S 最後の警官

□約束の
1ページ/3ページ


最近、ピアスホールが痛いだとか出血して大騒ぎすることが少なくなってきたように感じる。
彼女が眠った後で帰宅した際に、ふとそんなことに気づいて眠っている桜月の傍らに腰を下ろして、ピアスの様子を見てみれば出血や体液の滲出も見られず綺麗な状態に見える。
ゆっくりとライトローズのピアスをずらしてホールを確認すると引っかかる感触も痛がる様子もなく穏やかな寝息を立てている。

もういい頃か。
知らず知らずのうちに心の声が漏れていた。
それが耳に届いたのか、偶然か。
それともピアスに触れられたことに気づいたのか。
下ろされていた瞼がゆっくりと持ち上げられた。



「、……」
「起こしたか」
「おかえり……」
「ただいま」
「ご飯……」
「済ませてきた。俺に構わず寝てろ」
「、ん……」



シャワー浴びたら俺も寝る、とまだ半分眠ったまま上体を起こしかけた彼女をベッドに戻してからシャワーを済ませるために立ち上がり浴室へと向かう。

普段自分の意思を後回しにしがちな彼女がピアスを開ける時に言っていた『セカンドピアスはお揃いにしたい』というあの言葉。
彼女の耳の状態と、そして彼女の誕生日が近いことを考えると、新しいピアスをプレゼントするのも悪くないかもしれない。
この前、彼女が見ていた雑誌で『これがいい』と話していたページはどこだったか。
そんなことに思いを巡らせながらシャワーのノズルを勢いよく回した。








































「あ、おはよ〜」
「おはよう」
「昨日伊織が帰って来た夢見たと思ったらホントにいてびっくりしたよ」
「…………あれで寝ぼけてたのか」
「ん?」
「いや……」



割とはっきりと受け答えをしていたように感じるが、どうやら夢現の状態だったらしい。
それならば尚更自分が彼女のピアスを確認していたことは覚えていないだろう、と内心安堵した。
『すぐご飯だから顔洗っておいでよ〜』と機嫌の良さそうな彼女に促されて洗面所へと向かい、顔を洗って再びリビングへと戻る。



「あ、伊織?」
「何だ」
「今日って休みだよね」
「あぁ」
「じゃあさ、買い物付き合ってほしいなぁ」



機嫌が良いと思っていたいたら、そういうことか。
と、手を合わせながら納得。
構わない、と返してから食事に手を付け始める。



「ピアスホールがだいぶ安定してきたんだよね」
「……そうか、」



まさに昨夜考えていたことが彼女の口から発せられて一瞬息が詰まる。
自分自身の身体のことだ、いくら自分のことに無頓着な彼女とて自分のピアスホールの状態くらい把握しているだろう。
次に続く言葉が何となく察しがついてしまう辺り、少なからず彼女の考えを理解してきたのだろうか。



「伊織にピアス開けてもらった時にセカンドピアスの話をしたじゃない?」
「……あぁ、」



平静を装いながら食事の手を進める。
しかしながら顔を見ることができないのは、自分が考えていたプランを見透かされているような気がしてならないからなのかもしれない。
天然に見えて意外と人の機微に敏い。
もしかしたら、という考えも頭を過る。



「そろそろセカンドピアス見に行きたいな〜って」
「……そうか」
「伊織忘れてたでしょ〜」
「忘れては、いない」
「そう?」



『その反応、忘れてると思ったんだけどな〜』と言いながら茶碗を手に取る桜月。
小さく息を吐いた後で箸を置けば、俺の行動を不審に思ったのか不思議そうに首を傾げられた。



「……もうすぐ、誕生日だろう」
「ん?あ、私?そうだね、誕生日」
「だから……誕生日プレゼントにピアスを贈るつもりだった」
「え、あ、そうなの?」



俺の発言が予想外だったのか鳩が豆鉄砲を食らったような表情。
まさかこのタイミングで話すことになるとは、と思いながらも彼女の耳の状態を考えれば当然なのかもしれない。
ここまで来たら腹を括って話すしかないだろう。



「この前、桜月が雑誌で見ていた物にしようと思っていた」
「あ、あ〜……」



歯切れが悪い。
どこか気まずそうに視線を泳がせながら茶碗と箸を置いて、居住まいを正してこちらに向き直した桜月。
それはいつもの気の抜けた……いや、柔らかい笑顔ではなく、少し困ったような表情。
俺は何かまずいことでも言っただろうか。



「あのですね、伊織さん」
「……何だ」
「お気持ちはすごーく嬉しいんです」
「…………そうか」
「でも、ね」
「……でも?」
「身に着けるアクセサリーは自分で選びたい、かな〜……?」



……そういえば、そうだった。
天然で脳内お花畑に見えるけれど実は現実的というか、一本芯が通っているというか。
それが彼女の良いところでもあるが、まさかそれがこんな形で表れるとは思っていなかった。
確かに、身に着けるもの……アクセサリー類に限らず衣類も、だとは思うが自分の気に入ったものが良い、という彼女の気持ちは尤もである。
ただ、誕生日プレゼントとして渡そうと目論んでいたことを考えると何とも複雑である。



「……」
「伊織、?」
「今日買いに行くか」
「いいの?」
「そもそも、買い物に行きたいと言っていただろう」
「いや、でも、何か伊織の話聞いたらちょっと悪いかな、って思って」



だからと言って、こちらも彼女の拘りを聞いた後で自分の意思を押し通すつもりもない。
それならば折衷案として二人で買い物に行って、彼女に好きなものを選んでもらうのが一番ではないだろうか。
自分の思い描いていたプランからは離れるが、自分が選んで気に入らないものを渡して使われないよりも、彼女が気に入ったものを購入して身に着けてもらった方が良い。
そう思うのは普通のことではないのか。
その旨を伝えれば、ようやく納得したように頷いて『じゃあ……お願いします』とどこか嬉しそうに頭を下げた。

_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