S 最後の警官

□二人で過ごすこと
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「♫きっと君は来ない〜ひとりきりのクリスマスイブ〜今日はクリスマスだけど〜」



なんて歌ってみたところで誰に聞かせる訳でもない。
今日はクリスマス。
そして何故か部屋に一人。

……何故か、ということもない。
一緒に暮らしている彼とのクリスマスは一昨日終わって、友達とは昨日集まってパーティーを開いた。
だから今日はもう何の変哲もない金曜日の夜、時刻は20時を回ったところ。
クリスマスイブイブに彼からプレゼントされたもこもこのルームウェアを身に纏い、ようやく買う許可をもらった炬燵に入ってココアを啜る。
あぁ、もうこのまま動きたくない。



「……眠い、」



コタツムリの自覚はある。
炬燵で寝るな、と購入前に釘を刺されたけれど炬燵の魔力に打ち勝てる人間などいるのだろうか。
否、いるはずがない。

せめて歯みがきしないとな、なんて思っているうちに睡魔に襲われて意識を微睡みに溶かしてしまいそう。

その時、



「炬燵で寝るなと言っただろ」
「………伊織、?」
「だから炬燵置くのは反対だったんだ」
「え、何で?仕事は?」



帰って来ないと思っていた人が現れて、一瞬夢かと思ったけれど。
夢にしてはやけにリアルで、そんなことを考えていたら頬を軽く抓られて急に眠気が吹き飛んだ。
炬燵から飛び出して寝室に着替えに向かった彼の後を追えば、ジャケットを脱いで溜め息を吐いている伊織の姿。
どうやらお疲れのようだ。



「おかえり、お疲れ様……?」
「……あぁ」
「帰って来れないと思ってた」
「逆に任務のないクリスマスくらい早く帰る、という空気でな」
「そう、なんだ」
「SAT隊員にも家族がいるからな」
「そうだよね……」



油断していた。
任務となればクリスマスもお正月も誕生日さえも存在しない特殊部隊に所属していて、まさかこんなイベント日に帰って来られるなんて。
これまでこういう日に一緒にいられたことがなかったから何だか急にソワソワしてしまう。



「帰って来るって分かってたら、ちゃんとしたご飯作ってたのに」
「一昨日やったから気にしなくていい」
「でもクリスマス当日なのに」
「別に構わん」



とりあえず用意しておいた夕飯を温めようとキッチンへ向かおうとすれば、腕を掴まれて引き止められた。
予想外の行動に驚きを隠せない。



「い、伊織?」
「……やはり、手触りがいいな」
「え?あ、これ?うん、着心地良いよ」
「そうか」



プレゼントされたルームウェアに袖を通したのは今日が初めてで、当然伊織の前で着用するのも初めて。
貰った時も思ったけれど、これを伊織が選んで買ってくれた姿を想像するとちょっとニヤケる。



「あの……伊織さん?ご飯は、?」
「済ませてきた。ちょっと来い」
「えっ?」



購入を反対されていた炬燵に逆戻り。
流石に彼が帰って来た状況で眠ることはないけれど、炬燵を毛嫌いしているかのような反応だったのにどうしたのだろう。
そんなことを考えていたら、私の背後に座った伊織が背中に身体を預けてきた。
身体を預けるというよりは後ろからぎゅうぎゅうに抱き締められている、らしい。
姿は見えないけれど、お腹に腕が回されたのが分かる。



「え、ちょっと……伊織?」
「……いいもんだな」
「え?」



口を開いた彼がぽつり、ぽつりと話し始めた。

これまでこういうイベントの日に帰って来た試しがなかったけれど、今日帰って来て思った。
何げない日常の延長だと思っていたが、やはりこうして一緒にいられるのは悪くない、と。



「伊織……」
「これから先、こうして一緒に過ごせるとは限らない」
「それは知ってる、よ?」
「……だが、今日のように帰って来られるなら、出来るだけ帰るようにする」
「ありがと……でも、無理はしないでね」
「あぁ……」



私としてはクリスマスに帰って来てくれただけで十分なのだが、彼がそう思ってくれたと分かってどうにも頬が緩むのが止められない。
顔が見えない状態で良かった。



「ねぇ、伊織?」
「何だ」
「シャンパン飲もうよ」
「……シャンパン」



そんなもの買ったのか、と言外に言われた気がした。
まぁ……いつ帰って来るか分からない伊織を待つか、一人で飲むか確かに悩んだけれど流石に一人で飲む確率が高い物を買うことはしない。



「昨日、友達と集まったってメールしたでしょ?ゆづるちゃんも一緒でね。
帰りにまんぷくに寄ったら花さんが『うちじゃ飲まないから』ってくれた」
「……そうか」
「冷やしてあるから、グラスと一緒に取ってくるね」
「あぁ……」



返事はあるもののお腹に回された腕から解放される気配はない。
さて、これはちょっと困った。
まさか寝てる?と思ったけれど、そういう訳でもなさそうで。
そっと様子を窺おうと身体を捩じろうとすれば、回された腕に更に力が込められる。



「伊織……?」
「桜月」
「っ、はい」



不意に名前を呼ばれて思わず返事をすれば、ふっと彼が笑った感じがした。
そしてゆっくり腕の力が緩められる。
これは、動いていいということ、?
いや、たぶん、



「……伊織?」



向きを変えて彼と向き合うように座り直せば、再び身体に回される腕。
そっと頭に手が乗せられてゆっくりと彼との距離が近くなる。
唇が触れ合う直前に、



「メリークリスマス」



と彼が小さく呟くのが聞こえた。
あぁ、何て愛おしい聖なる夜。



「……甘い、な」
「え、あ……ココア飲んでたから?」
「お前は何処も彼処も甘い」
「っ、」



唇が離れて至近距離で吐き出すように言われた言葉。
理由はただ一つと思って口にすれば、溜め息混じりに唇に舌を這わされる。
不意の行動に思わず身を引けば、腰に回された腕によって制される。
あ、これは……と気づいた時には既に遅し。
目の前の瞳にゆらゆらと情欲の炎が灯っているのが分かる。



「い、伊織?シャンパン飲もうよ、シャンパン」
「後でいい」
「あ、そうそう。会社で貰ったケーキがあるんだけど」
「今はいい、お前がいい」
「っ、それ狡い……」
「何とでも言え」



言いかけた言葉は彼の唇によって全て奪い取られた。
明日は休みだからいいな、という誰に了解を取る訳でもない呟きは照明を落とされた室内に溶けていった。


*二人で過ごすこと*
(ケーキ……シャンパン……)
(……今から出すか)
(もう日付変わってるじゃない……!)
(寝るまで今日だ)
(何、突然の謎理論)
(前にお前が言ったことだ。だからまだ25日だろう)
(…………準備します)


fin...


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