S 最後の警官

□不安材料
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私の彼は無愛想だ。
何を考えているか分からない。
仕事柄なのか感情をあまり表に出さないし、ご飯作っても感想どころか美味しいとも不味いとも言わない。
一応付き合ってはいるのだから少なからず好意を持たれているとは思うけど、如何せん言葉も態度も何もかもが足りない。
……たまに爆発して突然キスされたり、それ以上の行為に及んだり、ということはあるものの頻度が少なくて実際どう思っているのか不明。

扱き下ろすつもりはないけれど、元々仕事人間で帰宅することすら少ない彼。
どうにも不安の種は消えないもので。
彼から送られてきた『今から帰る』という端的なメールを眺めながら、胸の奥がチリチリ焦げ付く感じが止められない。



「おかえり、伊織」
「……ただいま」
「ご飯は?」
「まだだ」
「じゃあ温めるから、着替えておいでよ」
「……あぁ」



顔を見るのは3日ぶりだろうか。
……何だか顔を見たら安心と同時に、彼がどう思っているのか急に知りたくなって。


































「ねぇ、伊織?」
「何だ」
「昨日ね、隣の課の人に告白された」
「…………」
「この前まで色んな課と合同でやってたプロジェクトで一緒だった人でね。
昨日、プロジェクト成功の打ち上げの飲み会があったの。
飲み会終わってから『良かったら付き合って欲しい』って」



食事中に話すことじゃないよなー、と思いながらも一息に伝えれば箸が止まり、テーブルの中央辺りを見つめている彼の姿。
何を考えているのだろうか。
表情からは全く読み取れない。



「勿論断ったよ?付き合ってる人がいるからって」
「………そうか」



ぽつりと呟くように一言だけ発した彼の手が再び動き出す。
………読めない、本当に分からない。

彼の中に嫉妬という感情はあるのだろうか。
少なくとも現時点において、そういう感情は全く見受けられない。
何が一番効果的なんだろう。



「そういえば、一號くんに今度一緒に出かけようって誘われて」
「神御蔵が?」



……流石にこれは食い付きが良い。
前に炬燵が欲しいという話から一號くんのところの炬燵に入りに行こうかなと言ったら、そうするくらいなら炬燵を買ってもいいと言われた記憶がある。
案外、一號くんのことは気にかけているのかもしれない。



「そうそう、何か買い物付き合って欲しいって言われたんだよね」



これは事実。
もうすぐでゆづるちゃんの誕生日だから、プレゼント選びに付き合って欲しいという連絡が入っていて。
それなら私も彼と被らないものでプレゼントを考えようと、お互いの休みが重なった日に出かける約束をしたのは一昨日のこと。
いつもどこかに出かける時は伊織に伝えているけれど、約束の日にちはまだ先だったし、メールで連絡するような内容でもなかったので帰宅した今日、伝える形になった。



「ご馳走さま………出てくる」
「えっ、仕事?」
「……いや、神御蔵のところだ」
「一號くん?」



私の話を聞きながら食事を進めていた彼が、手を合わせて食事終わりの挨拶をした。
食器を下げたと思ったら、コートを手に玄関へ向かって行く。
慌てて後を追えば、意外な行き先を告げられて首を傾げる。
せっかく行くなら私も付いて行ってプレゼントを何にするか相談しようかな、なんて能天気に考えていたら、掌をこちらに向けて動きを制された。



「伊織、?」
「桜月……お前は、来るな」
「え、何でよ」



幼馴染の家に行くのを止められるとは思っておらず、ちょっと間抜けな顔になってしまったのが自分でも分かる。
バツの悪そうな顔をした後で顔を反らした彼が、またしてもぽつりと呟いた。



「……二人で出かけるのは止めろ」
「伊織?」
「いくら幼馴染でも、奴は男だ」
「それは、そうだけど……」



一號くんが男なのは言われなくても分かっている。
よく男女の友情は成立しないと言われているけれど。
口には出さないものの彼の想い人はゆづるちゃんで、私には伊織という彼氏がいる訳で彼と私の間に何か間違いが起こるとも思えないし、まずもって有り得ない。



「神御蔵にも話をつけてくる」
「伊織……もしかして、ヤキモチ妬いてる?」
「……………煩い」



悪態はつくけれど、否定はされない。
話の流れで当初の目的を若干忘れていたけれど、そういえばこの話、彼にヤキモチを妬いてもらうために持ち出したこと。
サラッと流されるかと思っていたら思いの外、というかここまで反応されるとは思っていなかった。

仕事で疲れて帰って来たにも関わらず、しかも夜遅いというのに幼馴染の家まで行くという。



「………ふふふ、」
「何だ」
「いや、ごめんね。一號くんと出かけるの、ゆづるちゃんの誕生日プレゼント選びに行くんだ」
「…………」
「だから別にデートとかじゃないし、伊織がいるから一號くんとはそういうの絶対にないし」



ごめんね?ともう一度謝りながら指先を絡めれば、深い溜め息の後でコートを定位置に戻した伊織に抱き寄せられる。



「伊織?」
「………」
「いーおり?伊織さーん?」



ちょっとつつき過ぎたかな。
すっかり黙り込んでしまった彼に声をかけるけれど、反応がない。

そっと背中に腕を回してぽんぽんと叩くように撫でれば、抱き締められる腕に更に力が込められた。



「、別に」
「ん?」



ぽつりと、小さく呟かれた言葉は耳に届かなくて。
私の肩口に顔を埋めた彼の頭にそっと頭を乗せて、微かな声を聞き取ろうとする。



「会社の人間に……告白されたとか、食事に行ったとかは別に気に留めない」
「……そう、なんだ?」



ハッキリと言い切られた。
それはそれでちょっと切ない。
いや、信用されているとポジティブに捉えよう。



「だが、」
「うん……?」
「神御蔵は別だ」
「何、で……?」
「……アイツとは、積み重ねてきたものがあるだろう」
「ん?」



言葉の意図を図りかねて、疑問符を浮かべれば伊織がゆっくりと顔を上げて視線がようやく絡まる。



「信用していない訳ではない。
、が……棟方さんもそうだが、お前と神御蔵の間の空気はやはり他の人間とは違う」
「そう?」
「人の関係は付き合いの長さで決まるものではないし、神御蔵との間に何かあるとは思ってない」
「まぁ……有り得ないよね」
「それでも、」



そこで区切って言葉を止め、また私の肩口に顔を埋めた伊織。
たまに不安になる、と聞こえてきたのは意外な言葉。
そうか、理由は違うにしても不安を抱えていたのは同じだったのか。



「ね、伊織?」
「……何だ」
「一號くんと買い物行く日、伊織も一緒に行こ?」
「は、?」
「伊織も一緒に買い物行こうよ。そしたら何も心配ないでしょ?」
「……そう、だな」



彼の返事に満足して改めて抱きつけば思いの外、強い力で抱き締め返された。
何だ、ベクトルは違うにしても不安なのは同じだったのか。
それならこうして時々気持ちを確かめ合って、その度に不安を解消していけばいい。
それが何よりも大切なことだと思うから。


*不安材料*
(伊織?)
(何だ)
(だーいすき)
(……知ってる)
(ブブー、10点でーす)
(何がだ)
(そこは『俺も好きだ』とか『俺は愛してる』とか言うところ〜)
(…………はぁ)


fin...


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