S 最後の警官

□欲しがったのはどちら?
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付き合いが長くなれば長くなるほど、どうしてもマンネリという言葉がちらつくようになるのは致し方のないこと。
……なんて諦めの境地に至るような枯れた人間にはなりたくないもので。
彼の仕事は非常に忙しくて……忙しいという形容詞だけでは片付けられないくらいには帰宅する回数が少ない。
交際当初から一緒に暮らしているとはいえ、 付き合い始めた頃から彼と過ごした時間を単純に合算すれば、下手すれば蜜月と呼ばれる時間より短いかもしれない。

そんな状態の中、ただ時間だけが経過している感じで何となく夜の恋人生活がマンネリ気味というか何というか。
いや、マンネリというよりかは単にそういう回数も時間も取れないだけともいうけれど。

ただ自分からそんなことを口にするのは恥ずかしいものがあるのは間違いない。
このあけすけな性格とは言え、乙女の口からそんなことは決して言えない。
……随分前にどこに乙女がいる、と言われたことを思い出した。
今更ながらそれを見返してやろうと思ったのも一因である。

閑話休題。

不満がある訳ではない。
ただもう少し恋人らしい濃密な時間を過ごしたいと思うくらいは許してほしい。
例によって例のごとく、任務が立て続けに入っていて帰宅したとしてもトンボ返りだったり、ただ寝るためだけの帰宅だったり。
そんな生活が一ヶ月ほど続いていた。

この一ヶ月、結構……いや、かなり我慢した。
忙しくて大変な仕事だということは十分理解しているつもりだし、それを理由に愛想を尽かすとか別れたいと思うことはない。
その分、一緒にいられる時間を大切にしたいと思うのは当たり前のことではないだろうか。

……そんな思いを言葉にするのは些か恥ずかしいものがあるので、久しぶりに伊織が完全オフの今日は実力行使に出ることにした。
『何をしているんだ』と一蹴されそうな気もするけれど、伊織はお疲れだとたまに変なスイッチが入ることがあるから、今日はそちらに転ぶことに賭けてみようと思う。
我ながら他力本願で情けないとは思うものの、流石に真っ向勝負は恥ずかしい。
今日の日のために用意した、という訳ではないけれど……ほんの少し私から攻めの姿勢を見せてみる。

所謂、勝負下着。
これまでに持っていなかったとは言わない。
彼の前で身に着けていたこともあった。
ただ今回はマンネリ防止のために、いつもよりも少しだけ透け感のある、レース多めで大人っぽい下着。
布面積が心許ない気もするけれど彼がまともに休みを取れた日に着ようと思って買ったのだ。
今日着ずにいつ着るというのか。
次に休みが取れるのはいつになるか分からないというのに。
そう覚悟を決めてお風呂上がりに新しい下着を身につけたのだった。



「い、伊織?」
「何だ」
「そろそろ、寝る……?」
「そんな時間か」



伊織がいない間は彼が休みになったらここに行きたい、あの店に食べに行きたいと思っていたけれど、実際に休みを迎えると疲れているかな……とか、ゆっくりしてほしいな……とか考えてしまって結局いつも通りおうちでのんびりとした過ごし方。
仲の良い同僚には『そんな枯れた過ごし方でいいの?』と言われることもある。
けれども彼がいるというだけで充足感を得られる。
安上がりなのかもしれないが、ただ怪我なく帰って来てくれたというだけでもう何も言うことはない。



「……桜月」
「ん?」
「何故逆側を向いている」
「え、えー……気分?」



疲れている彼にこれ以上何かを求めるのも申し訳ないかとここに来て尻込みをしてしまった辺り、乙女の恥じらい云々というよりはヘタレなのかもしれない。
全てを見透かすような彼の瞳と真正面から向き合うことが恥ずかしくて、ベッドに入ったものの背中を向けてしまう。
それに目ざとく、というより普段は向き合う形で横になる私が背中を向けていることに疑問しか抱かなかった伊織から怪訝そうな声で問いかけられた。
当然と言えば当然。
だって昼間は暇さえあれば彼の隣にいて、ひたすらにスキンシップを図っていたというのに。
今になってこんな態度を取ったら疑問に思うのは当たり前。

