか思ってないし」
「…………」
「確かに無愛想だし、滅多に笑わないし、何考えてるか分かんないけどさー?」
「おい」



コイツ、本当に酔ってるのか?
酔ったフリをしているんじゃないかと少し疑わしい。
……いや、酔っていなかったらこんなに堂々と短所を挙げることはない。
これも気にすることはない、酔っ払いの戯言だ。



「実は優しいし、ちゃーんと私のこと見てて弱ってる時は慰めてくれるし、こうやって甘えさせてくれるし、仕事に命懸けてる姿はめちゃめちゃカッコいいし、でも意外と寝起きは甘えたさんだし……」



耳に入れるつもりがなくても入って来る彼女の言葉。
本当に、コイツは。



「下りろ」
「やーだー」
「皿を下げる…………終わったらまた座っていい」
「ふふふー、伊織大好き〜」



彼女を抱えてソファまで連れて行ってから食器を下げる。
この分だと先に皿を洗ってしまった方がいいだろう。
その間に風呂を沸かして、ソファでゴロゴロしている酔っ払いを入れてしまえば少しは酔いも覚めるはず。
そう考えてリビングを出れば背後を付いてくる気配。



「一人で行っちゃダメー」
「……風呂を沸かすだけだ」
「それでもダメ」



…………今日は非常に面倒臭い。
これ程までに面倒な絡み方をされたことが今まであっただろうか。
思わず溜め息が漏れた。
普段ならこれで引くが、今日は逆に左手の小指を掴まれて睨みつけられる。



「何だ」
「早くぎゅーってして」
「……分かったから、一度離せ」



すんなり離したかと思えば、風呂のスイッチを入れるとまた小指を掴まれた。
早く早く、と引っ張られてソファへ座らされる。
また膝の上に乗るかと思いきや、今度は隣に座って横から抱きつき頭をぐりぐりと押し付けてくる。
仕方なしに頭を撫でてやれば、満足そうに笑う声が聞こえる。



「んんー……ねむい」
「寝るな、風呂に入れ」
「伊織がちゅーしてくれたら寝ないー」



支えを無くしたようにずり落ちていく桜月。
今度は膝に上半身を乗せて寝る体勢を取ろうとしている。
このまま寝られては本当に身動きが取れなくなる。
仕方なく頬に口付ければ、また気持ちの悪い笑いを漏らして起き上がる彼女。



「伊織がちゅーしてくれた〜」
「しろと言ったのはお前だ」
「ふふふー、でもやだ。こっちがいい」



こっち、と指差すのは自身の唇。
溜め息を吐いた後でそのまま唇を重ねれば、鼻腔に届く酒の匂い。
どれだけ飲んだんだ、コイツ。



「ねー……伊織〜?」
「何だ」
「なーに考えてるの?」
「酒臭い」
「お酒いっぱい飲んだもーん」



もう一回〜とせがむ彼女。
後頭部を引き寄せて今度は少し長く、深い口付け。

軽く唇を吸った後でゆっくりと離せば、息苦しさからか吐息を漏らす桜月。
それがやけに扇情的で、



「……お前が悪い」
「、え?」



酒のせいでいつも以上に頭が回っていない彼女をそのままソファへ押し倒した。


*全ては君のせい*
(も、無理っ……)
(そうか)
(そう、かって……)
(生憎俺はまだだ……酔い覚めたか?)
(お陰様でっ……!)
(なら大丈夫だな)
(大丈夫じゃない〜っ)


fin...


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