S 最後の警官

□お付き合い始めました
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「よーし、今日は無礼講だっぺ!」
「古橋さんはいつもじゃないスかー!」



何の因果か。
NPSの親睦会だから、と強制的に香椎隊長に連行された先はまんぷく食堂。
連れて来た本人は乾杯のコップを空にしたと思ったら『すまん、秋ちゃんに呼び出された!』とそそくさと帰って行った。
乾杯をして義理は果たしたのだから、自分もそれに便乗すれば良かったのだが、どうにもタイミングを逃してしまった。



「おい、一號。次の合コンはいつだ?あ?」
「勘弁してくださいよ〜、前のゆづるの同僚との合コンでめちゃめちゃ怒られたんですから」
「あぁん?……あ、じゃあほら、何てったっけ」
「何がですか?」
「オメェの幼馴染の、もう一人可愛い子いたっぺ?」
「あぁ〜、桜月ですか?」



不意に挙げられた、聞き慣れた名前に一瞬飲み物が喉に詰まる。
……変な素振りを見せるな、と自分を戒める。
そういえばまだ神御蔵にも俺との関係を話していないと言っていた覚えがある。
幼馴染に彼氏ができた……しかもその彼氏が同僚だと報告するのは恥ずかしいだとか何とか言い訳していたが、こういう時に困るのはアイツ自身ではないか。
帰ったら改めて話しておこう、と心に決めて目の前で繰り広げられる彼女の話にそっと耳を傾けることにする。



「そーそー、桜月さん。
あの子は?あの子の友達と合コンセッティングしてもらえ」
「いや〜、最近桜月のやつ付き合い悪いんスよね〜。
仕事忙しいって言ってるけど、なーんか変によそよそしいっつーか」
「それはきっと彼氏ですよ、一號くん」



ただの犬好きかと思っていたが、変なところで察しがいい。
犬並みの嗅覚か、それとも当てずっぽうか。
何にせよ間違いではない。
仕事が忙しいのもあるが、ストーカー被害から逃れるために極力外出を避けていた、というのが事実と言ったところか。
無論、彼女自身も自分と付き合うようになって、幼馴染である神御蔵にどう告げるか頭を抱えていたこともまた事実。

それにしても彼女はいつ幼馴染に自分との関係を話すつもりなのだろうか。
彼女と神御蔵、そして先程話題に挙がった棟方さんの関係性、仲の良さを考えるといつまでも隠しておけるものでもないだろう。

そんなことを考えながらグラスを傾けていると、早くもアルコールが回ってきているらしい先輩がビールの追加を頼んだ後で神御蔵に綺麗なヘッドロックをかけ始めた。



「ちょ、ちょっとちょっと!古橋さん!何スか?!」
「そもそもオメェは恵まれてんだよ!」
「何がですか!」
「ゆづるさんといい桜月さんといい、可愛い幼馴染が二人もいるなんて一號のくせに生意気だ、コノヤロー!」
「確かにゆづるさんはキレイだし桜月さんは可愛いですよねぇ」
「犬バカの梶尾もこう言ってんだ、やっぱ合コンセッティングしろ!」



酔っ払いに付き合うのも面倒だが桜月の名前が出ている以上、席を立つのも気がかりで仕方ない。
いっそのこと神御蔵には自分達が付き合っていることを話しておけば、こんな話の流れにはならなかっただろう。
先延ばしにするからこういう事態に陥る、と内心溜め息を吐いた。
その時、



「こんばんは〜」
「あら、桜月ちゃん。いらっしゃい」



聞き慣れた声が耳に届いて店の入口を見れば仕事帰りの桜月がやや疲れた面持ちで暖簾をくぐっているのが目に入る。
何てタイミングだ。

……今日は飲み会になったと連絡してあったし、この時間の帰りならば確かに外食かテイクアウトが楽なのは分かる。
だが、それにしてもわざわざこのタイミングでこの店に入って来なくてもいいだろう。



「おー!桜月!」
「あ、一號くん……あ、」
「ん?」
「あは、何でもない。久しぶりだね〜」



神御蔵の後に目が合って一瞬驚いた表情を見せた桜月。
隠し事ができるタイプではないのは分かっている。
しかし、そう分かりやすく反応を見せるな、と言いたくもなる。
元々彼女が話すのはまだ……と渋っていたのだ。



「残業か?」
「うん、キリの良いところまでやってたら遅くなっちゃった」
「桜月さん、良かったらこっちで一緒に飯食わない?」
「、えっ」



明らかに動揺しているのが分かる。
……だからこっちを見るな。
彼女の性格上、ここで断ることはできない。
目を逸らした後で軽く頷けば『じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します』と予想通りの言葉が聞こえてきた。



「ほら、じゃあ座れって」
「あ、うん」



座敷席にいた自分達の元へと歩み寄ってくる桜月。
靴を脱ぎ揃えた後で一瞬動きが止まる。
俺の隣に来ようとしたらしい足の踏み出し方。
ここで俺の隣に座るのは不自然だろう。



「桜月?」
「あはは……お邪魔しまーす」



ぎこちなく笑った後で俺の斜向い、神御蔵の隣に腰を下ろす。
テーブルを挟んで向こう側に梶尾さん、古橋さん、桜月、神御蔵。
こちら側は副官と自分。
彼女のぎこちない笑いをどう取ったのか、俺の隣で静かにグラスを傾けていた副官が口を開いた。



「すみません、無理に引き込んでしまって」
「あ、いえ!そこは全然気にしないでください!」
「桜月さん、何食う?」
「え?えーと……」



古橋さんが彼女にメニューを開いて見せる。
……距離が近い。
元々パーソナルスペースが狭い彼女。
例のストーカーの一件から警戒心は強くなっていたが、知り合いとあればその警戒心は容易く緩む。
当然と言えば当然だが、それにしてももう少し距離を空けてもいいのではないか。



「あ、花さん。新メニュー追加した?」
「そうそう、つい最近始めてね〜」
「じゃあこれで!」
「はいよー」



ふふふ、と満足そうな桜月がそっとメニューを戻す。
そのタイミングを待ってました、とばかりに彼女に向き直して座る古橋さん。
嫌な予感しかいない。



「なぁ、桜月さん」
「はい?」
「今度さ、合コンセッティングしてくれねーか?」
「合コン……ですか」



予想通りの発言。
この男の脳内はそれしかないのか。


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