S 最後の警官

□危惧
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紆余曲折あって、蘇我さん……基、伊織と付き合うことになって一ヶ月。
その前から居候させてもらっていたこともあって、付き合い始めたという感覚はあまりない。
一応、お互いに名前で呼ぶようにはなったけれど、蘇我さん……伊織が積極的にいちゃいちゃするようなタイプにも見えないし、そもそも仕事が忙しくてあまり帰って来ることもない。

付き合う前に頻繁に顔見せ程度にも帰って来てくれていたのは、ストーカー傷害事件が解決していなかった為に伊織が心配していたからだったようで。
事件解決して以来、早く帰って来ていた分の仕事を取り戻す為に尚更帰りが遅かったり帰って来なかったり。
もしかしたら任務が入ってしまったのかもしれないけれど、私がそれを知る術はない。
それでも恋人らしいことはしてみたいと思うのは乙女心……否、女心というもので。

前に乙女と言ったら『どこにいる』と言われたこと、実は根に持っている。
自分でもそう思うけれど、口にする必要はないじゃないか。

閑話休題。
これまでの関係に少し変化をつけたくて、付き合い始めた翌日から『今日の夕飯LIME』を画像付きで送ることにした。
勿論、彼にそのことを伝えてはおらず、私が勝手に始めただけ。
私自身も仕事はあるし、毎日という訳にもいかないけれど、できるだけ二人分作って『今日の夕飯はこんな感じだよ』と送っている。

最上位が帰って来て一緒に食事ができる。
次点で返信有り、だけど帰宅はできない。
一番切ないのは何の連絡もないこと。
こればかりは仕事か任務か、とにかく忙しい人なことは分かっているけれど、……けど、寂しい。
付き合い始めってもっとこう、甘くて密度の濃い時間を過ごすものじゃないの?
いや、確かにそういうことをするタイプには見えないけどね?

…………でも、あまりこういうLIME送り続けることも、もしかしたら彼に無理をさせることに繋がるのかもしれない。
付き合う前こそ元カレストーカーの存在を気にして何かと連絡をしてくれたり、顔を見せてくれたりしていたけれど、本来ならそんなことに時間を割く暇なんてない人なことは分かっている。
あの一號くんだって特殊部隊に配属されてからは、前よりも家に帰って来られなくなったり急な招集がかかることが多くなったりしている……と、ゆづるちゃんから聞いている。
それを思うと『一緒にご飯食べたいな』という気持ちを込めたLIMEは迷惑になるかもしれない。

第一、今日は確実に遅くなるから先に寝てろ、と言われたのだから、夕飯を一緒に摂ることは間違いなく無理なはず。
遅くなるというのが分かっているのに、そんなLIMEを送られてもきっと彼も困るだろう。
寧ろ彼の目に入るのは仕事が終わってからになるかもしれないのに。



「今日は、止めとくか……」



今日のメニューはカルボナーラ。
市販のソースを使わず、一から自分で作ってみた。
我ながらいい出来だとは思うけれど、この状況では食べてもらえるかすら怪しい。
万が一を考えて、麺が伸びないように彼の分のソースとパスタは分けて置いてある。
今日はさっさとお風呂に入って寝てしまおう。
そうすればこんな寂しい気持ちも切ない気持ちも明日の朝には忘れている。
大概のモヤモヤした気持ちは一晩寝ればリセットできる。
そうだ、そうしよう。











































そんなことを考えてから2時間。
食事は勿論、お風呂も済ませてもう寝るだけの状態。
明日も仕事だから、そろそろベッドに入らないと……と思いつつも、何となく眠る気になれなくて。
やっぱり『おやすみ』とか『遅くまで仕事お疲れ様』という内容のLIMEくらいは送っても許されるんじゃないかと優柔不断な自分がいる。
こんなに女々しい考えをもっていたなんて知らなかった。
自分の新たな一面を発見してしまった。

うん、やっぱり『おやすみ』だけLIMEしておこう。
そう思ってLIMEを開いて、ピン留めしてある彼とのトークを開く。
スタンプだけにする?
でも、スタンプ一つというのも味気ない。
やっぱり今日の夕飯の画像も一緒に送ってしまおうか、なんて考えていたら玄関の鍵が開く音が微かに耳に届いた。

この部屋の鍵を持つのは私と、もう一人。



「え、あれ?」
「……ただいま」
「おかえり、なさい?今日って遅くなるんじゃなかった……?」



今日はもう顔を合わせることがないと思っていた。
寧ろ今日は帰って来ないとすら思っていた人物がどうして今ここに?
突然の展開に頭がついていかない。
間の抜けた表情になっていたのは自分でも分かる。
深い溜め息を吐いた彼が玄関からリビングに通じるドアの前から一直線に私の目の前へ。



