S 最後の警官

□チョコより甘い
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今日は夜勤明けで、そのままゆづるの家にお邪魔させてもらっている。
ちなみにゆづるは昨日が夜勤明けで今日は休み。
いつもなら夜勤明けはまっすぐ帰宅して昼過ぎまで泥のように眠るのだけれども、今日はちょっとそういう訳にはいかない。

明日はバレンタイン。
つい先日、幼馴染の関係を卒業して晴れて付き合うことになった彼のために製菓に挑戦しようと思って。
そんな話をしたら同期のゆづるが一緒に作ろうと声をかけてくれた。
友達とバレンタインのチョコ作りなんて小学生の時以来だ。



「ゆづるは何作るの?」
「そうだなぁ、一號のやつ結構甘いもの好きだし、じいじと花ちゃんと食べるからケーキでも作ろうかなって。桜月は?」
「うーん……伊織、甘いの苦手だからどうしようかなって」
「え、これまでどうしてたの?」



それを聞かれると言葉に詰まる。
勿論、昔からバレンタインというイベントはあった訳で。
子どもの頃は良かった。
何も考えずに『はい、どーぞ』なんて気軽に渡すことができた。

それができなくなったのは、いつ頃からだったか。
中学に入って初めてのバレンタインだったか……何も考えずに学校帰りに家に寄ってもらってチョコを渡したら、それをクラスの数名の男の子に見られていたようで次の日に学校で散々からかわれたことがあって。
そこから何となく一度中断して、大人になってからまた何となくバレンタインというイベントが再開して。

再開した時には私としては伊織を男性として意識していたけれど、幼馴染の関係を崩したくなくて栄養ドリンクを模したものやネタに走ったようなチョコばかり渡していて、実はちゃんとしたバレンタインは初めてかもしれない。



「それって蘇我さん食べてくれてたの?」
「その場で開けさせて一緒に食べたから、大体は食べてくれてたよ?」
「……桜月、一緒に頑張ろ」
「そんな憐れむような目で見ないでよ……」



ゆづるの手を借りながらもトリュフとココアクッキーを何とか完成させることができた。
クッキーはベタにハート型。
幼馴染の関係が長かった分、こういうのはどうにも照れくさいけれど……『蘇我さん、きっと喜ぶよ』なんて言葉に乗せられて、可愛いラッピングをして。
ゆづるにはしっかりお礼をして家に帰る。

本当ならバレンタイン当日に渡すのが一番だけれども、忙しい彼のことを考えると来れる時に来てもらうのが一番なことは、きっと私がよく知っている。
『今日か明日、時間があったら部屋に来て』と、いつ読まれるかも分からないLIMEを送っておく。
帰宅したらどっと疲労感に襲われた。
明けからそのままチョコ作りなんて我ながらなかなかに頑張ったと思う。
さっとシャワーを浴びて、仮眠を取ろう。
















































「……い、…………おい、」
「ん……あれ、伊織……?」



声をかけられて目を開けた時には夕暮れ色に包まれていた室内がやけに明るくて、その眩しさに目を細める。
部屋の電気を煌々にしなくてもいいじゃないか、とスマホで時間を見れば時刻は7:03……うん?
どうやら不在着信やLIMEにも気づかずに爆睡してしまっていたらしい。
そこまで頭が回ったところでようやく体を起こせば、どこか不機嫌そうな幼馴染、基彼氏の顔がこちらを見下ろしている。
これは、マズイ。



「人を呼び出しておいて電話も出ない、LIMEも未読。いい度胸だな」
「ご、ごめんっ。昨日、明けの後でゆづるのとこに行ってて……!」



深い溜め息を吐いた後でベッドの淵に座り込む伊織。
……あれ、ちょっと待って。
何でこんな時間にここにいるの?



「ねぇ、伊織」
「予定通り休みだ」
「あ……そうなんだ」



以心伝心、ではないにしても。
意外と考えていることを汲み取ってくれる辺り、幼馴染という関係もあながち悪くない。
そういえばこんな早朝にいるということは、きっと彼自身も仕事が終わってそのまま私の部屋に直行したはず。
それならば朝食はおそらくまだだろう。
簡単なものを用意して一緒に食べよう、なんて考えてベッドを下りてキッチンに向かえば、昨日はなかったはずの紙袋がベッド脇にあって思い切り蹴飛ばしてしまった。



「あっ、ごめ……ん?」



私のものでないとすれば、きっと伊織のもの。
仕事のものだったら申し訳ない、と思って散らばってしまった袋の中身を戻そうとすると目に入ったのは色とりどりのラッピングされた食べ物。
よく見なくても分かる、中身はチョコだ。



