S 最後の警官

□温もりを君と
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帰宅途中、マンションが近づくにつれて街灯が消えているところが増え、マンションの前に着けば建物全体が真っ暗で。
エレベーターも使えず階段で自室の階まで上がる。
玄関を開ければ当然のように室内も真っ暗で、この辺り一帯が停電だということが分かる。
いつから停電になっていたのだろうか。
室内にいつもの温かさはなく、ひんやりとしている。

寒がりな彼女はおそらくこの温度に耐え切れないはず。
暗い室内を進み、寝室のドアを開ければぼんやりとした部屋の輪郭の中、不自然に盛り上がったベッドが目に入る。
上着と荷物を片付けて着替えを済ませてから、布団の中に潜り込んでいるであろう桜月に声をかける。



「桜月」
「伊織、おかえり〜」



くぐもった声で返事があった、と思えば顔だけを出してきた。
予想通り過ぎる反応に小さな溜め息が漏れる。



「……停電か?」
「うん、私が帰ってきた時にはもう電気点かなかったよ」
「そうか」



彼女の状態も納得。
寒い今の季節、暖房の類が使えないとなると彼女の動きにはかなりの制限がかかる。
逆に暖房器具の中でも炬燵を購入した際もかなり活動が停滞していたが、最近はだいぶ落ち着いてきていたように思う。



「外寒かったでしょ」
「……俺よりお前の方が寒そうに見えるがな」
「うぅ……今の季節、暖房使えないとか無理……」



元々寒がりな彼女のことだ。
帰って来て暖房がつかなかった時は絶望にも似た感情を覚えただろう。
電気が使えないなら食事も外で済ませるかデリバリーを頼むべきところだが、今の状態の彼女をベッドから引きずり出すのは困難。
確かに今日は冷える。
少し温まってから行動開始した方がいい。

そう判断して彼女がいる布団をめくり上げて、ベッドへと身体を滑り込ませる。
勿論、彼女は会話の後で亀のようにまた頭まですっぽりと布団の中に入っている。



「伊織、暖めて……って、伊織の体の方が冷たい」



背中を向けていたらしい彼女がもぞもぞと動いて、暗闇の中でこちらを向いたのが分かる。
互いの顔は見えないが何となく彼女がどのような状態にあるのか分かるのは、長くない付き合いの中での密度の濃さ故か。
温もりを求めるように擦り寄ってきた彼女が、若干の不満を滲ませた声色で背中に腕を回してきたのが分かる。



「帰ってきたばかりだからな」



どちらかと言えば布団をかぶっていた彼女の方が体温が高い気がする。
こうして外気を遮断すると自分の体が冷えていることに今更ながら気づく。
いつも彼女が『伊織は自分の体に無頓着過ぎる』と言われるのも納得だ。



「伊織も体温低い人だもんね……」
「お互い様だ」
「ん、確かに」



どこか楽しそうに笑った彼女が『じゃあ私が伊織を暖めてあげよう』と更に密着してくる。
自分よりも少し温かい彼女の体から少しずつ体温が移ってくるような感覚。

いつだったか体温が混ざり合って溶けてしまいたい、と言っていた彼女の言葉を思い出した。
あの時は何を無理なことを言っているのかと思ったけれど、今はそれも悪くないと思ってしまう辺り、俺も大分彼女に感化されているらしい。



「早く停電直らないかな」
「さっき調べたら復旧まで時間がかかるらしい」
「えー、ご飯どうしよう」
「食べに行くかデリバリーを頼むかだな」
「じゃあ温かいお蕎麦がいいかなぁ」



取り留めのない話をしているうちに少しずつ体に温度が戻って来るのが分かる。
これはきっと彼女の体温からだけでなく、彼女といることによって体の内側から温まってきたような、そんな感覚。
もし彼女以外の誰かと暖房のある部屋で話をしていても、この感覚は味わえないだろう。



「ね、伊織?」
「………何だ」
「伊織と二人だと、あったかいね」
「……そうだな」



彼女の言葉に口角が上がるのが分かる。
同じことを考えていたようだ。

布団の中で密着しながら互いの体温を感じているうちに、心地良い睡魔に襲われる。
このまま眠ってしまうのも悪くはないが、食事も風呂も何も終わっていない。
これで寝てしまっては後が困る。



「桜月」
「…………」
「桜月、?」



暗闇の中、顔は確認できないが規則正しい呼吸音……寧ろこれは寝息に近い音が聞こえる。
肩を掴んで揺さぶれば不満そうに唸り声を上げて、擦り寄って来る感覚。

……考えてみれば分かることだった。
よく炬燵で転寝をしている彼女がこの温もりの中で眠くならないはずがない。
少し温まった時点で食事なり風呂なりに移行しておけば良かった。



「はぁ……」



仕方がない、今のうちにデリバリーを頼んでおくか。
そう思ってベッドを抜け出そうとすれば、服を引かれたような違和感。
起きたのかと思って声をかけるが反応はない。
無意識か、それとも眠りに落ちる前に掴んだのかは不明だが、眠っている人間が掴んでいるにしては力が強い。
やはり狸寝入りか、と思うがそれとも違う。



「………はぁ、」



せめてスマホは手元に持っておくべきだった。
そうすればデリバリーを頼むこともできたし、停電の復旧状況も確認できた。
この状況では何もできない。

いや、無理やりにでも引き話せばいい話ではあるけれども、それは忍びない。
……そんなことを思ってしまう辺り、彼女に相当甘い自分がいることに気づく。
それでもいい、悪い気はしない。

このまま眠ってしまっても、きっと目を覚ました彼女が『仕方ないよね』と楽しそうに笑うだろう。
そんな彼女の笑顔を想像しながら、ゆっくりと意識を微睡みに委ねた。


*温もりを君と*
(んー……今、何時……)
(23時、か)
(寝ちゃったね〜……まぁいっか)
(……復旧したようだな)
(あ、ホントだ。ご飯どうする?)
(何か買って来る)
(じゃあお風呂沸かしておくね)
(あぁ)
(あ、それとも一緒に行く?コンビニで『これ食べたーい』とかイチャイチャする?)
(効率が悪い)
(………ですよね)


fin...


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