そんなことは百も承知だけれども。
……今日の私、『でも』と『だけど』が多いな。



「さっきまで元気だったやつの態度とは思えないな」
「、っ」
「……桜月?」
「な、に……?」
「体調でも悪いのか」



するりと脇腹を撫でられて自分でも驚くくらいに身体を強張らせてしまった。
変な緊張が彼にも伝わったようで、心配した様子を滲ませた声色が背後から聞こえてくる。
あぁ、もう。心配させるつもりなんてなかったのに。
さっきから疚しい考えが脳内を駆け巡っていて、自分でもどうしたらいいか分からない。



「違う、の」
「ならどうした」
「…………引かない?」
「突拍子もない発言には慣れた」
「それはそれでひどい」
「桜月」



お腹に回って来た優しい温もりに心臓が鷲掴みされたように早鐘を打つ。
ここまで来てやっぱり無理、なんて女が廃る。
意を決して彼の腕の中で身体を反転させて至近距離で切れ長の瞳を見つめる。
少し驚いたように見開かれた彼の瞳。
そんな表情すらも愛おしい。



「……その、」
「何だ」
「下着を、新しくしまして」
「…………」
「その、ちょっといつもよりも、布面積が狭い、セクシーなやつで」
「…………」
「何ていうか、こう、マンネリ防止というか……。
少しでも伊織をドキドキさせたいというか……って、伊織?」
「…………お前は、」
「え、?」
「何を言い出すかと思えば……」



恥ずかしさでしどろもどろになりながら洗いざらい伝えれば、深い溜め息の後でぎゅうぎゅうに抱き締められる。
……私、変なこと言った?
腕の力が緩められる気配がなくて、どうしようもなくなってしまう。
顔を覗き込むことすらもできず、仕方なく彼の広い背中に腕を回せば隙間がないくらいに抱き締められた。
嬉しいけれど、自分の発言もあって恥ずかしい。



「い、おり……?」
「見せろ」
「、え」



しばらくの間の後で名前を呼べば、急に離れていった温もりと耳を疑うような発言。
ぽかんと見上げれば、いつの間にか馬乗り状態で見下ろされていた。
流石、特殊部隊員。
マウントの取り方が速いうえに上手である。
…………いやいや、そんなことを感心している場合じゃない。



「あの……伊織、さん?」
「マンネリ防止なんだろう」
「いや……そう、だけど」



ここまで自分で言っておいて嫌だも何もないだろう、と言外に言っている気がして。
それはごもっともなんですけどね。
『見せろ』とはつまり、自分で脱ぐということですか。
勝負下着を着けているということを言葉にするだけでも恥ずかしかったのに、更に恥の上塗りをしろというのか。
なかなかにSっ気の強い男である。
いや、それは知ってる。



「う、えぇー……?」
「早くしろ」
「うぅ……意地悪……」



拒否が許されないのはもう分かっている。
それにマウントを取られている時点で逃げ場はない。
元より逃げるつもりもないけれど。

深く息を吸って、長く吐く。
何度か繰り返した後で、ゆっくりとパジャマのボタンに手をかけて一つずつ外す。
火照った肌が少しずつ外気に晒されて粟立つのが分かる。

ボタンを一番下まで外した後。
これまで以上にゆっくりとパジャマの前を広げれば、彼の長い指先が肌の上を滑った後で新しい下着のレースの部分をなぞっていく。
どこか擽ったくて思わず身を捩じれば、満足そうに笑う彼と目が合った。


「伊織……?」
「悪くない」
「素直じゃない……」
「下着よりも興味があるのはその下だからな」
「っ、」
「悪いが今日は加減できない」
「え、?」
「ただでさえ任務で間が空いていて、これだけ煽られて……一回で済むと思うなよ」
「ちょ、ちょっとっ、っあ……!」



どうやら効果絶大だったようです。
マンネリ防止なんて必要なかったらしく、その晩……それどころか次の日の朝に腰が立たないくらいに愛されてしまいました。


*欲しがったのはどちら?*
(うぅ……声も、出ない……)
(………………すまん)
(もう、無理って、言ったのに)
(お前が煽るのが悪い)
(だって、)
(……何だ)
(ちょっと、寂しかったんだもの)
(…………これ以上煽るな)
(え、)
(また歯止めが利かなくなる)


fin...


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