「……」
「毎年のことながら、たくさんありますね」
「直接渡された分はその場で断った」



散らばったチョコ達をそっと紙袋の中に戻しながら、その数の多さに思わず溜め息が漏れる。
SAT所属になった辺りからこうして袋いっぱいにチョコをもらってくることが多くなった。
バレンタインにチョコを渡したい人の気持ちも分かる。
けれど、そのチョコの中には明らかに本命と思われるようなチョコも交じっていて、内心穏やかではいられなかった。
甘いものは得意でないのに、捨てることはしない彼の優しさにも胸が痛む。
いや、そんなことするような人だったら、きっと好きになんてなっていなかったはず。



「……桜月?」
「伊織、昨日ゆづるのとこに行ったって言ったでしょ?」
「あぁ」
「チョコ、作ってきたの」



2月とは言え、室温で保管は何となく嫌で冷蔵庫に入れておいたチョコ。
冷蔵庫の前で深呼吸してから取り出して、伊織の手の中へ。
これまでとはガラッと趣向を変えたからか、一瞬彼の目が細められたのが分かる。



「甘いもの好きじゃないのは知ってるけど、」
「開けるぞ」
「えっ」



付き合って初めてのバレンタインだから、と続けるはずだった言葉は伊織によって遮られた。
ラッピングも割と力を入れたはずなのに目もくれずに半ば破くように中身を取り出している。
もうちょっと見てくれてもいいのではないだろうか。
いや、もう破いちゃったからどうしようもないんだけど。
先に取り出されたのはトリュフ。
一応、ビターチョコレートで作ったけれど意外とグルメな彼の口に合うかどうか。

指先で摘まんで四分割された箱から取り出して、ゆっくりと口に運ぶ。
彼の一挙手一投足を固唾を飲んで見守る。



「……甘い、な」
「ビターとは言えチョコだもん」
「味見したのか」
「え、あー……一応、残ったチョコを舐める程度にちょっとだけ」
「そうか」



それがどうしたと言うのだろう。
あれ、もしかして美味しくなかった?
味見した感じだと大丈夫だと思ったけど……なんて少し不安になっていたら、残り三つのうちの一つのトリュフを口の中に押し込まれた。
いくら狙撃手とは言え、ちょっと狙い撃ちし過ぎではないでしょうか。



「何する、んっ?!」



思わず抗議の声を上げようとすれば、後頭部を引き寄せられて口付けられる。
突然のことに頭がついていかない。
押し込まれたトリュフを無意識のうちに噛んでしまって、口の中に甘いチョコの味が広がる。
それを丁寧に絡め取っていく彼の舌に翻弄されて、唇が離れていく頃にはすっかり腰が砕けてしまっていた。



「何、で……」
「お前が分けて欲しそうに見てるからだ」
「そういうつもりじゃない……!」



もう一つの包みを開けて、今度はクッキーを取り出している。
ハートのクッキーなんて……何か今更過ぎて恥ずかしい。
クッキーを指先で弄びながら、ふっと軽く笑った伊織。……珍しい。
そんなことを考えていたら彼の手にあったクッキーが目の前に差し出された。
今度は無理に口に押し込まれることはないけれど、どうにも拒否は許されないような、そんな雰囲気。



「……なに?」
「味見、……いや、毒見か」
「ゆづると作ったから変なの入れてないもん」
「前に砂糖と塩を間違えた奴のことを信用できるか」
「それ、中学の時の話でしょ?!」



これだから頭の良い幼馴染というやつは厄介。
そういうことまで、いつまでも覚えている。
……それはそれで嬉しいだなんて、絶対に言わないけど。

仕方なく差し出されたクッキーを咥えれば、また引き寄せられて今度は至近距離で彼に見つめられる。
こんなにスキンシップが激しい人だったとは予想外。
幼馴染とは言え、付き合うようになってから彼の新たな一面ばかり見せられている気がする。



「今日、何かいつもと違くない?」
「……これでも、一応喜んでる」
「そうなの?」
「お前からチョコらしいチョコを受け取るのは、久しぶりだからな」



言葉を発する為に私が口から外したクッキーを私の手を取って自身の口へと運ぶ伊織。
あぁ、もう。
砂糖なしでも十分甘い、だなんて。
どうやら私達はまだまだ蜜月と呼ばれる時期らしい。


*チョコより甘い*
(コーヒー淹れよっか?)
(……頼む)
(キツかったら無理に全部食べなくてもいいよ?)
(いや……食べる)
(そんな渋い顔されながら言われても……)
(食べる)
(分かったから無理はしないでよね)

fin...


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