S 最後の警官

□緩やかな束縛
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珍しく今日は仕事が早く終わって、彼女に連絡をしてみればちょうど向こうも仕事が終わったところだという。
夕飯はどうするか尋ねれば『じゃあ……ご飯食べに行く?』と弾んだ返事か返ってくる。
元よりそのつもりで電話をしている訳で、断る理由はなく20分後に彼女の会社の最寄り駅のロータリーで待ち合わせをして通話を終了させる。

おそらく顔を合わせれば、あの店のこれを食べに行きたいとかこの店のこれが美味しいと聞いたとか、行きたい店が次々に出て来るはず。
自分は特にその辺りの拘りはないので彼女に任せることにする。
そんなことを考えながら待ち合わせ場所に向かえば、雑踏の中に彼女の姿を見つけた。



「…………、?」



声を掛けようと口を開きかけて動きが止まる。
厳密に言えば彼女の隣に並んで何やら話しかけている男の存在に気づいて足が止まった。
一瞬、また変な輩に捕まったのかと思ったが彼女の様子を見ればどうやらそれは違うらしい。
その男だけでなく、彼女も楽しそうに談笑している。
見た限りではおそらく年齢も同じ位で、気さくに話している感じから見ても同僚と思われる。
スマホの画面を見せられて楽しそうに声を上げて、隣に立つ男の肩を叩きながら笑っている桜月。
…………面白くは、ない。




「桜月」
「あ、伊織!
あー……こちら同僚で同期の小林くん」
「こんばんは〜、高宮さんにはいつもお世話になってます」
「どうも」
「こっちは、」
「彼氏の蘇我さん、だろ?お噂はかねがね」
「噂……?」
「じゃ、じゃあ私そろそろ行くね。お疲れ様です!」
「お疲れ〜、じゃ失礼しまーす」



軽く手を振った後で彼女が小さく息を吐いたのが分かる。
その後でするりと指先を絡められる。



「お疲れ、伊織」
「あぁ」
「ご飯どうする?何か食べたい物とかある?」
「……桜月」
「うん?」
「食事の前に、行きたい場所がある。
少し食事が遅くなってもいいか」
「え、うん……?」



俺の発言に驚いて首を傾げながらも何度か頷く彼女。
仕事終わりでゆっくり食事を、とも思うけれどこのまま食事に行くのもこちらがすっきりしない。
彼女には悪いが……少し俺の自己満に付き合ってもらうことにする。




































「……え、伊織?ここって、?」



先日、彼女のセカンドピアスを購入した店まで足を運べば、当然のことながら驚いた声を上げる桜月。
それもそのはず。セカンドピアスはピアスホールがしっかり完成するまでできるだけ着けたままで、という話を彼女にしたのだから。
ただ、今日の目的はピアスではなくて。



「桜月」
「え、はい」
「…………指輪、」
「ん?何?」



勢いのままに店まで来たものの、いざ実物を目の前にすると口にするのも憚られてしまうように感じるのはどうしてだろうか。
彼女には話さずに自分だけで買いに来るという選択肢もあるけれど、ピアスを購入する前に言われた『身に着けるアクセサリーは自分で選びたい』と言った彼女の言葉が脳内でリフレインしていて。
あの言葉を聞いた以上、無視する訳にもいかず。



「あの、伊織さん?」
「……指輪、どれがいい」
「えー、と?この前、ピアス買ってもらったばっかりなんだけど……」



言外に立て続けにプレゼントを貰う理由はない、という表情。
彼女の言うことも尤もである。
ただそれでは俺自身の気が済まない。



「……虫除けだ」
「うん?」
「ピアス、ペアに見えないだろう。
…………指輪なら、虫除けになる」
「虫、除け……え、えっ?何で急に……あ、もしかして小林くんのこと?
やだ、小林くん彼女いるし、単なる同期だしそういうの全然ないよ?」
「別に、さっきの奴だけじゃない。お前、変なのに引っかかりやすいだろう」
「変なの、って……」



そんなにふわふわしてるつもりないんだけどなぁ、と苦笑を浮かべる桜月。
自分でそう思っているだけで、実際のところ元彼がストーカーになって怪我をしただとか道を聞かれたと思ったらナンパだったとか……挙げ出したらキリがない。
何かとトラブルに巻き込まれやすい彼女のことを思えば、これくらいあってもいいはず。



「うーん……」
「嫌なら、予定通り食事に」
「あ、嫌とかそういうんじゃないんだけど、」
「けど……?」



歯切れの悪い言い方に眉が寄るのが分かる。
ふわふわしているようで実は物事をはっきり言う彼女のこの言い方に引っ掛かりを覚える。



「……右と左、どっち?」
「、右と左?」
「右手と、左手。どっちの手の指輪?」
「……………………」



右手と左手。
指輪を填める手が意味するところは、つまり。
……彼女が戸惑うのも無理はないか。
急に指輪だなんて確かに想像していなかっただろうし、こちらの意図ももしかしたら通じていないのかもしれない。



「まだ、右手でいいか、?」
「寧ろ今ここで左手、って答えられたら帰るよ?」



それならお言葉に甘えて指輪選ばせてもらおうかな、とようやく表情が緩んだ桜月。
元よりそのつもりはなかったが、もし『左手』と答えていたら帰るどころか部屋を出て行くとまで言いそうな雰囲気を醸し出していたように感じたのは気のせいではないはず。



「あ、これ可愛い」
「お前が着けるものだ、好きに選べ」
「えー、伊織も着けるんでしょ?一緒に選んでよ」
「…………」



やはり、そうなるのか。
自分としては彼女が指輪を着けてくれるのであれば自身のものは必要ないと思っていたのだが、彼女としてはそのつもりは毛頭ないらしい。
考えてみればペアのピアスを買った店に連れてきていて、彼女の分だけ指輪を購入するというのも彼女にしてみればおかしい話か。



「……派手なものは断る」
「分かってるよ〜、私もそんなにゴテゴテしたのは着けていられないし」
「…………これはどうだ」



ショーケースの前で端から順番に陳列された指輪を見比べていくうちに目に留まったのはシンプルなシルバーの指輪。
メンズ、レディース共に外側にひねりが施されていて、レディースの指輪には一粒石が埋め込まれている。
よく見ればこの前彼女に贈ったピアスと同じブランドのもので普段使いにしても問題はなさそうに思う。



「可愛い……あ、これってこのピアスと同じブランド?」
「そうらしいな」
「ブランドに拘りはないけど折角伊織がこれって言うんだからこれにしようかな」
「身に着けるものは自分で選びたいんじゃなかったのか」
「それは勿論そうだけど、実物見てこれがいいって思ったんだからいいじゃない」



一体何が違うのか。
問いかけようと思ったところでどうせ望む答えは返ってこないことは分かっている。
問答するだけ時間の無駄だと考え直し、店員に会計と包装を頼むことにした。


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