S 最後の警官

□デート日和
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夢でも見ているのだろうか、と思うくらいに不釣り合いに見えてしまう。
伊織とネズミーランドなんて。

事の発端は先週のこと。
まんぷく食堂で夕飯を食べていた時、花さんから『お客さんからいただいたもので悪いんだけど』とチケットを2枚渡された。
幼馴染の二人に渡してあげて、と一度は断ったのだけれども二人には既に渡してあると言われて。
それならば、と有り難く頂戴した。

仕事が忙しい彼と行くなんて夢のまた夢、なんて思ったものの駄目元でチケットの話をしたらちょうど連休が取れた、というよりは有給休暇が余っているから休めと上司に言われたそうで。
警察庁内部にも働き方改革の波が押し寄せているらしい。

仕事柄、急な呼び出しがあるかもしれないけれど、少なくとも普段よりは出かけやすい。
偶然が重なるとはまさにこのことを言うのだろうか。
いつもなら疲れているであろう彼を連れ回すのは気が引けるけれど、連休なら多少遠出してもいいかと思い、改めてデートに誘ってみれば『できるだけ呼び出しがかからないよう頼んでおく』と思いもよらない返事が返ってきた。

そんなこんなで伊織の休み当日。
仕事の時よりも早起きして、ネズミーランド行きの電車に乗り込む。
そして電車に揺られること一時間。



「着いたー!」
「……平日でこの多さか」
「平日だからこれくらいで済んでるんだよ?」
「詳しいな」
「まぁ伊織よりは来てるからね〜」



開園30分前。
入場ゲートには既に人だかりができている。
それを見ただけで若干眉間に皺が寄っている彼の腕を捕まえて、最後尾に並ぶ。
人が多く感じるのは入場までで中に入ってしまえば、そこまで密集していないことを伝えれば『そうか』と短い返事。



「伊織」
「何だ」
「ごめんね、何か無理やり付き合わせたみたいで」
「謝らなくていい」
「でも、」
「普段こうして出かけられないからな」
「それは……仕事だもん。仕方ないよ」



決して諦めている訳ではない。
ただ、彼の仕事のことを考えると簡単に希望の休みが取ることも遠出することも難しい。
滅多に取れない伊織の連休。
貰ったテーマパークのチケット。
色々な偶然が重なって今日、ここに来ることができたのだ。
少し浮き足立ってしまった感は否めない。



「…………だから、」
「え?」
「無理やりじゃない。
いつも、俺の仕事や体調を気にして遠出をしたいなんて言わないだろう」
「そ、れは……だって、」



当たり前のことではないだろうか。
彼が仕事に重きをおいているのは重々承知しているし、そのうえで彼の側にいるのだから。
私の存在が彼の仕事の邪魔になるようなことはしたくない。

どう伝えればいいのだろう、と考えあぐねいていると腕に添えていた手を外されてそっと指を絡められる。
想像もしていなかった彼の行動に思わず俯き加減になっていた顔を上げれば、思いの外柔らかい表情をした彼と目が合う。
それだけで鼓動が速くなるなんて、なんて安上がりなんだろう。



「お前がそう考えていることは有り難いが、」
「……うん、?」
「お前の気持ちを蔑ろにして仕事に行くつもりはない」
「え、」
「無論、一度任務が入れば終わるまでは戻れない。
……だが、こうして隣にいる時は、できるだけ桜月の気持ちを大切にしたい」



伊織がそんな風に考えてくれているなんて思ってもみなかった。
彼が仕事第一なことは聞かなくても知っていたけれど、まさかこんな……ネズミーランドの開園待ちの間にそんな話が聞けるなんて。
ちょっと、嬉しくて中に入る前から顔がにやけてしまいそう。



「……桜月?」
「ねぇ、伊織?」
「何だ」
「1つ、我が儘言ってもいい?」
「……何だ」
「中に入ったら、一緒にネズミーのカチューシャつけて?」
「断る」
「えー?!今、私の気持ちを大切にしたいって言ってたのにー!」
「それとこれとは話が別だ」



あーだこーだと言い合いをしていたら、あっという間に開園時間。
何をどう言ってもキャラ耳のカチューシャはつけてもらえなさそうなので諦めよう。
自分で言っておいてアレだけど、伊織がそんなノリノリで耳カチューシャをつけるところなんて想像できない。
仕方ない、私の分だけ買うことにしよう。
そんなことを考えながら、待ち時間の間にキャストからもらったパンプレットと今日のショースケジュールを再度確認。

まずは……人気アトラクションのファストチケットを取って、その後で並ばずに乗れるアトラクションを回って、早めにお昼ご飯……と考えていたら持っていたパンフレットを一つ奪われた。
あれ、と思って顔を上げれば空いた手に慣れた温もり。



「伊織?」
「人が多いからな」
「心配してくれてる?」
「この年で迷子の呼び出しは迷惑だからな」
「ひどくない?」



傍から聞けばなかなか酷い発言ではあるが、彼なりの冗談であることは何となく分かる。
……冗談、だよね?
さすがにこの年で迷子なんてないし、スマホという連絡手段だってある訳で……ちら、と彼の表情を窺えば、珍しく笑いを堪えているようで小刻みに肩を震わせながらそっぽを向いている。



「もう、ホントに迷子になってあげるから!」
「冗談だ、拗ねるな」



繋がれた手に改めて指先を絡められれば、それだけで少し許してしまうのは私が単純なのだろうか。
……どうやら浮かれているのは私だけではないらしい。

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