「LIME」
「ん?」
「LIMEがなかったのは何故だ」
「あ、あぁー……」



わざわざそんなことを聞く為に帰って来たの、なんて聞くことはせず。
彼の迷惑になるのではないか、など先程考えていた事の顛末を話せば、深い深い溜め息の後でペチンと私の額から良い音。
次の瞬間、鈍い痛みが走る。

デコピンされた、らしい。



「痛い……」
「お前が悪い」
「何でよ……」



ちょっとよく分からない。
色々と考えた結果なのにそれを悪いと言われる覚えはない。
考えていたことが顔に出ていたのか、もう一度溜め息を吐いた伊織に急に抱き寄せられた。
力は強いのに痛くない。
これが彼の分かりにくーい優しさ。



「……伊織?」
「余計なことは考えなくていい」
「え?」



久しぶりに感じる彼の温もりに身を委ねそうになるけれど、今それはいけない。
広い背中に腕を回しつつ顔を上げて名前を呼べば、どことなく気まずそうな彼が顔を逸らしながら、ぽつりと呟く。



「LIMEがあると……生存確認になる」
「どんな理屈?」



確かに少し前なら、また元カレストーカーと何かあったかと思われるかもしれないけれど、今はその心配もない。
平和なこの日本で生存確認が必要になる程の事件に巻き込まれることなんて皆無に近い。
確かに彼が所属する部隊は危険が伴うけれど、私は平凡な普通の会社員。



「伊織?」
「…………あまり、返事ができなくて悪いとは思っている」
「それはまぁ……仕事大変なのは分かってるつもりだし、気にしてないよ?」
「そう、か……」



私の肩口に顔を埋めてまた溜め息一つ。
寂しいとは思うけれど、何より自分の信念を曲げずに仕事に向かう彼の姿が好きだから。
返事がないのは仕事に集中している証拠。
それでいい、と思う私は特殊なのだろうか。



「……伊織?」
「何だ」
「今日は仕事終わり?」
「あぁ、全て済ませてきた」
「じゃあご飯食べてよ。今日のカルボナーラ、美味しくできたんだ〜」
「……あぁ」
「準備するね」



彼の表情が和らいだことに少し安堵を覚えて背中に回していた腕を解いてキッチンに向かおうとするものの、彼の腕が腰から離れない。
想定外の行動に首を傾げれば、視界が一瞬伊織でいっぱいになる。



「っ……?!」
「桜月」
「はい、っ?」
「…………何でもない、腹が減った」
「え、何それ。ちょっと、伊織?」



どこか満足げな彼が『着替えてくる』と寝室に姿を消した。
……何なんだ、もう。
その辺は後でじっくり聞くとして、とりあえず夕飯の仕上げをしようかな。













































「ふー………」



スーツを脱いでネクタイを緩める。
纏わりついていた嫌な緊張がようやく離れていくのが分かる。

ほぼ毎日送られて来ていた彼女からのLIME。
返事ができず、既読すら付けられないこともあった。
悪いと思いつつも『仕事だから仕方ないよ、大丈夫』という彼女の言葉に甘えて、一緒に暮らしていることに胡座をかいていた。

それが、だ。
今日の夕飯はこれで、今日はこんなことがあって……と普段ならば日記のようなLIMEが入る時間にスマホが鳴る気配はなく。
夕飯が作れない日でも送られてくるLIMEが一向に届かない。
何かあったのか、とも思ったがそれならば自分か、彼女の幼馴染である神御蔵に何かしらの経路を辿って連絡が入るはず。

ただ一言、『何かあったか』とLIMEを送ることもできずに悶々として、気づけば仕事を途中で切り上げて帰路に着いていた。
香椎隊長始めとするNPSの面々が驚いた顔をしていたが、こっちはそれどころではない。

帰宅して彼女の靴があることを確認して、ひどく安堵した自分がいることが嫌でも分かった。
今はまだいいかもしれない。
それでもその内にこの生活に嫌気が差して、愛想を尽かして出て行ってしまう日が来るのではないか、と女々しい考えが浮上した。



「伊織ー?ご飯温めたよー?」
「……今、行く」



そんな日が来ないよう、出来る限りを尽くして彼女の気持ちに応えよう。
改めて心に誓って、彼女の待つリビングへと足を向けた。


*危惧*
(はい、召し上がれ〜)
(……いただきます)
(どう?)
(悪くない)
(辛口評価〜)
(冗談だ……美味い)
(……蘇我さん、冗談言うんですね)
(お前、俺を何だと思ってる)


fin...


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