S 最後の警官

□初めての
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久しぶりに伊織と休みが合って、部屋でお互いの存在を感じながらそれぞれの時間を楽しむ。
個人的にはもう少しくっついていたい気もするけど、彼にとっては久しぶりの完全オフの日。
ゆっくり読書してるところを邪魔するのも悪いかな、なんて思いつつ横顔に『こっち向け』と念を飛ばしていたら、予想外の物を発見。



「伊織ってピアスするの?!」
「……そんなに驚くことか」
「いや、何かちょっと意外で」
「仕事中は出動命令がいつ出るか分からないから付けないがな」



彼とピアスなんて相反する、とまではいかないけれど、なかなかイコールで結びつかない。
読書の邪魔をして申し訳ないという気持ちよりも、彼のピアスの方が気になってしまってソファに座って本を開いていた彼の隣まで行って、まじまじとピアスホールを見る。



「いいなぁ……」
「開けたいのか」
「気持ちはあるんですけどね……自分で開けるの怖いし、病院行くほどでもないし」



そう、興味はある。
開けたいと思ったことは何度となくある。
けれど、自分で開ける勇気は出なくて。
だからと言って病院に行って開けてもらうほど強い意志がある訳でもない。



「……俺が開けるか?」
「いいの?」
「別に、ピアスくらいなら」



予想していなかった彼の言葉に驚きを隠せない。
だって、まさかそんなことを彼の方から言われるなんて思っても見なかったから。
驚いているのは勿論だけれども、それと同じだけ嬉しく思う気持ちもある。



「わー……じゃあ今から買いに行こ」
「……今から?」
「だって、思い立ったが吉日、って言うでしょ?」



そう、思い立ったが吉日。
忙しい彼のことを考えると一分一秒すらも惜しい。
完全オフ日に連れ回すのも気が引けるけれど、その気になった時に即座に行動に移さないと次の機会はいつになることやら。
それを咎めるつもりも、勿論それだけで彼を嫌いになることなんて有り得ないけれど、彼との時間は無限でないというのは付き合い始めてから特に身に染みている。

私の言葉に今度は彼が驚く番。
それでも文句も言わずに出かける準備を始める辺り、実は優しい人だと頬が緩む。






















































ピアッサーと、その他に必要な消毒液などを買い揃えて帰宅。
ピアスホールが落ち着くまで次のピアスは用意しなくてもいい、という彼のアドバイスを受けて、とりあえず今日はピアッサーだけ。

鏡で開ける位置を確認して印をつけたうえで、いよいよピアス開通へと移る。



「ここだな」
「っ、」
「桜月……どうした?」



手指消毒を済ませた彼がそっと耳朶に触れる。
その優しい手つきに背中がぞくりと泡立つ。

忘れてた……私、耳触られるの弱いんだった。

変な反応をしてしまった私に伊織が訝しげな表情で顔を覗き込んでくる。
ごめんなさい、何でもないんです。



「何でもないっ、大丈夫……!」
「無理に開けなくてもいいと思うぞ」
「大丈夫、お願いします!」



どうやら緊張していると捉えられたようで少し安心。
Sっ気のある彼に耳が弱いだなんて知られたらどうなることか。
ふーっと息を吐いた後でピアス開通後、咄嗟に変な反応をしないように近くに落ちていたクッションを抱え込む。



「行くぞ」
「はいっっ」



彼の指先が頬や耳朶に触れる感覚が擽ったいやら、彼がいつもよりも近い距離にいて恥ずかしいやらで、頭はパンク寸前。
ピアッサーの冷たい感触が耳朶から伝わる。
いよいよ、この時が来た。
痛みには強い方だけれども、自分で開けるのが怖くてずっと躊躇してきた。

目をぎゅっと閉じて、その瞬間を待つ。
彼の仕事柄か5秒前からカウントダウンが始まり、ゼロになった時にパチン、という音と共に耳朶に熱い痛みが走る。



「開いたぞ」
「ありがと……うぅ、何か変な感じ……」
「じきに慣れる。反対も行くぞ」



一度開けてしまえば意外と慣れるもののようで、反対側はすんなりと開けてもらうことができた。
いや、痛いものは痛いけれど心の持ちようというか何というか。
これは自分で開けるのは勇気がいる。
伊織にお願いして良かった、と心の底から思う。

鏡に映るのは赤くなった耳朶と、それまでなかったライトローズのピアスがキラリと光る。
ファーストピアスの色は結構悩んだけれど、この色ならば手持ちの服やスーツにも違和感なく馴染むはず。

そこまで考えたところで、ふと思いついたことがある。
ピアッサーや消毒液など使用したものを片付けてくれている彼の背中を見つめて、意を決して声をかける。



「……ねぇ、伊織さん」
「何だ」
「お揃いのピアスしたい、って言ったら嫌?」



セカンドピアスをつけるのはまだ先の話だけれど、もし彼がいいと言ってくれるのなら。
片付けの手を止めた伊織がゆっくりとこちらを振り返る。
普段と変わらない、思考が読めない表情。
けれど纏う空気が次の答えを物語っていて。



「……別に、構わない」
「ふふ、じゃあペアの物、探そうね」
「……あぁ、」



きっとそう言ってくれると思っていた。
お揃いならいつでも側にいるような気がして寂しくない、なんて言葉にはしないけれど。
願わくば彼もそう思ってくれていたら嬉しい、な。


*初めてのピアス*
(ねぇねぇ、これは?)
(セカンドピアスにフックのものは止めておけ)
(えー……じゃあこれは?)
(フープも駄目だ。ストレートじゃないとホールが歪む)
(伊織が細かい……)
(お前が無頓着なだけだ)


fin...


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