S 最後の警官

□Trick or Treat?
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これから帰る、といつものメールを送ればすぐに『まんぷく食堂にいるよ』と返信が来た。
これは迎えに来い、ということなんだろう。
あまり気は乗らないが一人で夜道を歩かせる訳にもいかない。
小さく息を吐いてから自宅と逆方向へと足を向けた。



「蘇我、お疲れ〜」
「絡むな」
「そう言うなって〜、どうせ同じ方向に行くんだしさ」
「……何故知っている」
「ゆづると母ちゃんから桜月が来てるってメール入ってたんだよ」



迎えに行くんだろ?と言いながら肩を並べてくる神御蔵。
面倒な奴と一緒になってしまった。
方向が同じなのは今日ばかりは仕方がないが、自分でも眉間が寄るのが分かる。
会話は最小限にして目的地へ向かえば、以前来た時とは趣が異なる。
というよりはシーズンに合わせた装飾が施されている。



「母ちゃんが楽しみにしてろ、って言ってたのこれか〜」
「…………」



嫌な予感がする。
こういう時の嫌な感じは当たって欲しくないのに大概当たってしまうのが常で。
『ただいま〜』と暖簾をくぐる神御蔵の後に続いて店内に入れば、食欲を擽るいい香りと聞き慣れた声の聞き慣れない台詞。



「いらっしゃいませ〜……あ、伊織と一號くん。おかえり〜」
「おかえり、一號。蘇我さんはいらっしゃい」
「……どうも」
「何だよ、その格好〜」
「ハロウィンだからって花さんが準備してくれたんだよ〜」



本当は桜月ちゃんがメイドでゆづるちゃんがシスターのつもりだったんだけどね!とカウンターの向こうから神御蔵の母親が付け足してきた。
目の前まで来た桜月の姿はシスター風の衣装、所謂コスプレ姿。
似合っていないとは言わないが、昨今のハロウィンの流れに乗り過ぎではないだろうか。



「ゆづちゃんの着てるメイドでも良かったんだけど、伊織怒るかなって」
「………怒りはしない、すぐに着替えさせるがな」
「それ、怒ってるって言うと思うんだけど」



視界の端にいる棟方さんのメイド服、正直丈が短い。
あの神御蔵ですら『どうにかなんねーの?』と苦言を呈している。
ゆづちゃんも渋ってたんだけどジャンケンして譲ってもらったんだ〜、と笑う桜月。
もしジャンケンで負けたらあの格好だったと思うと頭が痛くなる。



「……伊織?」
「何だ」
「怒ってる……?」
「今のところ怒る理由はない」
「ん、じゃあ帰ろっか」
「何だよ、もう帰んの?」



いつの間にか棟方さんを食堂の奥へ、おそらく自宅へと追いやった神御蔵がこちらへ戻ってきた。
帽子……いや、ベールのような被り物を外した桜月が髪の毛を手櫛で整えながら神御蔵に笑いかける。



「ん、元々伊織が来るまでのつもりだったし花さんもそれでいいよって言ってくれてたし」
「そっか〜、じゃあまた今度飯食いに来いよ」
「いや、最近は結構来てるんだけどね。一號くんがいないだけで」
「マジかよ、お袋全然教えてくれねーし」
「はいはい、また今度ね」



お邪魔しましたー、とそのままの服装で出て行く桜月。
着替えはしないのかと問えば、遅くなるからいいと言う。
店内ならいいが、流石に一般道を歩くには目立つだろう。
一度決めたことは曲げない、変なところで頑固なところがあるコイツを店内に戻すのは骨が折れそうだと判断して着ていた薄手の上着を肩に掛ける。



「これ、見た目より寒くないよ?」
「いいから着てろ。その格好のやつと並んで歩きたくない」
「酷い言い様だなぁ……」



苦笑いを浮かべながらも素直に袖を通すだけまだマシと思うことにする。
着替え、というより着ていた服が入っているであろう紙袋を手から奪う。
一瞬驚いた表情をした後で嬉しそうに笑った桜月が飛びつくように腕に絡まってきた。



「何だ、歩きにくい」
「んー?優しい彼氏を持って幸せだなーって思っただけでーす」
「絡むな、真っ直ぐ歩け」
「離れろって言わないの?」
「……言っても離れないのは知ってる」
「離れて欲しくないくせに〜」
「黙れ」



顔を見なくてもニヤニヤしているのが分かる。
まだ神御蔵を相手にしていた方がマシだと思うくらい、コイツの相手は調子が狂う。
それでも……それが心地良いとさえ思うのは、認めたくはないが惚れた弱みというべきか。



「……伊織、怒った?ごめんね?」
「別に、怒ってない。自分に非がなくても謝るのはお前の悪い癖だな」



黙った俺を見て不安になったのか絡みついていた腕を解いて、顔を覗き込んでくる。
そう、すぐに謝るのは彼女の悪い癖。
例え俺に非があったとしても『ごめん』と先に謝るのは彼女の方。
それは止めろと何度伝えれば分かってくれるのか。



「ほら、入れ」
「……ん」



先程までのテンションはどこへ行ったのか。
部屋の鍵を開けてすっかりしょげてしまった桜月を中へと押し込む。
後ろ手に施錠すれば、勢い良く胸元に飛び込んできた。
突然のことに飛び込んできた身体を支えながらも少しよろめく。



「……おい」
「トリック・オア・トリート!」
「……は?」
「だから、トリック・オア・トリート!お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ?」
「…………今の状況で俺が持っていると思うか?」
「じゃあ、悪戯ね?」



テンションの浮き沈みについていけずにいればネクタイを引っ張られて、ふわりと桜月の香りが鼻を擽る。
次いで唇に柔らかな感触。



「ふふふ、悪戯成功?」



つい先程までしょげていたのは演技だったのか。
まるで子どものように笑う桜月をもう一度引き寄せて、耳元で彼女から受け取った言葉をそっくりそのまま返す。



「Trick or Treat?」
「………え?」
「菓子がないなら悪戯してもいいんだったな」
「え、いや、伊織さん?ちょっと目が怖いです。っていうか何かオーラも怖いです」
「禁を破ったシスター、というのも悪くないな」
「待って待って。伊織、何気にノリノリじゃない?」
「気にするな、元はと言えばお前から仕掛けてきたことだ」



広くもない玄関でジリジリと後ろに下がっていくが、すぐに壁にぶち当たる。
壁に手をついて覚悟しろよ、と噛み付くように口づけを落とせば、合間にお手柔らかにお願いします、と呟く桜月に僅かに口角が上がったのが自分でも分かった。


*Trick or Treat?*
(……お腹すいた)
(そうだな)
(腰が立たない)
(そうか)
(もう無理って言ったのに……!)
(……悪い)
(もー……お腹すいた!)
(コンビニ行ってくる)
(アイスもね!トリック・オア・トリート!)
(お前も懲りないな)


fin...


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